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【二殿の巫女のコマ回し】

『──あの世の鬼と見られる一団と接触。交流が可能。威圧的ながらも脅威にあらず。経過を観察する。』


二殿(にでん)の巫女すずさは、そう短く書かれた、報告の写しである書付を手に、宮の廊下を進む。

今日も空は晴れ渡り、日差しが強く差し込んでくる。

昼に近づき、湿気と熱を帯びた空気が廊下を渡って顔を撫でつける。

宮の中層、中庭の付近を通ると、祭事で使った(みや)様たちの衣装が影にずらりと干されていた。

その隙間を縫うように、黒髪の小さな頭がぴょこぴょことしている。

九宮(くぐう)様」

すずさが声をかけると、見上げるようにその頭を巡らせこちらを向いた。

「祭事の宮の衣装じゃろう。なかなか手が掛けられておる。伝統の刺繍、丁寧な仕事じゃ」

真っ白に洗い清められた衣の表面に施された細かな模様を目を細めてじっくりと見つめている。

「昨晩の宮様たちの酒宴、ご出席されなかったのですか?」

口を出て聞いたことは、衣装とは関係のないことだった。

買い出しに付き合わされた宮様たちの宴会。

朝から宮の誰にも顔を合わせないことから、大いに盛り上がったのだろうと想像できる。

「小娘どもの寄り合いにいちいち顔など出していられるか」

「ああ……お声が掛けられなくて……」

「ご丁寧に、お呼びには来おったわ、失礼な」

いつの間にやら、こうした軽口を叩き合うようになっている。時が経つとは不思議なものだ。

西宮(にしのみや)さまが鉄火場を振舞われたとか」

「……」

あ。

「今、行けばよかったとか思いましたね」

「ふん、わたくしの小言など聞きたくもなかろう」

「……そんなことより」

すずさは手の中にある書付をひらひらと見せつけた。

「鬼の噂、耳にしましたが、また九宮様が関わっておられるとか」

「ほう、そんな噂になっておったか。なに、せなの件であの世に行ったときに少し話すことがあってな。何人か一緒にこっちにきおったわ」

聞いていて頭が痛くなる。

目つきが悪くなるのを自分でも感じながら、九宮コトワの目を見つめる。

「……なぜそのような重要な事態が、噂の程度で聞こえてくるだけなんでしょうか……?」

「誰にも何も説明を求められないのでな。その程度の事件だったのじゃろう」

「一大事ですよ!?」

悪びれもせず言ってのけるコトワに、思わず声が上ずった。

「どうせ使ってなかった山頂付近に鬼どもが住み着くぐらいなんでもなかろう」

何でもないことのように、コトワは再び着物の模様を眺めて歩き出した。

後を追いながら、その後頭部に向かって話し続ける。

「仙境は神織の統治の元で動いているんです!その外からの人物が来るなんて……」

「あの世は暮らしづらそうだったからのう。それなりにやってはいるようだったが」

手元の書付を再び、びしっと音を立てながら指し示すが、見向きもしない。

「この報告、『様子見します』だけで、もうすでに何の対処も取れてません……武官様方のところに口出しはできませんが……もう!すい様のところへ行ってきます!」

のらりくらりと、のれんに腕押ししているようなコトワの反応に耐えかねて踵を返した。


「すい様」

武官の詰所へ行くと、雨月(うづき)すいが肩と背中までを露わにした軽装で出迎えた。

「すずささん、こちらに顔を出されるのは珍しいですね」

自分よりもたくましく、健康的な肌を見せつけられどぎまぎする。

そんなそぶりは見せずに、挨拶を済ませる。

「ご無事の帰還、なによりです」

「ありがとうございます、祭事も無事に済んだとのこと、ほっとしています。せなさんの件は……」

「もう快復されてきているようで、お会いになられましたか?」

「ええ、あいさつ程度しかできていませんので、改めてお話しないと、とは思っています……。そちらは?」

