二話 港町イサパ
船は第一寄港地に着く。
夢を解く先に見える真実とは。
一方極南の氷鳥たちには魔の手が襲い掛かり――
二話 港町イサパ
「まもなく第一寄港地イサパに到着します。当船は補給のため三日間停泊します。乗客の皆様は下船準備をお願いします。下船後、観光パンフレットと宿泊チケットをお渡ししますので忘れずにお受け取りください」
ウシュマル港から南に下ること三日。僕たちを乗せた船は港町イサパに着いた。
「この世界の名は、ルース・シェルシェ。魔法学で提唱されている四源世界のひとつ。この世界の原理は【地】である。伝承種の影響で南と北の交流が少なく、鉱石特急も工事は難航している」
「魔法地理学の教科書熱心に読んでたもんな、フユ。でもこれから観光なんだから一旦忘れようなー」
ハルの声で僕は我に返る。気づけばハルに手を引かれてホテルの一室にいた。
「卒業試験の筆記ギリギリで……合格はしたけど魔法地理学は不得意なんだよ……方角がよくわからなくて」
「あー……方向音痴だもんなフユ……」
ハルはそういうと世界地図を広げる。
「とりあえずオレたちの国、ウシュマルはここ。ルース・シェルシェの南半球にある砂漠地帯のオアシス沿いの村が発展した。伝承種の影響で世界で唯一天然の魔法使いが生まれる地域」
「今いる港町は……」
「フユ、地図の上は北だ。北は南にいると未知の領域だな……鉱石特急も大都市フェーディエまでしか通ってない。まあ、通せないんだが。理由は流石に覚えてるよな」
「時歪帯があるから。流石に神話とセットで覚えてるよ。北から殲滅派の伝承種が来た時に、人を守りたい伝承種がその力で時を歪めた。この場所では朝と夜しか存在せず、昼がない。その上コンパスが効かない。また、殲滅派の伝承種残滓が彷徨いているから腕がないと時歪帯を越えられない」
時歪帯があるのは僕たちが住んでいる砂漠が北半球の果てにある山脈とぶつかるあたりと言われている。魔法使いたちはその存在を知っているし、信じているけれど、実際に見た者はいない。
「大事なことが抜けてる。時歪帯では【魔法が使えない】」
「そうだった。まあ、南の人間が北に行くことはあんまりないと思うけれど」
「いや。実は南から北に行くのは不可能じゃない。不可能じゃないけれど、極南と果北を越える必要があるから、まだ誰も成功した魔法使いはいないけどな」
首を傾げた僕を見て、街を歩きながらハルは説明してくれた。
この世界は球体だ。球体である以上、東と西、南と北は繋がっている。
要するに東に進み続ければいつかは世界の西に、南に進み続ければいつかは世界の北にたどり着く。時歪帯は確かに北半球と南半球のほとんどを直線上に分断しているが、南半球にそれ以外の時歪帯の存在は今のところ確認されていない。
だから理論上は、南半球の都市間を鉱石特急で繋ぎ、極南から果北へ渡る航路を拓き、果北を南下すれば北半球へ辿り着ける。
「極南はほぼ未踏地って言われてるけど……」
「魔法会が学生の極南行きを禁じてないのは、極南の地図を作りたいからって言われてるな。とはいえ、極南の南の果てにたどり着いた魔法使いは流石にいない。環境が過酷すぎるからな。入り口の港のそばには開拓村ができたらしいが」
ハルが足を止め、店のドアを引く。そういえばお昼がまだだった。
「らっしゃい。おふたりさんだね。学割しとくよ」
「イサパの名物料理をふたりぶん」
「はいよ」
天気がいいのでテラス席に座る。潮の混じった風は独特の匂いがした。
しばらくすると魚介の煮込みスープが運ばれてくる。思えば海の魚を食べるのは初めてだ。いただきます、と手を合わせてスプーンでスープをひとくち。
「美味しい」
「港町の新鮮な魚はやっぱり違うな。学園はウシュマル国内でも内陸部にあるから、魔法をかけても魚は鮮度が落ちる。美味い。ごちそうさまでした」
あっという間に食べ終わり、店を後にする。
何気なくたどり着いた公園の石碑に思わず目が留まった。
「これ、神話かな」
「だな。どれどれ……」
手をかざすと映像が浮かび上がり、物語が紡がれる。
――世界の始まりには大樹があった。
生き物はみな、元々は大樹の枝に実っていた。
世界にはまだ陸地はなく、荒れ狂う波だけだった。
ある日、ひとりの青年が強い風に煽られて波間に消えた。
青年は沈み続け、海の底で石に会った。
石は言った。
わたしを海の上まで運んで、粉々にしてください。
青年は言われた通りにした。
すると、海の上に陸地が成った。
青年は世界樹に実った者たちを地に下ろした。
