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幕間十八【宮様たちの酒宴】

昼を過ぎた神織(かみおり)の宮。

渡り廊下の途中で、手にしていた束ねた書類を神官に手渡すことができた。

執務室へ戻ると、卓上の墨や筆を片付け、少しさっぱりとした気分になる。

二殿(にでん)の巫女であるすずさは、腰掛に深く座り、柔らかな布で眼鏡を拭き上げた。

眼鏡の蔓を両手でつかみ、光を当てる。

その表面に曇りがないのを確かめて、ふたたび掛ける。

溜めに溜めていた書類仕事がひと段落したことで、少し浮ついた気分になっているかもしれない。

やることはあるにはあるが、明日に回してもよさそうだ。

そんなことを考えていると、部屋の入り口から、恐る恐る、という具合に声を掛けられた。

「すずささま、すずささま……ちょっと……」

その場に立ち上がり向き直ると、そこには戸の端から覗き込むようにかがみ立つ、三宮(さんのみや)の巫女、雨月(うづき)さい様の姿があった。

「はい、さい様。どうされましたか?」

部屋に通しながら聞くと、おどおどと進み出たさい様は、少し申し訳なさそうに話始めた。

「実は、宮のお姉さまたちとちょっとした酒宴を開くことになったのだけれど……」

「おや、珍しいですね」

「ええ、きり様がいらしているうちに、って。それで、私がお酒の調達を頼まれてしまったの。私、お買い物などしたことないので……」

なるほど、流石は雨月のお嬢様である。

「神官様方を頼られても良いのでは?」

「それだと、『お仕事』になってしまうから遠慮していて……よければ、付いてきてくれないかしら?」

「酒は多少飲みますが……」

口元に手を当て、少し考える。

業務もちょうどひと段落したところ、町へ出るのも良い気分転換になるかもしれない。

そう思い、素直に引き受けることとした。

「私も、直接酒屋で買うことはありませんが、ええ、かしこまりました。参りましょう」

「まぁ、すずささまでもそうなんですか?私も、町でお買い物することすら……」

「まぁ、さい様は……そうでしょうね……ご予算は?」

そう聞くと、さい様は懐から大判の銀貨を三枚取り出した。

「あさめ様からはこの硬貨を預かっていますわ。お預けしても?」

「これだけあればよいお酒が揃いそうですね」

ずしりと重たい硬貨を受け取り、袖口にしまい込んだ。


祭の後の門前町は、店の前に立つ呼び込みの姿もなく、通りもがらんと広く感じる。

後ろをしずしずとついてくるさい様は、ぽつりと通りを行く人に手を振られては、にこやかに振り返している。

「ここが九宮様から聞いた酒屋のようですが……」

紺地に白く大きく屋号を染め抜いた、日よけの幕を掛けた入口から中をのぞく。

手前に大きく並ぶ桶の奥で、店主が手持無沙汰に酒器を並べ替えているところだ。

「店主、宮様たちが非公式で宴席を設けることになった、良いものはありませんか?」

こちらに気づいた店主は、さい様の顔を見て腕まくりする。

「おんやまぁ!!宮様が直々に来られるとは!!いいの、あるよ!!」

突然響いた威勢のいい声に、さい様は肩を跳ね上げた。

「巫女様方、徳利は、ねえよな。ウチのを出します!」

「はぁ、助かりますが、酒は?」

「へい、うちで一番上等なのは、東の現常山の湧き水で作った、『ごく抜き』ですわ!こないだの祭でも飛ぶように……」

「じゃあ、それを……三本。あとは……」

店主の口上もそこそこに、遮る様に注文する。

薄暗い店内をぐるりと見渡すと、ひと際異彩を放つ奇妙な瓶が目に入った。

「あの置いてある瓶は何ですか?」

「おめがたかいねぇ!!ちょうど南から運んできたばっかりの『泡だし』ですわ!お祝い事にはピッタリですぜ!」

「まぁ、お酒って色々あるんですねぇ」

しげしげと酒樽や甕を順に見て回っていたさい様が、肩越しにこちらを覗き込む。

「珍しそうですし、それも一本いただきましょうか」

「蜜蝋で封をしてあるからね、こいつを、槌でポンッ!とやって開けてくださいね。吹いてくるから気ぃ付けて!」

言うが早いか、屋号の入った風呂敷で瓶を手早く包みだす。

「六人でしたら、こんなものでいいでしょうかね?」

「ええ、あまり分からないのでお任せいたします」

「じゃあ、勘定を」

「へいへい!お待ちを!!」

店の奥から大徳利を三本抱えて出てきた店主は、他の大樽よりも一抱え小さな樽から、慎重に酒を移す。

それぞれ厳重に栓まですると、こちらを向き直ってにっこりとした笑顔で告げた。

「しめて、三十と三銀でさぁ!」

懐に差し込んだ手が、ぴたりと止まる。

「……」

台に並べられた、風呂敷包みの背の高い瓶と、ずんぐりとした大徳利三本を眺めやる。

「……。宮に付けておいてください。あとで支払いによこします」

「はいよぉ!毎度ありぃ!」

「あら、お手持ちのお金じゃ足りませんでしたの?」

「ええ……十銀の銀貨三枚もあれば、と思ったのですが……」


大徳利を手に提げて、宮へ向かう巫女二人。

心なしか背が丸くなる。

さい様は『泡だし』の瓶を大層大切そうに抱えている。

そのほくほくとした笑みを見ると、三銀の不足で胃を痛めているのが矮小なことのように思えてくる。

宮に戻りつき、巫女の廓の奥へと酒を運び込む。

さい様は、部屋にいた一宮(いちのみや)のあさめ様に風呂敷包みを誇らしげに見せつけた。

徳利を卓上に下ろし、恐る恐るあさめ様に声をかける。

「あ、あさめさま……その、非情に申し上げにくいのですが……お、お酒代の方を……その、あと三銀ほど……」

情けないやら恥ずかしいやらで小声になる。

「あら、やっぱり金貨をお渡しすればよかったかしら」

あさめ様は気にもかけずにあっけらかんと返事をする。

「い、いや!それはさすがに……!町の酒屋に金貨は……」

夕方の鐘を待って、世間知らずのお姫様たちの宴が始まるようだ。

~二殿の報告書~

各種の申請・追認書類の整理がひと段落した。

まとめて渡したため神官から苦い顔をされたが、分量として正常の範囲に収まっている。


午後より三宮雨月さい様に付き従い、宮様方の酒宴の買い出しへ。

価格確認を疎かにした不始末から、不足分の支払いのため二往復することとなった。

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