すいは、すずさが手にした書付を見せながら聞いた。

「……鬼の件、お聞きになりましたか?」

「ええ、耳にはしていますが、脅威にあらず、と」

こちらでも、こんな認識か。

「大事に思ってるのは私だけ、ですか……」

落胆を隠さずそう口にも出した。果たして自分の感覚がおかしいのだろうか。

すいは、すずさを慰めるかのように、諭すように優しい口調になる。

「彼らが武力をもって脅威となる時は、もちろん容赦はしません。ですがりふぁの件があります。鬼だからと言って敵視しては見誤りましょう」

「それは、そうですが……神織の法は守らせなければ……」

思わず叱られた子供のように口の中でもごもごと言うだけになってしまった。

「前線の武官も愚かではありません。見過ごせないことは放置はしますまい」

そう言われ、それ以上強く出ることもできず、すごすごと退散した。


書付を捨てるわけにもいかず、さりとてどこへ出すでもなく握り込みながら、廊下を当てもなく進む。

……そういえば。

先日、来ていただいたにもかかわらず、すげなく追い返してしまった、たけみさまに顔を出しておかねば。

五家(ごか)のお坊ちゃまの気分を損ねたままでは、宮での立ち位置に関わる。

くるりと向きを変え、たけみの詰める執務室へ向かった。

たけみは、片手の扇を仰ぎながら、難しい顔で卓上の書類を見つめていた。

こちらに気付くと立ち上がって部屋へ招き入れてくれる。

「この前は済まなかった、祭の後で立て込んでいるところを邪魔してしまったな」

「いえ、こちらこそ、お構いもできませんで……。これは、苦情、ですか?」

卓上に置かれた訴状めいた書類が目に入った。

「どこぞの村に卸された塩がとても食えたものじゃないから交換しろ、と」

「応じるのですか?」

「いいや。卸屋の仕事だろうよ。文句を言う先が違うのだ。それより、何の件だったかな」

たけみは書類から目を外しこちらを向き直った。

「用事というほどの事ではありませんが……たけみさまはあの世の鬼どもの件、どうお考えですか?」

「鬼が山に下りてきたって噂のあれか……」

手にした扇を畳みながら、すずさの手の中の書付を見つめる。

その目つきは真剣さを帯び、かすかな信頼感を覚える。

「そいつらが山に拠点を築くとなると問題だろうな。一軍を派遣して神織への恭順を示してもらわねば、賊と変わらんだろう。一人当たりいくらの税を取るのはどうだろうか」

自分の懸念に賛同してくれる人物がいたことに安堵はしたが……これはまた、想像とは違う切り口での回答だ。そこまでは頭を回していなかった。

先ほどのコトワ・すいとのやり取りとの温度差を感じる。

「それが、武官様は脅威にあらずと静観する様子で……」

「それは愚策ではないか?奴らの数によっては致命的になりうるぞ」

「そ、そこまでかはわかりませんが……」

思わず口ごもってしまうが、たけみは躊躇はなかった。

「父に伝えよう。雨月様と話してもらう方が早かろう」

言うが早いか、たけみは卓に向かうと墨を擦り始めた。

ただ危機感の賛同者を得たいがための話題だったのだが、一足飛びに大事になっていく事態を目の前に、なす術もなく立ち尽くした。



五家の一角を占める鳥陽(ちょうよう)たけおみは、次男のたけみからの書状を読むと、一つため息をついた。

やはり若さからか、五家の均衡関係を分かっておらぬ。

『武官率いる雨月当主と直に対応を協議されたし』とは、気軽に書いてくれる。

祭事が無事に終わったとはいえ、その大部分に関わった墨屋は益々栄えるばかり。

その後ろ盾である黒曜家の肥え太りは無視できないという認識を、他の三家も暗に持っているだろう。

祭事を主導した沓掛老人も、成功を大々的に喧伝するものかと思っていたが、数日息を潜めているばかり。

そこで大っぴらに雨月と武官を動かす協議などすれば、他の三家からどう見られたものか。

