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幕間十九【二の次】

「お世話になりました」

三殿(さんでん)の巫女、せなはそう言って頭を深々と下げた。

二宮(にのみや)はりの姿は無いが、数名の医官たちは軽く手を振ってくれた。

両手で戸を閉め、廊下を歩く。

身体が重く、体力の低下を感じる。

九元(くげん)酔い」から目覚めてから、この医務室で安静状態を強いられていた。

リハビリしないと、まともに動けないかも……。


あの日、目覚めと共に感じた強烈な喪失感と、強烈な多幸感のフラッシュバック。

いまだに、寝る寸前や目が覚めた直後に不意に襲ってくる。

お腹の底から湧いてくる、ドウシヨウもなさに、今は布団をかぶってじっと耐えることしかできない。

魔術で自刃しようとしたほど取り乱すことは、あれ以来無いのが救いかもしれない。

ちゃんと、マトモに頭は働いている。

あの瞬間は、衝動と行動が一直線に結びつき、何かを考えるような隙も無かった。

今思えば恥ずかしい限りではあるが、コトワ様に止めてもらっていなければどうなっていたか分からない。

立ち止まって、意味もなく手のひらをじっと見つめる。

開いたり閉じたりして、ココに立っていることを改めて意識する。


宮の長い廊下を進み、巫女の(くるわ)を探してうろうろする。

確か、中腹の辺りに廓への道があったはずだが。

いまだに慣れぬ宮の中では、いろんな役人や巫女がぱたぱたと忙しそうに行き交っている。

皆それぞれにお勤めを抱えているのだろう。

なんだかなぁ。

武官様方のお力に、とお役目が決まった、最初の遠征でいきなり、とんだ迷惑を掛けてしまった。

一宮様やはり様は大層気にかけて度々顔を出してくれていたが、役目を果たすどころか、ただ転がって運ばれてきたことには、後ろめたさが抜けない。

何の役にも、立っていない。

大抜擢、みたいな体で武官様方の遠征に放り込まれたのに。

情けないやら、恥ずかしいやら。

気付けば廊下の隅に寄って立ち止まってしまっていた。

今日は雲が多く、どこかぼんやり落ち込む柱の影をただ見つめていた。


戸の開け放たれた執務室に差し掛かると、何人かの巫女が書類に向き合って忙しそうに手を動かしている。

その入り口で足を止めていたら、眼鏡をかけた巫女がこちらに気づいて声をかけてくれた。

「せなさん、もうお加減はよろしいのですか?」

「あ、はい、おかげさまで……。先ほどお部屋へ戻る許可をいただきました」

「大変でしたね」

大変、だったのかな……。

必死だったのは覚えているけれど、その後の記憶がスッパーンと抜けている。

「あ、ははは……気付いたら、宮の医務室だったので、なんとも……」

笑いながら、そう正直に答える。

「それより、あの……私のお勤めは……?」

「武官様方のお付きと聞いていますので、我々のあずかり知るところにありません」

巫女は眼鏡の位置を直しながら答える。

疎外感を覚えて挨拶もそこそこに、その場を後にした。


宮の中をぐるぐるさまよいながら、かなりの時間をかけて巫女の廓にたどり着いた。

誰にでも聞けば案内してくれたのだろうが、つい声を掛けることができず歩き回ってしまった。

廓の中にあてがわれた自室の戸を開ける。

コトワ様の屋敷から引っ越してすぐ遠征の支度をしたので、自分の荷物を入れた行李や籠、大小の箱がそのままに散乱している。

卓上には遠征の時に持ち出した私物が、綺麗に整えられて置かれていた。

そこに並べられていた魔具と、神器に目を落とす。

前までなら、身に着けていなければ不安だったこれらの品にも、今は手が伸びなかった。


ひとまず、この部屋が今日からの自分の部屋だ。

