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五話 旅の果て

五話 旅の果て


「ここが、極南」


 船は流氷を砕きながら進み、無事に僕たちは極南の開拓村に着いた。


 必要な物資を買い足して、初日は早めに就寝。


 翌日の朝早く、精霊石を首にかけて氷鳥の捜索を開始した。数時間かけても一羽も見つからず、僕と波瑠加が帰ろうとした時、急に天候が悪化した。


「ブリザードだ!そこの洞窟に!」


 急激に強くなる雪と風の中を必死で走り、なんとか洞窟に逃げ込むと、


「神子様?」


「おや、神子殿ですな」


そこには喋る二羽の氷鳥がいた。


 一羽はちいさな氷鳥王の雛。つぶらな瞳とふわふわの羽毛を持つ三十センチぐらいの精霊がじっと僕を見つめている。


 かわいい。かわいすぎる。本の数百倍実物の方が可愛い。


 もう一羽は髭氷鳥の成鳥。あごにある紐のような模様が髭に見えることから髭氷鳥と呼ばれている種だ。雰囲気は落ち着いていて、賢そうだった。


「……早速だがオレは波瑠加。【零の魔法使い】の分身の転生体だ。祖国ウシュマルのために魔法使いとして精霊であるあなたと契約を結びたい」


「ぜひ。ではこの羽毛を」


 髭氷鳥はあっさりと契約を結び、しるしである羽毛をハルに渡している。


 ハルはしるしのピアスを耳につけた。


「あ、あの神子様」


「神子様じゃなくて鳴冬でいいよ。良かったら、僕と契約してくれないかな。ハルと同じでウシュマルを救いたいんだ」


 雛氷鳥は嬉しそうにぱたぱたとフリッパーを羽ばたかせる。


「う、うん。ぼく、泳ぎは下手だけど魔力には自信があるから。鳴冬の力になれるようにがんばる、ね」


「よろしく」


 しるしの羽毛を受け取ってピアスを耳につける。精霊との契約の証がピアスなのは簡単には外れないからだとか。


「さて、当初の学園の卒業試験の目標はクリアしたけど、ブリザードが収まったら氷の城に行かなきゃいけないんだ」


「ワタシたちも行こうと思っていたのです。数日前、氷鳥が大量に捕獲され、氷の城に連れて行かれたようで。仲間を助けようと」


「なら、ちょうどいいね。道はわかる?」


「はい」


 僕の問いに雛はぺこりと頷いた。かわいい。かわいすぎる。


 そんなことを考えている場合ではない。わかっているが可愛いものは可愛い。


「明日の朝にはブリザードも落ち着くでしょう」


 魔法で寮の自室と繋がった空間を呼び出し、朝まで落ち着かない途切れ途切れの眠りに落ちた。


**


 翌朝目覚めると嘘のようにブリザードはおさまっていた。


 純白の大地を照らす太陽の光がきらきらと輝く。


「ダイアモンドダストか」


 ハルが小さく呟く。


 寒い地域で朝に見られる現象で、空気中の氷の粒に太陽の光が反射して輝く。


 少なくとも極南に来なければ一生目にすることのなかった景色だ。


「新鮮な魚を釣って朝食にしましょう」


 極南の凍った川の水面に、髭氷鳥は器用にくちばしで穴を開けると、釣り糸を垂らす。少し経つとすぐに魚が釣れた。


「極南鮭です。炎魔法でこんがり焼いてお召し上がりください」


「お言葉に甘えて」


 ハルが網の上に並べられた極南鮭の下にガーネットを置いて呪文を唱える。


 ぼっ、と炎が生まれ、極南鮭に火が通っていく。


 僕はカバーで買った魚醬を味付けに少しだけ垂らす。


 じゅうじゅう、ぱちぱちという音に香ばしい香りが混ざり始めた。


 中までしっかりと火を通し、持ってきた皿に盛り付けて完成だ。


 氷鳥たちはもちろん生で一足早く美味しそうに極南鮭をついばんでいる。


「いただきます」


 初めて食べた極南鮭は臭みもなく、クセのない味で美味しかった。


 我ながら魚醬を買っておいた自分を褒めたいと思った。マヨネーズとかも合いそうだ。


**


 白い大地に足跡だけを残してふたりと二羽は氷の城へ辿り着いた。


 氷の城を守るように広がる氷の森は、僕が近づくと拒むように立っていた氷の結晶を溶かして道を拓いてくれた。そのまままっすぐ進むと城に着いた。