役目を終えた世界樹は石になり、今もこの地を静かに見守っている。
「石になった世界樹……」
「伝承種が出てくるより古い言い伝えってことか……」
ホテルへの帰り道、【世界樹の葉】という名前の焼き菓子を買って部屋に戻った。
**
「ウシュマルの建国神話ってどんな感じだっけ」
「【零の魔法使い】。砂で王国を築き、魔法の力でそれを本物の都市に変えた。伝承種っていう話もある。イサパの神話も、石か青年が伝承種っぽいな。しかし、港町なのに海についての神話とかはないのか」
僕は【世界樹の葉】を取り出して一枚かじる。さくさくした軽い食感の焼き菓子に少量の塩とカラメルがかかっていた。塩がより甘さを引き立てていて美味しい。
「ハルも冷めないうちに食べなよ。神話とかは、図書堂みたいなところがあればそこに行けば本がありそう。明日行こう」
「だな」
ハルは残りの【世界樹の葉】を全部食べてから、街の地図をふたたび広げてルートを考え始めた。僕は魔法神話学の教科書を広げて静かに読み始める。
キリのいいところで夕飯を食べて、眠りについた。
**
――誰かが僕の名前を呼んでいた。
凍てついた氷の城を、引き寄せられるように声の方へ。
「――ナルフユ」
「――極南の神子の末裔よ」
たどり着いた先には氷の玉座があって、そこには巨大な氷鳥が座っていた。
伝承種。氷鳥の王。極南の支配者。
「極南の地は汝を傷つけない。だが、氷の城に眠る狂気は心を穿つだろう。我が眷属を探せ。彼らは汝らを、滅びし砂漠の王の末裔と極南の神子を待つ」
優しく、氷鳥の王のフリッパーが額に触れる。
熱とともに淡く輝くしるしが現れる。
「封印は解かれる。狂気と試練を超えて、夢を掴め」
**
「……氷鳥の王……魔法神話学の教科書に出てきたっけ?それよりも極南の神子?砂漠の王の末裔……?僕とハルが……?」
実感がなさすぎて、まあ夢だからなと思い直す。
遅めに起きてきたハルに夢の話をすると、
「俺が滅びし砂漠の王の末裔?………とはいえ、魔法使いが見る夢は世界が見せる夢。軽視することもできないから、イサパで夢解きを頼んでみるか。案外フユが極南の神子っていうのも本当だったりするのかもしれないし」
朝食を摂り、夢解き小屋の前でハルと別れた。
夢解き小屋。ウシュマルでは一種の夢占いとして一般的ではあるけれど、独特の立ち込める香の匂いや、夢水晶の妖しい煌めき、仄暗い闇に揺れる色鮮やかなランプそして口元をヴェールで隠した妖艶な魔女。世界の中にあって世界から切り離されたような小屋が、どうも苦手だった。
「いらっしゃいませ。あら、魔法使いさんね。……とても数奇な運命をお持ちのよう。読み切る自信がないからお代はタダでいいけど、時間がかかるから早速初めていいかしら?」
「はい」
寝台に案内され、上半身の衣服を脱がされる。静かに心臓の位置に夢水晶の先端が触れる。ひやり、とした感覚を最後に意識が途絶えた。
**
「あらあらこれは。この子だけじゃないわね。相手の子も相当訳アリか。プロテクトが強くてほとんど読み取れないけど、極南の神子。滅びたはずの砂漠の王の末裔……氷鳥の王、極南の危機。時歪帯を消せる希望……これ、一介の夢解き師が知っていいことなのかしら……」
夢水晶を夢から切り離してテーブルに置いた夢解き師はため息をついた。
「それ以前にどうやって伝えたら……」
「相当なものを見たようですね。あとはわたくしが。プロテクトはおそらく氷鳥王によるものでしょうから外せません。極南の神子としての記憶ごと封じてあります。ですが、彼の友人については記録があります」
不意に現れた夢解き師の少女は古びてぼろぼろになった古文書を手渡した。
「……ウシュマルは、零の魔法使いが作った国。ですが、作ったあと零の魔法使いがどうなったのかはあの国の記録には残されていません。なぜならば今あの国を覆い、水不足を加速させている呪いの原因だからです」
「セイバル様」
「……もうひとりは図書館にいます。ふたりをここに連れてきてください。夢解き師として、【世界樹の巫女】として、事実を伝える使命がありますから」
**
「揃いましたね。わたくしは夢の伝承種の血を引く【世界樹の巫女】です。夢解きの結果、あなたたちは世界にとって重要な存在だと判断いたしました。ですので、秘された真実を伝えます。わたくしの夢の空間へご案内しますので、内容が外部に漏れることはありません」
図書堂――いや、この港町イサパでは図書館という呼び名だったらしい――に行っていたハルを加え、僕たちふたりは夢へ落ちた。