のろのろとしゃがみこんで行李を開ける。

着替え類を引き出しにしまっていたら、戸が叩かれた。

「せな様。よろしいでしょうか……?雨月(うづき)のすい様がお見えですが……お通ししましょうか……?」

戸を開けると、巫女が恐る恐ると言う様子で告げた。

振り返って部屋の惨状を見る。

「ええと……私が参ります……!」

そう告げて、行李の蓋もそのままに巫女の後に付いていった。


廓の門には、何か細い包みを抱えた武官姿のすい様が待っていた。

「医務室に顔を出したら、お部屋に戻られたと聞きまして……もうお身体は良さそうですね」

そう言って微笑んだ、すい様の笑顔がなんだかとてもまぶしく見える。

「あ、あの、まだお通しできるようなお部屋じゃなくて……」

「私は構いませんが……では、たまには町まで下りましょうか。歩けますか?」

「は、はい、どこへなりともお供します……!」

「そうかしこまらないでください。お元気になられたようなので、お話したかっただけですよ」


「あの、北部の街道はどうなりましたか……?」

宮の門へ向かいながら、聞いてみる。

一番気になることには触れられなかった。

「せなさんのおかげで、関所の解放はすぐに済みました。ですが……」

少し言いづらそうだ。

「その後、ですね。関所を諦めたと思った途端、賊は一気に街道全体を標的に、少人数の部隊で展開されました」

「それって……」

「はい。当初懸念していた、最も対処のしづらい形を取られてしまいました」

作戦前にも言っていた。正面からぶつかれば寄せ集めに過ぎない、のに。

「当初の往復警備だけでは、同時多発的に行われる襲撃に対処もしきれず。増援も呼びましたが、全てを叩くことはできませんでした」

すい様は悔しそうに足元を見つめる。

「細かい話にはなりますが、単純に街道に盗賊が多い、ということでもなく、複数の補給路を確保したうえで分散的に展開した、組織的な動きでした。敵が一枚上手でしたね」

「……」

掛ける言葉が無かった。

おそらく、そこにせんせいが関わってるんだ……。

「ある日を境に襲撃がぴたっと止まったのも、それを裏付けています。賊の中でも優秀な指揮と統制があったのでしょう。これまでの単純な盗賊退治とは違う空気を感じました」


宮の門をくぐり、門前町に出ると空がとても広く広がっているように感じる。

雲は多いながらも、ところどころ青空がのぞき、暑気を帯びてじっとりとした空気がただよう。

寝ているうちに、いつの間にか夏が本格的に訪れてきていた。

門前の大通りを行き交う人はそう多くなく、何処か寂しさを感じる。

「……」

二人は黙ったまま、じゃりじゃりと足元の砂が音を立てる。

すい様に付いて、門前通りの団子屋「まるや」ののれんをくぐった。

まだ不慣れそうなお手伝いさんに、一番奥の席に通される。

昼前ということもあるのか、他に客はいなかった。

湯気を立てる茶とこんがり焼き目をついて焼かれた団子が運ばれてくるのを待って、すい様が手にした包みを卓上に置いた。

「まずは、これを」

「……これは?」

濃い紫色の風呂敷包みに手を伸ばし、受け取った。

「快気祝いです。無骨もの故、このようなものしか……」

包みを解くと、そこにあったのは白木の短刀だった。

「『二の次』……護身用の短刀です。せなさんの刀が特殊な装具でしたので、あえて(こしら)えていません。使いやすいように拵えてください」

「そんな、私は足を引っ張っただけで、このようなものをいただくわけには……!」

「関所をすんなり解放できたのは、せなさんの功績ですよ。誇ってください。せなさんが朝のうちに気づかなければ、その後どうなっていたか。気持ち程度の物です、お受け取りください」