 ここが、旅の終着点。


 凍てついて滑りやすい階段を慎重に登ると、最上階に着いた。


「待っていたよ」


 夢で見た仮面の魔法使い阿淵が嗤う。


 部屋の中央で眠っている【極南の神子】の姿を僕は初めて見た。髪は僕よりも長く艶やかでまつ毛も長い。顔立ちは元にしたというだけあって瓜二つだった。


「お前の野望をぶち壊し、氷鳥たちを全員救い出す」


 ハルはイエローオパールが嵌め込まれた剣を構え、僕を守るように立ち塞がった。


「……古き叡智よ。応えろ。氷棘【ソーン】」


 氷の棘が地面を埋め尽くし、阿淵へと襲いかかる。相手は飛んで避けようとするが逃げ場はない。棘は獲物を穿つまで上空へと伸びていく。


「……ぐっ」


「捉えた」


 棘が阿淵を縫い止めてくれれば、あとは簡単。


「……棺の中で永遠に眠れ……コフィン・リオート」


 絶対零度の冷気が氷の棘ごと包み込み、相手を中に閉じ込めて氷の結晶が成長していく。部屋には氷塊だけが残った。


「さて、と」


 ハルが転移呪文を唱え、氷塊が消える。


「断罪魔法会の本部に産地直送完了っと。さて、オレは城内を見て氷鳥たちを解放してくる。フユも落ち着いたら手伝ってくれ」


「うん。ありがとう」


 ハルが階段を降りていくのを見送ってから、僕は眠り続ける【極南の神子】にそっと口付けた。


「……ウシュマルを救うため。世界の歪みをひとつ、無くすため。あなたの力を貸してください」


「……いいよ。きみのことはずっと見ていた。フォルディセイも、フォルディセイの雛も君を認めたんだ。記憶も力も持っていって。私は、もう輪廻の輪に乗りたいんだ。大切な親友にいつかどこかで会いたいからね。世界も、極南も君に任せる」


 口付けで目覚めた神子は、僕をそっと抱きしめて、同じように口付けた。


「あ……」


 流れ込んでくるのは記憶と、膨大な魔力。


 自分が自分で無くなるような感覚に耐えて目を開けると、そこにはもう神子はいなかった。


「……会えるといいですね。親友に……」


「ひとりぼっちは、さみしいです。だから、これがよかったんですね」


 ぽろりと涙をこぼした雛氷鳥をそっと撫でて、僕も階段を降りていく。


 その後波瑠加と共に囚われた氷鳥たちを解放して、開拓村へ戻った。


 あとは船に乗って、ウシュマルに戻り、氷鳥の雛と契約の儀を行う。


 しるしのピアスと、名付けを経て精霊と魔法使いは生涯のパートナーとなる。


 寄り添ってくるもふもふふわふわの小さな温かさを噛み締めて、その夜は眠った。


**


「帰ってきたな」


 船は行きよりも順調に進み、僕たちは無事ウシュマルの魔法学園の寮の自室で重い荷物を下ろした。


 今日の夜には教授に報告して儀式を執り行う必要がある。


 それが済めば、卒業。


 本来ならハルとはもう会えないはず、だったのだが。


「ルームシェア?」


「そう。今の鳴冬は当代の【極南の神子】だ。興味を持つ魔法使いは多い。とてもひとりで野放しにするわけにはいかないんだよ」


 波瑠加に一緒にいてもらえるのは僕にとっても嬉しいことだから、断る理由はない。


「そうだね。僕も波瑠加と一緒にいれるなら心強い。僕の秘密を知ってるのもハルだけだし……それに、さ。ひとりぼっちはさみしいから」


「……そうだな。今後ともよろしく」


「ヒゲさんと一緒にいれるんですね!」


「ああ。これはワタシたちにとっても良いこと。知らない土地でひとりぼっちはさみしい、ですから」


 二羽の氷鳥は嬉しそうにぱたぱたした。


**


 その夜、儀式は無事に行われ、僕たちは魔法学園を卒業した。


 僕のパートナーはルステリ、ハルのパートナーはアンタルと名付けられ、僕たちは正式に契約者となった。


 事態が急変したのはその日の深夜だった。


 オアシスが、枯れたのだ。



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