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長老とは。

ギルベルトに指摘され、パンツに蔦を巻くという衝撃的な格好をしている私をじっと見据えるルシアン。

ちょ、何だよ。ロリコンか?


「変わった服だ。お前を召還・・いや、捕らえていたヒト族のものか?」


捕らえられてはいないが、ある意味、学校という囲いの中に捕らわれていた・・とか、だいぶ厨二設定に引きづられているけど肯いておけば良いの?

もう何も分からないよ。

こんなことなら最初から正直に答えておけば良かったけど、人間だと分かった途端、何されるか分からないジレンマ!


「おい、泣くな・・」

「ルシアン、スズネに事情を確認するのは長老が来てからにしようよ。

きっと酷い目にあったんだ。こんな珍妙な服着させられて。可哀想だよ・・」


珍妙とか言われたー!

分かってた、分かってたけど幼児なら許されるかと思ってたんですよ。

あ。というか、スカート森の中に置いてきちゃったよ。

何て迂闊なことをしてしまったんだ。

確かに、この体格で女子高生のスカートを持ち歩くにはかなりの労力が必要になるが、あんなものでも、元居た世界との繋がりには違いない。

これから何が起こるかわからないのだから、この世界に持ち込んだものは、きちんと自分で管理しておくべきだった。

今更ながら酷い後悔が襲ってくる。

取りに戻ることはできないだろうか。

いや、無理だよな。だってどこで脱ぎ捨てたかはっきりと覚えていない。


「スズネ、もう大丈夫だよ。ルシアンがちゃんとしてくれるからね」


ぐしゃぐしゃっと、優しくとは言いがたい乱暴な仕草で頭を撫でてくるギルベルト。

幼児の首は弱いんですよ、もっとそっと扱ってください。

体ごとぐあんぐあん揺れている私を見たルシアンが、ギルベルトの手を摘み上げた上で、更に、払いのけてくれる。


「いてっ!何するんだよルシアン!」

「スズネの頭が吹っ飛ぶだろう、この馬鹿力が」

「ぇえ?!ちょっと頭撫でただけじゃん!」

「馬鹿だな、この体格を見ろ。俺たちとは作りが違うんだよ」

「馬鹿馬鹿言うなっつーの。だいたいさぁ、精霊の子だよ?例え頭が吹っ飛んだって大丈夫だって」


おいぃー!一体どんな作りしてんだよ、精霊の子!

そんな仕様知りたくなかった!私もう駄目じゃない?そんなのと一緒にされたら、こんなところでは生きていけないよ・・


「いいからお前は触るな」

「へいへい、すみませんねー」


がるる、と喉を鳴らすルシアンに、ちっとも悪く思っていない様子のギルベルトが「とりあえず座って待とうぜ」と提案する。

ルシアンは私の体をソファの上に優しく置いた。

そこまでしなくても大丈夫、と思えるぐらいの慎重な置き方だ。

見るからに柔らかそうなソファは、何の素材でできているのか、私が座るとぽちょん、と不思議な音をたてた。座った感触も若干、冷たい。ウォーターベッドならぬウォーターソファか?

ルシアンとギルベルトはさも当然という風に腰を下ろしているので、この世界では当たり前のことなのだろう。

中に何が入っているのか非常に気になる。

表面は何て事のないパッチワークの布地だが、そこに手を付いてもぎゅもぎゅと動かすと、なぜか「きゅきゅきゅ」と奇妙な音がする。

まさか、生き物とかではないですよね?

どうすれば良いの?驚けば良いのかな。

でも、もはや想像の域を超えすぎて唖然とするしかない。

声なんて出ないからね。


「俺、ちょっと飲み物入れてくるから。ルシアンは何飲む?」

「何でも良い」

「スズネは?」


問われて首を傾ぐ。

さて問題です!この世界にはどんな飲み物があるでしょう!


「な、何でも良い」


とりあえず、ルシアンの真似してみた。


「じゃあ果実のジュースでも探してみるかな」


ギルベルトがにこにこ笑いながらそう言って部屋から出て行く。

良かった、間違ってなかった。


ほっと息をついてきょろきょろと部屋の中を見回す。

外から見るよりも、随分と広い部屋だ。

入口の正面は大きな窓が設置されていて、そこから集落の様子がよく見える。

さすが「長老」らしきヒト(獣人?)の家だ。

部屋の中心を見下ろすように壁側には本棚が連なっていて、難しそうな大小様々な蔵書が並んでいる。

見た感じだと背表紙も難なく読めるので、ここでも言語チートが機能しているのだと思われた。

私が座っているソファは窓を背にするように置かれていて、ソファの前には丸テーブル。

テーブルの下にはいかにも手織りの絨毯が。

床は板張りで、ログハウスのような外観と同じように、中もどこかヨーロピアンテイストだ。

そういえば、テレビでよくこんな家を見たなぁと、そんなどうでも良いことを思い出す。

この世界にはテレビがあるのだろうか。見上げれば天井には電球らしきものがぶら下がっている。

電気は通っているのだろうか。

それともあれか。明かりは魔法で灯します、とか、そういう設定?

