【九元酔い】
祭も三日目となれば、あらかた出店も回り尽くし飽きてくるかと思えば、どうやらまだこれから宮まで出てきて店を出す者もあるようだ。
日は天頂を過ぎ、鋭く差し込む。
祭でにぎわう人の波の中を歩けば汗ばむ陽気だ。
出店へ呼び込む声、子供が鳴らす笛の音、遠く舞台で起こる歓声、どこかで響く太鼓の音。
九宮コトワは、南方の薄絹織りの反物を小脇に抱えながら、満足そうに人ごみの中を歩いてる。
少し道を外れて、反物の端を引き出し、日に当てて見る。
仙境伝統の複雑な模様が透かして浮かび上がる。
少々値は張ったが、良い買い物であった。
着物の袖口や裾に贅沢に使い動きを出せば面白かろう。
くつくつと一人笑む。
このまま出店で飯でも食って帰るか。
別荘へ戻ったところで、りふぁは武官の手伝いに駆り出されている。
裏通りをぐるりと回り、宮の門前通りの脇から再び人波の中へ出る。
ひいきの団子屋を見ると、連日の行列で近づけもしない。
ちょうど客が途切れて空いていた店で、魚のキモのタレ焼を買う。
串を片手に我が物顔で宮への門へ向かう。
門前の広場を整理する武官は、コトワの姿を認めると頭だけでぺこりとお辞儀をして通してくれた。
わたくしの顔も知られたものじゃな。などと思いながらキモのタレ焼を一つ口に頬張った。
少し焦げみのある香ばしさに、テカテカに絡められた甘辛のタレ。そしてキモの苦みが混ざり合う。ぬめりとした食感と、噛み応えのある弾力。
酒が欲しくなるのう。
門をくぐり宮へ上る。
頭を寄せて集まっている武官、慌ただしく神事の準備で動き回る巫女、鑑の儀に来た子供たちを誘導する神官。
通りの雑踏よりはましだが、こちらも変わらず落ち着かぬ様子だ。
あくびを一つして、廊下の欄干に寄りかかり残りの串をもそもそと口にする。
早足で武官の一人が廊下を歩いて来ると思えば、コトワに気づいてこちらにやってくる。
「九宮様、こちらでしたか。ちょうど御屋敷へ使いへ行こうというところでした」
その顔つき、頬はこわばり緊張の色が浮かぶ。
「なんじゃ、祭でのわたくしの役目は終わったはずじゃが」
初日に見せた自分の舞を思い出す。
呆気にとられる舞台の最前の男の目、観閲席で固く畏まる五家の面々。
たまには神威を見せ付けるのも良い気分であった。
神織のちゃらちゃらした舞とは違う、ホンモノの神の舞である。
「いえ……そうではなく……」
武官の言いづらそうな言葉に我に返る。
「北部の遠征に出ていた、せな様が倒れられた、と」
「なに?」
意外にも縁のある名を耳にし思わず眉が寄った。
「今朝方着いた早馬の知らせによるものです。九宮様にもお知らせせよと書付にありましたので……」
「盗賊どもの相手ではなかったのか?一体、すいは何をやっておる」
せなも戦う術を身に着けていたはずだが、倒れるほどの傷を負ったというのか?
であれば、相手にも、すい程の使い手がいたこととなるか。
まったく何をしておるか。
「委細は不明ですが、書付が詰所にございますので、一度お読みいただければと……」
「よかろう、案内せよ」
「は、こちらに……」
”火急の知らせ有り。
巫女様より身柄をお預かりせし三殿せな、戦場に倒れ候。
手当ての甲斐なく目覚めず、快復の兆しも見えぬ次第に御座候。
急ぎ二宮はり様に看病り給わんことを。
御身柄は既に牛車にて宮へ向かわせ候。
本隊は引き続き北部警備の任にあり、動くこと叶わず候。
「九元」なる物に触れたる由、聞き及び候。
容体によりては、九宮様へ知らせ、御相談召されたし。
神織武官 雨月すい”
口に残っていた魚のキモの苦みが広がるのを感じる。
書付を閉じることもせず卓に放ると、何も言わずに背を向け部屋を後にした。
このところ「九元」に縁がありすぎる。
数百年は口にすることすらなかったというのに。
食べ終え口にくわえたままになっていた串を、奥歯で数度噛み締めると、手に取って廊下から外に投げ捨てた。
人ごみを避けて裏通りから門前町の別荘へ帰ると、手にした反物を放り出した。
畳に座り込み、山奥の屋敷から持ち出してきた書物を静かに広げた。
細い筆に慣れぬ文字で「九元」と題されたその書は、この度のいざこざがあってから、屋敷の奥に眠っていたのをわざわざ引っ張り出してきた物だ。
たびたびこれを開かされるのも忌々しい。
◇
「嬢ちゃん、こりゃーなんだい?」
「九源の葉、じゃ。火をつけて煙を吸うのじゃが、わたくしは好かんので置いてある」
「ほうほう、煙草みたいなもんかね、煙管はないが、どれ一服もらおうじゃないか」
「もうそこにある分で最後じゃ。気に入ったならくれてやろう」
「ほう、この煙は……。くっくっくっ……九源の葉、とはよく言ったものだ。クゲンの香りがするじゃあないか」
「わたくしは好かん」
「この煙、うまく使えば九元に揺蕩う魂を呼びつけられよう。そういった質のものじゃ。ああ、気分が良いのう」
「お嬢ちゃん、九元酔いについては知ってるかい?」
「また九元か。聞き飽きたぞ」
「まぁまぁ、この爺にはそれしかないでな。あちらに近づきすぎた者は、あちらに囚われる。そのまま戻ってこねえ者がたまにおるのよ」
「あちらとかこちらとか、おぬしのいう事はいつもふわふわしすぎておる」
「そこでこの葉っぱ、さ。この葉っぱはすげえぞ。どこで手に入れたかは知らねえが、こいつの香りはあちらに届く。わしがもっと早くにこの葉っぱに出会えれば、書付に残しておいたもんじゃが。どうでもよくなってしもうたわ」
「酔っ払いジジイめ」
「ふぁっはは。こうしてぷうと鼻から煙を吹くと、ふぁはは、なんともええ気持ちじゃあ。お前さん、これを好かんとは、気の毒なことにのう」
「わしがくれてやった書物、読んでみたか?」
「開いては見たがまるで分らぬ。こちらの言葉に直したといったが、さっぱり分からんわい」
「もともとはわしの言葉で記述せねば意味のないように作られておる、分からずともしかたはあるまい」
「『九元』か。そのままの題でひねりもないのう。おいぼれの作りそうなものじゃ」
「わしの分かる限りはその書に記しておいた。九源の葉に出会うのがもう少し早ければのう」
◇
「……存外に、覚えているものじゃな……」
手にした書物を静かに閉じる。
この書には書かれておらぬ。爺は言っていた「もう少し早ければ」と。
すっくと立ち上がったところで、戸口から騒々しい物音が聞こえてきた。
「コトワさまぁ!!!」
慌ただしくりふぁが帰ってきたようだ。
「せなが!せなが倒れたって……」
戸を開けながら入ってきたりふぁを立ったまま見据える。
「りふぁ、支度をせい」
「現常山へ行くぞ」
~二殿の報告書~
鑑の儀の祭事も三日目となる。
引き続き大神殿では餞別の儀、一般参賀も随時行われている。
二宮はり様の特別看護の列整理をして過ごす。
はり様のご意向だが、看護費を取らぬのは些か勿体ない。
北方の遠征に出ていた三殿の巫女せなが倒れたとの急報あり。
詳細は不明。