とはいえ、この件、確かに無視もできない。


数日後。

雨月の当主が宮へ上がってくるのを待ち、ふらりと通りかかった体で雨月当主の執務室の戸を叩いた。

「これはこれは、鳥陽の。いかがなされた」

雨月霖雨は資料に目を通しながら立ち上がって出迎えた。

「なに、祭事での浮かれが抜けませぬで、名残惜しさにうろうろしておったところです」

「祭の後は何ともさびしいものですね。さ、どうぞ」

室内の椅子を勧められたが、たけおみは立ったまま話をつづけた。

「いやそれが、寂しいばかりも言っておられず、息子どもが鬼が出たなどと騒がしい限りです」

「鬼、ですね。九宮様も困ったお方だ」

「雨月様は、此度の鬼の件いかがお考えか」

霖雨が巧みに躱そうとするのを見透かし、やや強引に本題に入る。

意図を察したのか、霖雨は少し考えこむそぶりを見せながら、ゆっくりと答える。

「……一大勢力となるようであれば、安全保障上の危機であると」

「そうお考えであるならば、此度の武官様方の動きは手ぬるいのでは」

一瞬、張り詰めた空気が流れる。

「いやなに、そう息子どもが騒いでおるのが煩わしくて仕方がありませぬ」

それをわざと緩めるように言葉を繋ぐ。

「北部の被害の件も含め、対処に二の足を踏んでいる点は確かに、謝罪しよう。現状、喫緊の脅威とはなり得ぬと判じ後手に回っている」

やはり霖雨は実直な男である。意図を汲んだうえで真っすぐに返してくる。

この辺りは他の三家と違い、手ごたえがあって良い。

「どのように対処するおつもりか」

「九宮様のお付きの鬼という前例もあり、当面は対話による融和を目指しているが、それで従わぬのであれば武力的に制圧することも考えねばなるまい」

真っすぐにこちらを見据えて言う姿からは、強行的な手段をとることも辞さない姿勢を感じる。

霖雨は視線を外すと、壁に張り出してある古い仙境の絵地図をちらり、と見た。

「しかし場所が場所である。報告によれば道なき道を抜けた先の山頂付近にたむろしている、と。鳥陽様にこそお聞きしたいが、山頂までの道を整備する計画は?」

「今のところ考えてはおりませぬ。得体のしれぬ、脅威かも分らぬところにカネは落とせませぬ」

たけおみは包み隠すことなく素直に答えた。

長男たけるの言う街道整備とやらに掛ける金の工面もままならぬ。

険しい山奥の道なき道を切り拓くのに、いったい何人がかりになるものか。

霖雨も腕を組みながらうなずいて見せる。

「左様。まさしくその通りであり、動くに動けぬ状態だ。現場からの詳細な報告を待つしかしようがあるまい」

結局は、情報がなければ我らも、雨月も動けぬのだ。

「分かりました……では動きがあるまでにまずは神官どもに、あの世の鬼とは何かを調べさせましょう、何か手を打つ手掛かりでもあれば儲けものです」

たけおみはそれだけ言って部屋を辞した。

この程度が対処の初動としてはよかろう。

両家合意の上のこと。たけみもそれ以上の文句は言うまい。



「……書庫の整理を兼ねて『鬼』の記述のあるものを拾い上げろ、ですか……はぁ……」

「此度の鬼の件にかかる重大案件だ、巫女様方の手も借りたい」

神官たちがぞろぞろと執務室へ来たかと思ったら、振ってきた仕事はそんなものだった。

すずさは、こめかみを抑えながら不承不承、引き受けるしかなかった。

「……ええ、ええ、分かりました、やりましょう……」

~二殿の報告書~

北部より帰還したすい様にお会いするも、北部の様子については聞けず。後日の報告を待つ。


九宮様によりあの世の鬼が現常山へ来たという事実に対し、神織は実質的に手を打てずにいる。

上層部からは鬼に関する記述のある資料を洗い出せとの指示が下る。

書庫の虫干しか何かのついで程度にしか認識されていない様子。

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