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四話 翡翠の啓示

翡翠の仮面は絶望の中で光を灯す。


――世の中には意外に希望の種が、残っているものなのだ。

 四話 翡翠の啓示


 雨の中、船は最後の寄港地に入った。ここから二日で極南の港に着く。


 補給にかかる時間を入れて、滞在期間は三日だ。


 ハルは魔法地理学の本を今日も読んでいる。まるで何かを、探しているみたいに。


「ハル。もうお昼だよ?せっかくカバーに来たんだから美味しいものを……」


「……見つけた!」


 ハルは急に叫んで、栞を挟んで本を閉じた。


「わあっ!」


 びっくりして尻餅をついた僕にハルの手が差し出される。


「ごめん。とりあえず探し物のひとつめはクリアだ。次は……魔法神話学か……いや、精霊学と鉱物学……濾過呪文はウシュマルの濾過ポンプにもう使われてるから大丈夫だな……あとは浄化呪文……」


「……とりあえずカバーの仮面堂でも見に行かない?ここまで来れることはあんまりないから」


「ああ」


 ハルの手を引いて、宿屋を後にする。


 彼があまり寝ていないことはわかっていたから、息抜きをして欲しかったのだ。


**


 カバーの仮面堂にはルース・シェルシェ南部で作られた伝承種を模した仮面が飾られていた。恐ろしいもの、穏やかなもの。豪華に飾り立てられたもの、手作りの温かみが残るもの。


「そういえば、ウシュマルの【零の魔法使い】は何の伝承種だったのかな……ねえ、ハル……」


 振り向くと、ハルの姿はどこにもない。それどころか仮面堂の中には人影がなかった。


「……仮面と魔法は相性がいい。わしはウシュマルの【零の魔法使い】も、お前のことも、【極南の神子】のことも知っておる。怖がらずとも良い。わしも古き時代の魔法使いなのじゃ」


 ふわり、と翡翠の仮面が宙に浮き、優しい声で語り始める。


「【零の魔法使い】は本当は砂漠で生まれたのではない。彼は世界樹の下に陸地が生まれた時、陸の管理者として生まれた土の神――今の時代の言葉に直すなら伝承種。神名はウヒジニという。【極南の神子】もまた、神じゃ。タワキ。【極南の神子】の正体は、氷鳥神タワキ。【零の魔法使い】に合わせて人の姿を取った際の名前じゃった。もっとも、【極南の神子】は友を失い、眠りにつく際に全ての力を【氷鳥王フォルディセイ】として切り離したので、今の彼にもう伝承種としての力は残ってはおらんが」


「なぜ、そんなことをご存知なのですか?」


「昔はこの世界は伝承種のものだった。あの時代の人間は神にずっと近くての。まあ、要するにとても寿命が長かった。わしはその長い寿命で魔法の修行をするために世界を回ったのじゃ。時歪帯も【零の魔法使い】が生きているうちは、許可証があれば通ることができたのでな」


 仮面は懐かしそうに目を細めた。


「時歪帯が無くなれば、世界を回れるんですよね。ハルの夢が叶うんだ……」


「……わしの見立てじゃがな。【零の魔法使い】はまもなく輪廻の輪に乗る。伝承種であっても魔力に限界はあり、永遠はない。鳴冬。お前が犠牲になったところでオアシスは必ず枯れる。罪には罰が必要じゃ。そういうものなのじゃよ」


「じゃあウシュマルは滅びるんですか?僕たちは……たとえ氷鳥と契約しても、僕が氷鳥王の力を取り戻しても……何もできないんですか?」


 だとしたら何のために。何のためにここまで。


「いや。氷鳥王の力を取り戻すことは重要じゃ。そういえばお主は魔法地理学が苦手じゃったな……そうじゃな……今はこれだけ伝えておこう。ウシュマルの水源はオアシスしかないと王族も魔法使いも思い込んでおるが……水源は果たして本当にそれだけかの?」


「え?」


「灯台下暗し、じゃな。とにかくお主は迷わずに極南へ向かうと良い。世の中には意外と希望の種が残っているものなのじゃ。生きよ。生きて氷鳥と契約し、波瑠加とともに世界を巡れ」


 翡翠の仮面はそれきり沈黙し、人々の話し声が戻ってきた。


「……ありがとうございます」


 小さくつぶやいて翡翠の仮面の前をあとにする。無表情なはずの仮面が少しだけ微笑んでいるように見えた。


**


 何事もなかったかのように波瑠加とふたりで仮面堂を後にする。


 昼食は名産の焼きとうもろこしだ。バターと魚醬を塗って焼いてあるため、とうもろこし自体の甘さはもちろん、香ばしい香りが食欲をそそる。


 公園のベンチの向こうには晴れた海の向こうにうっすらと島影が見える。


 ――極南。


 この旅の最終目的地。運命の終着点。


「いよいよ明日、極南へ向けて旅立つんだな。氷鳥と契約する旅がこんな大ごとになるとは思わなかったけど」


「本当にね」


 追加で頼んだのは極南産氷のかき氷。ここは極南との距離が近いため、極南の開拓村に物資を送る際に、天然氷を切り出しているらしい。青く甘いシロップのかかった氷は、ひどく冷たいのに、身体にとても馴染んだ。


 ハルはキーンとしたようで顔をしかめて頭を押さえている。


「必ず一緒に帰ろう、鳴冬」


「うん、波瑠加」


 次の瞬間、くちびるに何かがそっと触れた。


「……おまじない。ちゃんと帰れるように。【零の魔法使い】が……分身のオレに毎朝してくれてたことだ」


 照れ隠しのように顔を背けるハルが愛しいと、この時、僕は心から思った。


 静かに陽が傾いて沈んでいく。


 夕陽に照らされた道を手を繋いで宿屋に戻る。


 思い返すと人生で一番、幸せで穏やかな夕暮れだった。


 永遠などないと知りながら、ずっと続けばいいと願ってしまうほどに。



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