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【西宮、帰る】

黒曜(こくよう)らんは不機嫌であった。

どんよりとした雲が広がり、今にも雨が降りそうな空模様だ。

朝からこめかみのあたりが重く締め付けられる。

本日、西宮(にしのみや)である二宮(にのみや)(ますの)きりが、西宮へ帰るという。

午前のうちに上層の広間で、迎え入れ同様送り出しの式が執り行われる。

向かわねばならないのだが、足が向かない。

冷たい水を飲んで瞬きをいくつか繰り返す。

貰い物の飴玉を包み紙から取り出して口に放り込んだ。

ころころと口の中で転がしていると、練り込まれた茶が香った。

はあ。

一旦鏡に向かい、襟と前髪を正す。

行くか。

戸を開けると、待機していた見習の巫女がうやうやしく礼をした。

その手には、らんが用意させた西宮への贈り物の箱がある。

黒檀を磨き作らせた枡家の紋付の二段の香箱である。

南方のガラス細工も検討したが、ガサツなあの女が無事に西まで運べるとも思えない。

五家同士での贈り物、黒曜が枡に与えてやるもの。ナメられるわけにはいかない。

巫女の手にした箱を思わずじっと見つめてしまった。

勢いよく向きを変え、宮の上層へ向かった。


広間にはすでに大方そろっており、それぞれに挨拶を交わしている。

らんが入ると、ささっと、枡きりの元まで道が開いた。

お付の巫女から箱を受け取り下がらせる。

あえて悠然ときりの元へ歩み寄る。

きりはすぐにこちらに気付いて待ち構えている。

「大物が、ようやくのおでましかしら?」

最初からけんか腰である。

「ごきげんよう、たいへんすがすがしい朝ですわね」

にこやかに微笑んで挨拶を交わす。

「そう?どんよりと湿気ていて、西のからりとした陽気が恋しくなるわ」

きりは眉間のしわを隠そうともせずこちらを睨む。

「ええ、ええ。もうすぐ目の上の瘤が取れると思うと曇り空など何の障りにもなりません」

「そうね、厄介な石ころが無ければ宮もいいところなのだけれど」

「ほほほほほ」

「ふふふふふ」

目が笑っていないのはお見通しだ。

「そんなことより、宮からの下賜品とは別に、餞別を用意いたしました」

「あら、嵐に気を付けないといけないかしら」

軽口は聞き流して、抱えていた箱を、両手でしっかりと手渡した。

「お返しの品もご用意できていないけれど、よろしいのかしら?」

「そんなもの、期待はしておりません。どうぞお受け取りください」

「ありがとうございます。ご厚意、素直にお受け取りいたしますわ。こちらは?」

「香箱を用意させました。ガサツな貴方でも壊さないように、頑丈なものを」

「まあ、貴方そっくり」

「また、口の減らない……」

「ですが、物は良いもののようですわね、ありがたく頂戴いたしますわ」

きりは、受け取った箱を供に渡して下がらせたところへ、一宮(いちのみや)あさめが到着し、式を執り行うこととなった。


あさめ様による挨拶の後、下賜品の目録の読み上げ、くれん様からの「またみんなで西宮にも行こうね」というありがたいお言葉の後、きりからの挨拶、と式は滞りなく進んだ。

並べられた下賜品が運び出され、西の一行がぞろぞろと広間を出ていく。

我々もその後に付いて、門へ向かう。

段を降りて下層へ向かう、その前に、きりを呼び止めた。

きりは供の者へ先に行くよう指し示すと、こちらへ向き直った。

「改まって、なんです?まだ嫌味を言い足りないのかしら?」

ほかの者が階下へ向かったのを見送ってから、口を開く。

「たける様とは、お話できましたの?」

「余計なお世話です!」

まったく、素直じゃない。


祭の初日を思い出す。

────。

きりは、舞台での出番を終えたらそのまま雲隠れし、姿を見せなかった。

日も暮れかけて、雨月さいと観閲席から舞台を見ていると、群衆の中に知った顔を見つけた。

さいに断り、席を立つ。

人波を抜けて、きょろきょろと辺りを伺いながら進む後姿を追いかけた。

舞台から離れて、人通りも落ち着いたところで追いつき声をかけた。

「たける様」

声をかけると、鳥陽(ちょうよう)家の長男、たけるは振り返り、礼をした。

「これはこれは、らん様。先ほどの舞、見事なものでした」

「きりを探しているのではなくて?」

お世辞は無視して単刀直入に問いかける。

「いや、それは……」

「しっかりお話できていないのでしょう?機会はそう多くありませんよ?」

「……」

やっぱり。

人が後押ししてあげているというのに、大の大人が揃って何をやっているのやら。

「舞台で舞を見せてからは姿を見ていません。おおかた、宮から町を見渡してでもいるのでしょう」

「……すまない、ありがとう!」

そう言って宮へ向かって駆け出す後姿を見送った。

────。


それを、余計なお世話、とは。

せっかく人が気にかけてあげているのに、このお猿さんは……。

「ですが……」

きりは、気が進まない様子を見せながらも、言葉をつなげた。

「お話する機会はありました。お気遣いは感謝しておきます」

その返事を受けて、少しほっとした。

「貴方は、普段はてきぱきしてるくせに、このことになると途端に……」

「もぉー!お節介ね!私の事よりご自身の事をご心配なさい!」

「私は、貴方のように、ふわふわ浮ついてなどおりませんから」

「どなたもお相手したがらない厄介者ですものね。西のいい男をご紹介してさしあげましょうか?」

「結構よ!」

「「ふん!」」

そう言い合って、ふと可笑しくなったが、吹き出さないようにするのに苦労した。


宮の門の前には既に車列が組まれており、下賜品がどんどん詰め込まれていく。

通りは見物人も多く出てきており、車に近づかないように武官も駆り出されていた。

あさめ様がきりの手を取ってねんごろに挨拶を交わしている。

腕を組みながらその横顔を見つめた。

いよいよ車を出すという際、こちらをちらり、と見たかと思うと、目を細め鼻先をつんと上げて見せると、颯爽と乗り込みさっさと御簾を降ろしてしまった。

いちいち挑発的な女なのだ。


ガラガラと音を立てて立ち去る車列を見送って、ようやく長かったような短かったような祭が終わったような気分になった。

騒がしかった初夏を駆け抜け、いつの間にか季節は夏を迎えていた。

最後の車が角を曲がり、その土煙が見えなくなるまでその場で見守っていた。

その姿が消えたとともに、大粒のも雨粒が、ぽつり、と落ちてきたかと思うと、ばらばらばら、と音を立てて雨が降り出した。

慌ててみんなで連れ立って宮の中へ引き返した。

~二殿の報告書~

西宮様が宮を発たれた。

宮からの下賜品の目録の作成、運搬の業務に就く。

西宮様がこちらで調達した物品や宮様同士での贈り物などもあり、宮入り時よりも三台多く車が用意された。


西の武官、中禅様が車列の先頭で指揮を執る姿を、すい様と共に見送った。

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