ここはそもそも、剣と魔法の世界なのだろうか。

だとすれば、戦い・・戦争とか、あったりするのだろうか。

その中での私の立ち位置は?


突然、背筋がぞっとした。


ぶるりと震えると、急にルシアンが私を抱き上げる。

「な、何?」振り仰ごうとすれば、ルシアンの膝の上でぎゅっと抱きしめられる。

すり、と頭にルシアンの頬が擦り付けられて、その動物的な仕草にほっと胸が安らぐのが分かった。

私も一応、年頃であるので、ここは赤面したり恥らったりするところなのだろうが、精神が肉体に引きずられているのかそういった感情は少しもわいてこなかった。

逆に、何だか無償に抱きつきたくなってしょうがない。

どうやら、ルシアンのことを保護者のような何かだと認識してしまったようだ。

さっき出会ったばかりだというのに、刷り込みって怖い。


胸に抱き込められると、守られているような感じがしてすごくほっとした。

体温が高いのは彼が狼だからだろうか。

慰めるようにぽんぽんと背中を叩かれると途端に眠たくなってくる。

やっぱりすごく疲れていたらしい。

そうだよね、そもそも、世界を渡ってきたんだもん。

感覚的には、ただ落ちてきただけって感じだけど、それには途方もない体力を使ったに違いない。

小さく息を吐くと、ふとルシアンが、

「お前はため息ばかりだな」と笑った。


「はいはいはーい、飲み物持ってきたからねー」


うとうとしかけたところで、ギルベルトが元気良く戻ってきた。

頭上でルシアンが舌打ちしている。


「何だよ、その態度。お前は王様か」

「ああ」

「そうなのかよ!」


かちゃかちゃとコップを並べながら「お礼は良いからね」と誰にともなく言うギルベルト。

本当に何も言わないルシアンはさっそく、コーヒーらしきものに口をつけている。

なぜ「コーヒーらしきもの」なのかと言うと、臭いはそれそのものなのだが、群青に紫を混ぜたような、到底飲み物と思えない絶妙な色をしているからだ。

美味しいのだろうか。ぜひ、原材料を聞きたい。

一方、私の前に出されたのは、これもまた、まさかの虹色という、とうてい飲み物とは思えない代物だった。


「どうした、飲まないのか?」


ルシアンが不思議そうに、自分の膝に乗っている幼女の顔を覗き込む。

ギルベルトも、その横に腰掛けながらこちらを見ている。

飲み物ってどうやったら虹色になるの?


「ココリリスのジュースだぞ」


どや、と言われても、それが何なのか分かりません。

当然、お前も知ってるだろ?って顔してる!


「まさか、飲んだことない、のか?」


ギルベルトがどこか焦燥に満ちた顔で言って、ルシアンが私を抱えなおす。

瞬間、生まれた沈黙が部屋を支配した。


え、そんな大事件なの?


「精霊の子なのに。何て非道なことを・・」


え、ぇえー!何か物凄い誤解を招いている!


「あ、あの、飲んだことある!久しぶりだからびっくりして」


慌てて訂正すると、明らかにほっとした様子を見せるギルベルト。

背後のルシアンもそっと息を吐き出している。

もう、何なんだよ精霊の子。


淡いブルーのコップに入った虹色のジュースを手に取ると食い入るように私を見つめてくる二人。

内心どぎまぎしながら口に入れると、炭酸みたいな刺激が走る。

甘いのか苦いのか、グレープフルーツに似た味だ。

でもどこか違う。紛れもなく初めての味だ。

蜂蜜のような甘い臭いがして美味しい。


「喜んでる」


ギルベルトがふふ、と笑う。

ルシアンは何も言わず、いいこいいこと頭を撫でてきた。

何となく和んでいると、そのとき。


「不法侵入とはいい度胸だな、お前ら」


心臓に響く美声が私たちのほんわかした雰囲気に割り込んだ。

声の主を探ると、その人は部屋の入口で、ドアにもたれるようにして立っていた。


腰まで届く銀色の髪、深い緑の瞳、冷たい相貌。年の頃は二十代後半といったところだろうか。

『美しい』という形容が、これほどに似合う人は見たことが無い。

よくできた等身大の人形のようにも見える。

呆然としていると、ルシアンが言った。


「長老」


私の頭の中の、長老という言葉の定義が崩壊した瞬間だった。












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