【世界樹の巫女】の夢は、穏やかで光に満ちていた。世界樹の木陰に置いてあるテーブルでお茶を飲みながら、巫女は静かに口を開いた。
「……わたくしはセイバルと言います。イサパの神話をご覧になったならわかるかもしれませんが、陸地を築いた青年を先祖に持つと言われている、【世界樹の種】と言われる一族の末裔です」
「……僕は鳴冬と言います。僕の夢はそんなにまずいものだったんでしょうか?」
セイバルは首を横に振る。
「まずくはありません。ですが、とても重要な夢です。氷鳥王は極南の支配者とされていますが、姿を見たものも、夢に見たものも今まではいなかったのです。貴方、鳴冬さんを除いては」
「昔から氷鳥と契約することを願い続けてきたから、ではなく?」
「ありえません。どんなに氷鳥が好きでも、氷鳥王フォルディセイはもうこの世界を去って、裏の層に渡った存在です。裏の層から表の層に干渉することは世界の理として不可能なはずです」
「……で、でも僕はただのウシュマルの魔法使いで……学生で……」
「……ただの学生が【極南の神子】にはなれません。……貴方は何かを知っているんじゃないですか?……波瑠加さん、いいえ……【零の魔法使いの転生体】」
ハルの顔色が明らかに変わる。
「……ま、誤魔化せないよな。【世界樹の巫女】が相手だ。その様子だとウシュマルのオアシスの【呪い】の原因にも気づいてるんだろ。……ああ、そうだよ。俺は【零の魔法使い】の欠片、分身の方の転生体。ここはウシュマルじゃないし、隠さなくてもいいだろ。ただ、鳴冬については……極南に着くまで何も明かさずにいたい。あんたは鳴冬の正体に検討がついてるんだろうけどな」
「……わかりました。わたくしは夢解き師。道を示すだけの者。そちらはお任せします。どのみち貴方たちは極南の氷の城で全てを知るでしょうから」
ふわり、と風が吹いて、夢が終わる。気がつくと僕たちは夢解き小屋の寝台に横たわっていた。
「どうか貴方たちに世界樹の加護がありますように」
**
ホテルの部屋に戻り、ベッドに横になる。
疲れているのかすぐに眠気が襲ってきて、そのまま夢に落ちた。
「……極南という土地は都合がいい」
誰かの声がする。
「極南の支配者となるのはこの私だ」
冷え切った部屋、立ち並ぶ培養槽、中心に立つのは仮面の魔法使い……?
「……見ているな。夢で。【極南の神子】。氷の王の愛子よ」
合うはずのない視線が合う。
「氷の城で待つ」
**
「今のは……」
「フユ、大丈夫か?ひどくうなされてたから。また夢を見たのか?」
「うん……見たことない魔法使いが……氷の城で待つって……」
「魔法使い……そうか……やっぱりあの時消しておくべきだった……」
低く冷たいハルの声を、僕はこの時初めて聞いた。
「鳴冬。明日、港町イサパを出たら船室で少しだけ話そう。知っていた方が身を守れるだろう」
ハルはそう言うといつも通りの調子に戻って、海藻入りアイスを机に置いた。
少しだけ磯の香りがするアイスは滑らかで冷たくて、美味しかった。
幕間 氷鳥を狙う者
洞窟の奥でヒゲさんとぼくは小さな身を震わせていた。
数日前、氷鳥の仲間たちが大量に連れ去られる事件が起きたからだった。
「ヒゲさん、こわいよ」
「きみは泳げない代わりに魔力が強い。ここには誰も入ってこれんさ」
ヒゲさんはぶるぶる震えるぼくを抱きしめて、釣りたての魚を差し出してくれた。
「ありがとう」
「しかし、極南には結界があるはずなのに。やはり神子さまが行方不明になってからフォルディセイ様の加護も弱まっているのかね」
「フォルディセイ様……お父さま……」
「やはりフォルディセイ様の雛か。魔力の強さからそうではないかとな。それにフォルディセイ様は少し泳ぎが苦手と言われていたからなあ」
ぼくはフォルディセイ様の雛であることが重かった。
フォルディセイ様はお父さまである以前に、極南の支配者で守護者。
向こう側の層に渡ったあとも、極南や氷鳥たちを見守ってくれている。
それに引き換えぼくは魔力は強いが泳げない。まだ小さいから仕方ないと言われる反面、役立たずと罵られることも多かった。
「ぼくがもっとつよかったらよかったのに」
「いや、きみは強くて優しい子だよ。きっと立派な成鳥になれる。でも、フォルディセイ様の名が傷つくほどに重いなら、神子さまが戻ってきたら契約して、極南を出なさい」
「うん……ありがとう」
今日は月は見えない。遠く、風が強さを増して唸る音が聞こえた。




