プロローグ: 魔法 [改稿版]
世界的に知られる「災厄の時代」、またの名を「暗黒時代」が終わってから、五世紀余り。
世界を覆っていた闇は過ぎ去ったのかもしれない。しかし、知識に落ちた闇は永遠に残ることとなった。
当時、魔法は世界最強の武器だった。だが、その偉大な武器の存在を、世界そのものが忘れてしまったのだ。
忘れられた神が創り上げた傑作、惑星エルムンド。今では、かつて目にしてきたもののほとんどを、人々は思い出すことすらできなかった。
それでも、世界は歩みを止めなかった。
魔法の知識を失った人々は、戦闘技術を磨き、己の肉体を鍛え上げることで、その欠落を補っていった。まるで、そもそも魔法など必要ではなかったかのように。
あの暗黒の時代から五世紀余りが過ぎ、多くの出来事は伝説となり、子供たちを寝かしつけるために語られるおとぎ話へと変わっていった。
「災厄の時代」に起きた出来事さえも忘れ去られ、エルムンドを荒らし回った悪魔たちの記録も、別の意味に解釈されるようになった。
すなわち、「悪魔」とは、実際には邪悪な心を持ち、強大な力を有した人間たちのことだったのだ、と。
しかし、そこまで忘れ去られてしまう前に、数多くの出来事が起こっていた。
そして、それらの出来事こそが、忘却への道を早めることとなったのである。
災厄の時代が終わって間もなく、一つの同盟が結成された。
魔法の達人たちによって結成されたその同盟は、「フォエドゥス・アエテリウム」、またの名を「エーテル同盟」と呼ばれた。
同盟は、ハルパリン大陸全土における四人の偉大な魔法の賢者によって構成されることになっていた。彼らは「グラン・ヴァイゼ」と呼ばれ、各世代の魔法使いたちを導く役目を担うはずだった。
当時の同盟の構成員たちは、暗黒の時代を生き延びたわずかな人々の代表であり、その生存者たちはこの大陸に集中していた。
同盟が結成されて最初に命じられたのは、その地にいたすべての魔法使いに、自らその地を離れて身を隠すよう命じることだった。
命令を受けた魔法使いたちは互いに集まり、秘密の村々を築いた。こうして世界は、短い期間ではあったものの、彼らの存在について再び何も耳にしなくなった。
初代エーテリウムを構成した四人のグラン・ヴァイゼには、善意があった。
しかし、いつの日か自分たちの後を継ぐ者たちが、これほどまでに邪悪な野心を抱くことになるとは、夢にも思っていなかった。
同盟が結成されてから二世紀。
その間、数多くのグラン・ヴァイゼがその座を去り、そして新たな者たちがその地位に就いていった。
やがて、四人の極めて邪悪な人物が、その栄誉ある地位を手にする日が訪れた。
彼らが望んでいたものは、ただ一つ。
力だった。
自己追放から二世紀が経過した頃、確かなことが一つあった。
それは、世界から隔絶された魔法使いたちの不満が、非常に大きくなっていたということだ。
彼らはその事実を利用した。
一人ひとりを巧みに操り、隔離による抑圧を、ますます強く感じさせていった。そして、頃合いを見計らって、解決策を提示したのである。
「北方、クルステリッシュ大陸の地には、魔法使いたちが幸せに暮らす場所がある。魔法学校ヴィセニアが島に存在し、そこでは誰もが豊かに暮らしているのだ」
彼らはその言葉で人々の心をつかもうとした。
現実に対する人々の認識を操り、理想郷が存在するかのように信じ込ませたのである。長い間、外界から隔絶されていたため、人々が世界について無知になっていたことも、彼らにとって好都合だった。
そして最後に、こう宣言した。
「我々が権利を求める戦いにおいて、立ちはだかる者たちは、すべて屈服させなければならない!」
こうして、追放によって抑圧されていると感じていた者たちは、今度は自分たちが他者を抑圧することで、満足感を覚えるようになった。
彼らが「ノン・マギ」と呼んだ者たち――すなわち、魔法を使えない人々を屈服させることで。
最初の攻撃を受けたのは、オルラ・デッラ・スパーダの諸王国だった。
彼らは完全に不意を突かれた。
やがて、邪悪なグラン・ヴァイゼたちは自分たちの主張を広め始め、その声は次第に、ほかの地域に暮らす魔法使いたちの耳にも届くようになった。
攻撃が激しさを増し、他者を抑圧することへの欲望が膨れ上がっていく中、彼ら自身も気づかぬうちに、その主張は変化していた。
「理想の平和を実現するには、すべてのノン・マギをあらゆる土地から根絶やしにし、その力を我々の手に収めるしかない!」
攻撃は、まだ小さな村々から始まったばかりだった。
しかし、何もしなければ、いずれ大都市にも手が伸びる。そして、虐殺が起こることになるだろう。
その企てに立ち向かうため、重力を操る魔法使い、ヴァージルはノン・マギたちと手を組んだ。
