水で線を引く
本作はカクヨム自主企画の三題噺 「水」「線」「質問」に参加した作品です。
首の後ろがじりじりと焼けた。帰っていくびしょ濡れのガキんちょどもの声を聞きながらほとんど水が残っていない水鉄砲がぷかぷかと浮かぶビニールプールに視線を動かす。
「片付けるか……」
そう思って腰を上げようとした時、不意に影が差した。
振り返ると、サングラスをかけた明るい髪色の女の人が立っていた。悪戯っぽく口角を上げサングラスを外す。化粧はしているがまだ卒業式から3か月。流石にまだ記憶に残っている。
「ひさしぶり~」
高校時代の同級生だった。当時は校則もあり化粧も出来ないし髪色も変えることが出来なかった。俺の男友達も卒業と同時に金髪に染めたりしていたのでそういうものなのかもしれない。彼女は、甘いにおいを漂わせながらビニールプールに手を伸ばす。
「わあ、懐かしいね~。昔は、みんなでよくお兄ちゃんにせがんでやってもらったよね」
こんな田舎では娯楽も少なく、危険な遊びをする子どもも多いということで地区でビニールプールと水鉄砲を買い、そこで遊ばせるというのが夏の恒例行事になっていた。俺も彼女ももちろん参加していた。彼女の言うお兄ちゃんも近所の兄ちゃんで、今はビール腹を揺らして配達をしている食堂のおっさんだ。田舎っていうのはそういうもんで地区全体で家族みたいな感じだった。俺はそれが何かいやだと感じていたが、それでもこのビニールプールには参加していた。ふと足元に水がかかる感覚。見ると、彼女が水鉄砲で俺の足を濡らしていた。
「ねえ、そういえば昔さ、よく水鉄砲でマルバツゲームやったよね。ね? やらない?」
上目遣いで俺を下からのぞき込むと彼女はにこっと笑い、水鉄砲で線を引き始める。
そして、俺の近くまでくると先ほど濡らした左足近くにマルを描く。
「ねえねえ、元気だった?」
彼女は、俺の真横で笑う。こんな顔だったっけと思わず記憶を辿る。こんな近くで見たことがなかったから。俺は質問をうなずきで返す。
そして、さっき子どもたちにもらった木の棒を手に取りビニールプールに先端をつけ、目の前のマスにバツを描く。
「も~おじさんみたい~。まだ大学生でしょ? しかも、1年生の夏休みなんだからもっと元気に過ごしなよ。まあ、向こうの子たちみたいに、バイトだプールだカラオケだテーマパークだって騒ぐのはちょっと大変だけどね」
バイトはないわけではない。俺も最近数少ないファミレスで奇跡的に採用され女子ばかりの職場で戸惑いながらも頑張っているし、プールだってビニールプールだけじゃなく市民プールもある。カラオケは中高生で溢れかえっている。テーマパークは、まあ、ない。
だから、いつか出て行ってやると俺は中学時代に思っていた。そして、中学時代の彼女は、でもここだっていいとこだよ、と言葉少なに曖昧に笑っていた。
勢いよく水鉄砲を飛ばしながら、今度は右横のマスにマルを描きながら俺に質問してくる。
「みんなは元気? あたしもバタバタしててあんま連絡とれてないからさ。向こうでファストフードのバイト始めたからあんま長くいれないんだけど、みんなに会えるなら会いたいなって。ね、元気?」
「元気だよ、元気元気」
蝉の大合唱にかき消されそうなボリュームで俺はそう言いながら反対側の左横にバツを描く。
こんな田舎だ。高齢化は進む一方だし子どもの数は減る一方。だから、小中とほとんど変わらなかったし、さらに俺たちの代は仲がよかったこともありみんなで同じ高校に行った。だから、彼女もそこまでは同じルートで、仲が良かった。登校から学校、下校、放課後遊ぶのも夏休みや冬休みでも大抵一緒だった。そして、彼女以外は地元の大学に進学した。
示し合わせたわけじゃない。ただ、本当になんとなくだった。
「そっかあ。ならよかった。みんなの話聞きたいなあ。やっぱいいよね。こっちはのんびり出来て、自然も豊かだし、心が安らぐ」
スマホを片手で上手にいじりながら景色や自分をパシャパシャと撮っていく。この緑豊かな場所をノスタルジーあふれるといわれそうな場所を彼女は自慢するのだろうか。
ひとしきり写真を撮り終えると、真ん中にマルを描く。
「そういえばさ、どう? カノジョとかできた?」
3か月で出来るわけがない、と言いたかったが男友達の一人は春になってすぐにカノジョが出来、みんなで集まってお祝いした。きっかけがあれば関係ない。そういうものなんだろう。その男友達も近所の神社で毎年開かれているさくら祭りで手伝いをしている時に偶然出会った女の子と付き合うことになったらしい。俺たちが毎年お菓子を貰いに行っていた祭りでそんなことがあるのかとみんなで驚いた。いや、でもあり得ないことではないしそういう期待を高校生にもなればしていたなと思い出す。
だから俺は一度だけ彼女だけを……。
「できてないよ」
俺は滴る汗を首に巻いたタオルでふき取り、三つそろわないよう右上にバツを描く。
彼女を見るとうんうんと頷きながら笑っていた。
「いやー、あたしもさ。まだなんだけどさ、やっぱ人が多いところだとさ、あたしみたいな女の子でも声かけられたりしてさ。ほんと驚くよ。サークルとかでも結構出会いあるって子も多いしさ。でも、女の子が狙われてる怖いサークルもあるみたいだからさ」
彼女はそう言いながらスマホの画面をすごい速さでなぞっていく。どうやら、さっきの写真を送った後にきた返事に応えているようだった。凄い勢いでぴこんぴこんと音がなっている。
ああ、そうかと俺は気づく。彼女は……。
音が落ち着くと彼女は俺を見てまた笑い、そして、地面を見てほほを膨らませ悩んでいるような表情をつくる。
もう悩む必要なんてない。結果はわかりきっているのに。
それでも、彼女はうんうんと唸った末にマルを描く。
「あ、そうだ。あのさ、明日さ、一緒にお出かけしよう?」
チャラと彼女がかけていたサングラスが大きなトートバッグの中で揺れる音がした。
そして、こっちはいいよね静かで雰囲気があってと色んな言葉を早口で並べた。俺はその速さについていけず曖昧に笑う。そして、立ち上がり彼女の『質問』に答える。
蝉がじーわじーわと鳴いていた。彼女は汗を流していた。向こうに行くと汗をかくのは遅くなるのだろうか。
水で引いた線もマルもバツも乾ききって消えかけていた。
ただ、俺が作った影にいたバツだけはキレイに残っていて思わず笑う。
明日もビニールプールを作ろう。子どもたちの相手をしよう。
それに、明日はバイトだ。カレシが出来ないとぼやくセンパイの相手をしなければならない。
友達も、家族もいるし、地元の関係性はちょっと気持ち悪くて忙しい。
太陽が俺を照らす。汗がしたたり落ちる。俺にとっていつもの夏が続いていく。
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