「は、はぁ……『二の次』、と言う名前なんですか?」

「ああ、我々武官の言葉ですね。一に刀、二に槍、二の次の武器として腰に提げる短刀なので『二の次』と」

二の次……。

刀も槍も失った、最後の武器。

包みを戻して、抱きしめるように一度抱え、礼を言って脇に置いた。


「……それから」

すい様は、茶をすすってから、改めてこちらを向き直った。

「あのマジュツシと、言葉を交わしました」

その言葉に、びくんと身体が固まった。

「せんせいに……せんせいに会ったんですか!?」

食い入るように身を乗り出して聞き返した。

「あの猛烈な爆発の後、その跡地で、倒れているせなさんの横に立っていました」

無事だった、やはり。

ずっと気になっていたことがこうして確認できて少しほっとする。

すい様は思い出すようにしながら、少しずつ話し出した。

「短い戦闘にはなったのですが、引いていただくことができました。その時に、せなさん、あなたに『感謝を伝えてくれ』と」

「感謝……?」

「それから、あなたの事を『愛弟子』とも言っていました。『九元に近づきすぎた愛弟子をよろしく頼む』、と」

「そんな……」

言葉を継げず、うつむいて指を組んだ手に視線を落とした。

「どういう意味か尋ねようにも、くれん様のようにふわりと浮いて、振り向かず飛び去りました」

「短刀党については……?」

「何も」

すい様も、頭を静かに振って、静かに茶碗に手を伸ばして茶を啜った。

自分もそれに合わせて、まだ湯気の立つ茶で、少し口を湿らせた。

「ただ、あの爆発、そして光の剣の雨。ただならぬ使い手なのは確かですね。私も、初めから距離を詰められていなければ、今こうして無事でいられたかどうか……」

「せんせいは、向こうでも『魔導師』と呼ばれるすごい位に付かれていたので……。た、ただ……爆発は、おそらく私、です……はい……」

それを聞いたすい様は、驚き目を見張った。

「あの規模の爆発を、せなさんが……!?」

「『あちら側』……『九元』の火を呼んだ……つもりです。けど、もうそこから記憶がなくて……」

心なしか縮こまる。

「なるほど……すさまじいものでしたよ。関所までの霧も吹き飛ばし、爆発の跡は大地が大きく抉れ、湯気までたっていました」

「それでも、せんせいは、無事だったのですね」

「私が見た限りでは、大きな負傷などはしていなかったように思います……。マジュツとは……あのようなことができる上に、それを防ぎきる。マジュツシの力量、見誤っていたかもしれません」


茶碗を両手で抱えたまま、透き通る水面を見つめる。

「私にも、なぜせんせいが短刀党の、賊の味方をしていたのかは分かりません。ただ、非常に合理的な方なので……不条理な行動はとらないと思うんです」

顔を上げてすい様の顔を見ながら伝える。

「その後の街道の同時襲撃、おそらくそれもせんせいが関わっていたんだろうと思います。せんせいなら、それぐらいやってのけます」

「……なるほど、敵にそれだけの明晰な指揮官がついたとなると、多少合点はいきます」

「……」

沈黙が辺りを包む。

遠くで車が通るガラガラとした音が聞こえた。

「……すみません、お団子が冷めてしまいますね、いただきましょう」

「あ、はい……」

勧められるままに、丸めて串に刺して焼いたシンプルなお団子を口にした。

こんがりとした焦げの香ばしさが、ふんわりと甘い団子のもちもちのアクセントとなり鼻に抜ける。

外側は冷めてきていたが、中はまだ温かい。

優しい甘さが食感と共に口の中で余韻を残す。

茶を飲むとその味もリセットされて、もう一口、団子をかじりたくなる。

これが、名物と名高い「まるや」のお団子。

その味にもなんだか素直に喜べず、飲み込みながら唇を軽く噛んだ。


団子屋を出て、再びすい様と宮の門へ向かう。

別れ際、改めて短刀の礼を告げる。

「お話、聞けて良かったです、ずっと気にかかっていたので……」

「ええ……それより、身体、なまってませんか?せなさんの武官付きは変わっていませんので、すぐお呼びをかけますからね!」

すい様は、そうわざと明るく声をかけてくれた。

「と、トレーニングに励みます……」

苦笑いしながらそう返したが、意味は伝わってなかったようだ。

すい様は不思議そうな顔をしながらも、その場から立ち去った。


手の中の包みを、両腕で抱きしめる。

まだ、期待してくれてるのかな……。

りふぁに、トレーニングに付き合ってもらおう……。

ブーストも持続できるように基礎体力から!

全力の全力、限界を超えてもせんせいには全然届かなかった!

まだ、まだまだやることはいっぱいある!

あと……短刀の拵えってどこでやってもらったらいいんだろう。

コトワさまに相談してみよう。

ばっと顔を上げ、宮の階段へ足を掛けた。

~二殿の報告書~

祭事の一次的な決算書類の回覧。

きっちりと納めたはずの氷像への賽銭、はり様の特別看護での布施の計上漏れ。

一次報告とはいえ杜撰な資料であったため苦情文を書き添えて差し戻す。


医務室で安静とされていた三殿せなが復帰。

配置は変わらず引き続き武官付き三殿として動くとのこと。

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