彼に続き、行われていることに賛同できなかった魔法使いたちも、同じように行動を起こした。
彼らは力を合わせ、侵攻を食い止め、敵を打ち倒すことに成功した。
被害は局地的なものにとどまり、魔法の存在に関する情報が一般の人々に広まることも防がれた。
それでも、この争いは幾つかの結果を残した。
この事件をきっかけに、一部の王国の支配層が再び魔法の存在を知ることになったのだ。さらに、貴族の中にも、追放命令に従わずに残っていた魔法使いがいることが明らかになった。
同じような事態が二度と起こらないよう、同盟は再編され、追放命令も撤回された。
魔法使いたちは、魔法の存在を秘密にすることを条件に、一般の人々と共に暮らせるようになったのである。
そして、その秘密が守られるよう、各王国は魔法使いたちの社会に対して、独自の法律を制定した。
「魔法の存在を明かした者は、厳罰に処す」
こうして、すでにその功績によって英雄と認められていたヴァージルは、魔法使いたちの未来に直接影響を与えられる立場となった。
彼はグラン・ヴァイゼに選ばれ、追放命令の撤回にも参加したのだから。
しかし、その未来を左右するうえで、ただ一つだけ障害となるものがあった。
それは――
ヴァージル自身が、そんなことに興味を持っていなかったことだ。
彼にとって、それらは自分の地位を高めるだけのものにすぎなかった。
彼が戦っていたのは、ただ平和のためだったのだ。
だからこそ、誰もが予想しなかったことが起きた。
彼はすべてを捨て、去ってしまったのである。
その理由は、ただ一つ。
教えることへの、彼自身の願いだった。
それから先、ヴァージルは魔法使いたちに関する法律がどのように発展していったのかを知ることはなかった。
ましてや、ほかの王国に自国よりも多くの魔法使いがいる場合、各王国がどのように対処していたのかなど、知る由もなかった。
最終的に彼がたどり着いたのは、クルステリッシュ大陸にあるオーロラ・キュステ地方だった。
そこでの彼の目的は、ただ一つ。
ソルディアガ島にある魔法学校、ヴィセニア。
彼の名声は、魔法を知る者たちの間で、やがて絶大なものとなっていった。
そして、彼は見事な異名を手にすることになる。
「現代随一の魔法使い」
パタンッ!
メモ帳が閉じられる音が響いた。
それを読んでいた人物は、メモ帳を閉じ、魔法書の隣に置いた。
その人物はトカゲのような姿をした人型の存在で、裁判官の衣服を身にまとっていた。
「ふむ。あなたの所持品には、魔法に関するものや、魔法的な品が数多く含まれているようですね。つまり、あなたは魔法使いであると判断できます。そうですね、ロック殿?」
ロックは座らされたまま、両手の動きを封じるために鉄板を取り付けられていた。
「まあ、そうですね、閣下。お分かりでしょう? 誰彼構わず、自分が魔法使いだなんて明かすわけにはいきませんから」
裁判官の前での彼の態度に腹を立てた看守の一人が、ロックを叱責した。
「閣下に対して、もっと敬意を払え! これ以上、刑罰を重くされたくなければな!」
(うわ、こいつ、面倒くさそうだな……)
ロックは心の中でそう思った。
「魔法使いであることを明かした件については、不問としましょう。そもそも、不適切な場所で魔法使いであることを明かした場合、その刑罰は状況によって異なりますが、いずれも重いものですからね」
裁判官は続けた。
「しかし、あなたは我が国の文化財に指定されている古代の洞窟へ不法侵入した容疑をかけられています。残念ながら、これについては見逃すわけにはいきません。ですが、盗まれた金の在りかを明かすのであれば、刑罰を取り消すことも可能です」
その話を聞いた看守は、納得がいかない様子だった。
「し、しかし、閣下! 刑罰を取り消すなど……!」
「黙りなさい、兵士!」
裁判官の一喝に、看守は口を閉ざした。
「あなたがどう思おうと、この男は英雄ヴァージルの直弟子なのです。つまり、彼の弟子ということですよ。ヴァージルはかつて我々の民を助けてくれた。その功績により、我々は彼に深い敬意を抱いているのです。そして、彼の所持品が二人のつながりを証明しています」
看守は黙り込んだものの、その顔には明らかな不満が浮かんでいた。
「さて、ロック殿。あなたはどうしますか?」
少し考えた後、ロックは答えた。
「弁護士を依頼する許可をいただけますか?」
「許可しましょう」
ロックは魔法を使い、同じ時代にヴァージルの弟子だったノックスと連絡を取ろうとした。
しかし、返事はなかった。
こうしてロックは、追って沙汰があるまで牢獄へ送られることとなった。
彼の頭の中には、ただ一つの思いだけが浮かんでいた。
(ノックス、このクソ野郎! お前が人生のどこかで俺に助けを求めてきても、絶対に助けてやらないからな!)




