第三話 進むために
物語は始めに戻る。
風丸は絶望して頭が垂れた。彼が諦めたのが分かった雷助は思いっきり刀を叩きつけた。
「糞ォ!!!!」
風丸はガバッと顔を上げた。目が真ん丸くなっている。
「兄上、今、何処に叩きつけました!?」
「何・・・?」
しばし、木のはじける音しか聞こえなかった。
一拍おき、風丸が刀を腰から鞘ごとはずした。そして、雷助が刀を叩きつけた辺りの床を手当たり次第に殴りつけた。
「か、風丸?」
らしからぬ行動に、雷助は驚いて見つめることしか出来ない。
しばらくして彼は床を叩くのをやめた。兄を振り返った目がぎらぎら輝いているのは、炎のせいかもしれない。
「兄上、ここです!!」
「なに?」
風丸はもう一度地面を叩く。にっこり笑って。
「・・・・・そこが!?」
「分かりませぬ。でも、確かに何か空間がありますよ」
兄弟はさっと畳を持ち上げた。
「・・・・・しかし、風丸。こんな簡単に見つかるところにあってよいのか?」
「・・・・・一番陰が濃いところを知っていますか?」
風丸はその空間に飛び込んだ。
「灯かりのすぐ近くですよ」
雷助も刀を拾い上げ、その後に続いた。
中にちょっとした鉄の蓋がある。二人がそれをあけると、中には闇が広がっている。
「・・・・・」
「・・・・・」
風丸は躊躇いなく飛んだ。
「アイタ!」
意外と浅いらしい。雷助は跳ぶと同時に蝶番の鉄の蓋を閉めた。
雷助は闇の中、猫のように音もなく着地した。手探りで辺りを探ると、誰かの顔を触った。当然、風丸である。
「して、ここからどうする?」
「・・・・もう少ししたら目が慣れるかと」
その通りだった。ぼんやりと互いの輪郭が浮かび上がってくる。
「風は・・・・こっちから流れている」
雷助は風丸の後ろのほうを指差した。
ズン!!
上のほうから聞こえてきた音は、何かが崩れる音。二人は上を見上げ、しばしたたずんでいた。が、どちらからというわけではなく、風の吹くほうに歩き出した。
「・・・・・」
“・・・・・絶対にこの仇は・・・・”
「敵討ちなど考えないでください。」
珍しく兄より先を歩いている弟が静かに告げた。雷助は一瞬動きが止まったが、一歩で距離を詰め、その肩をつかんだ。
「口惜しいとは思わんのか!?父上はもちろん、おそらく母上も・・・・・!」
「・・・・・仇を討っても、帰ってきてはくれませぬ。」
「貴さ・・・・このうつけがぁ!」
雷助は彼の肩を引っ張り、自分の方に向かせようとしたが、風丸は全く動かない。そっぽを向いたまま彼が呟く。
「私は、天下を取りに行きます・・・・・出来れば兄上と一緒に」
「な・・・・に・・・?」
弟のあまりに大きな発言に雷助は動揺を隠せない。
「・・・・・それが私の、この乱世に対する復讐です・・・・!」
「・・・・乱世に対する・・・・?」
雷助は手を放した。どちらにせよ風丸は動かなかった。
“・・・・・これは・・・・本当に風丸か? わしと同じ年の幼子か!?”
雷助はそう思った。
闇の中、誰にも知ることが出来ない中、風丸は泣いていた。
歯を食いしばり、声を出さないようにして。
何故?
兄とともに、“前”に進むためにである。
“・・・・仇討ちをしても・・・・忠義を討っても・・・・進めはしないのです・・・・・許してください、父上、母上・・・・!”
風丸は、仇討ちを良しとしない、自分の思考を呪った。涙は、止まらなかった。