【師と弟子と 二】
大地に突き刺さった剣が、音もなく粒子となって消えていく。
漂う光の残滓が風に舞うように散っていく。
「せ……せんせい……?」
せなは再び、恐る恐る呼びかけた。
が、師メリーヌの眼光は鋭さを保ったまま緩められることは無かった。
駆け寄ろうと伸ばした足は我知れず1歩、退いてた。
「勝ち目のない敵に遭遇したのに即座に退かぬところ、お前の悪い所だ」
「て、敵って……」
メリーヌはこちらの言葉には反応せず、くるりと背を向けた。
ゴソゴソと動いていたかと思うと
ひょろろろろろろ
と音を立てて何かを打ち上げた。
続けて、ぼん、ぼん、と2発の破裂音。
魔術ではない。手持ちの花火?
目の前で何が行われているのか理解が追い付いていない。
何事もなかったかのようにこちらに向き直るメリーヌと再び目が合う。
「退かぬところ。悪い所だと言っただろう」
その声の響きは平生と変わらぬ、あの日教壇で淡々と話すメリーヌの姿そのままだ。
「せんせい、その、言葉は……」
聞きたいこと、話したいことは山ほどあったが、口を出たのはそんなしょうもないことだ。
メリーヌは答えず、あえてゆっくりと、こちらに向けて語りかけてきた。
「もう一度言うぞ。私の『敵』。退かなくて良かったのだな?」
……くる!!
筋力強化、ブーストを全開にして地面を踏み込み、一気に後方へ飛び退く。
寸前まで立っていた地面に光の剣が降り注いだ。
本気だ。本気のせんせいだ。
「せんせい!!お話が……!!」
言いかけるも、続けざまに光の剣が襲い掛かる。横に駆けだしながらこれを躱す。
「『神織の巫女さま』は、戦場でも悠長なことだな。ああ。積もる話はあるだろう……」
メリーヌは顎を上げ一瞬視線をそらした。
「だが」
しかしそれも一瞬のこと。再びこちらをキッと見つめると手にした杖を差し向ける。
それを合図に空間じゅうの光の剣がせなに襲い掛かる。
魔力の流れは見える。けれど、それ以上の速度と物量に追いつかない。
常に避け続けなければ次の瞬間には串刺しになる。
ブーストは常に全開だ。筋肉痛などと言っていられない。
無残に大地に穴を開けながら、光の剣の嵐のなかを駆け抜ける。
立て続けに飛んでくる2本の剣を避けた先に、3本の剣が待ち構えている。
全てを避けきることはできない。
魔具の柄を強く握りしめ、魔力の剣を編み上げる。
同時に3本の剣を叩き落した。
金色の光と青紫の光の粒子が入り混じり一層明るさを増しながら、互いの剣が飛び散った。
剣の攻撃が止む。
「……ほう、面白い。私の術をアレンジしたか……?」
ここで初めて、メリーヌが目を見開き意外そうな表情を見せた。
しかしその後方には無慈悲なように再び夥しい数の光の剣が生成されていく。
「……いいぞ、全力で来い!!」
ひとたび止まった嵐が、再び吹き荒れせなを襲う。
襲い掛かる剣の嵐に、隙間を縫うように魔弾による弾幕が混じってくる。
魔弾を浴びる度に常時展開している防御魔術に引っかかるのを感じる。
魔弾は無視できる、が防御が崩れればそれも難しくなる。
ブースト全開を保ったまま、防御を張り続け、魔力の剣で飛んでくる剣を叩き落す。
とても近づくことなんてできない。
むしろ次々と襲い来る攻撃に、どんどんと斜面の方へと追いやられていく。
攻撃をかわしながら眼前の林に飛び込んだ、が貫くような閃光が頬をかすめ、足が止まりそうになる。
逃げ込むべき林の木々が音を立てて倒れていく。
絶え間ない魔弾と光の剣に加えて、魔砲。
あれは正面から防がないと簡単に吹っ飛ばされる。
振り返って斜面を眺めると、メリーヌは距離を保ったままこちらを見据えている。
これまでの手合わせとは明らかに違う、「戦場」のメリーヌを、初めて目にした。
なぜ、せんせいが盗賊に与しているのか。
なぜ、何の話も聞いてくれないのか。
なぜ、今わたしはこんなことになっているのか。
追い立てられるがままに斜面を下り背後に迫る剣を避け続ける。
無数の光の剣が、死の雨となって降り注ぐ。
一瞬でも思考を止めれば、その瞬間に肉体は八つ裂きにされるだろう。
せなは、もはや魔術を組み立てる思考リソースすら残されていなかった。
ただ、脳裏に焼き付いた師の教えと、生き延びたいという本能だけが、彼女を動かしていた。
「見える」。
光の剣が生まれる、その兆候。空間が歪む、その予感。
それは、もはや「予測」ではない。
無数に分岐する未来の中から、ただ一つ「死なない未来」を、掴み取り続ける作業。
右にかわせば左から、屈めば頭上から、殺意の奔流が襲い来る。
鼻腔の奥で、鉄の味がした。熱い液体が、つ、と唇を濡らす。
鼻血だ。
脳が、その許容量を超えた情報処理に、悲鳴を上げている。
それでも、足は止められない。止めたら、死ぬ。
かつて、神織の最強・雨月すいに挑み折られた鎖骨の痛み。
あの激痛が身体に染み付いている。
あの痛みでさえ「訓練」だった。
こうして脳がはち切れそうな自分が置かれている状況は間違いなく「実戦」だ。
顎まで垂れる血を拭うこともできず、魔具を振るい、目前に迫る「激痛」を必死で捌く。
「こうまで避けるとはな。セナ……『九元』か?予知?いや確率の操作か?」
メリーヌは片手を顎に当てながらも、一定の距離を崩さず追い詰めてくる。
このままではじり貧、削り切られるのを待つだけだ。
何か、何か逆転の手を……。
「あの世界」の焔。
「あの世界」の焔を呼ぶ……。
制御しきれる?
……いや、せんせいなら絶対大丈夫。
移動も予知も全てのリソースを防御に注ぐ。数秒持てばよい。
せなは一切の動きを止め、全力防御魔術を全面に展開した。
多重展開した障壁が、外側から音を立てて砕かれていく。
「……我が身は砕け、銀河と識る。」
「む……詠唱か。」
立ち止まったせなにメリーヌの光の剣が滝のように降り注ぐ。
障壁の砕かれる音を他人のように聞きながら内なる宇宙を見つめる。
「我が血は巡り、星辰を掴む……。」
「これは……!!『九元』の力を使う気か……!」
せんせいの、全ての攻撃が止んだ。
メリーヌの眼前に多重の障壁が展開されるのが「見」える。
もう、何もじゃまするものはない。
「……我が見るは、始まりの無音。我が聞くは、終わりの光」
「猛り静まれ、万象。我が声を聞け。
震撼し静止せよ、万物。我が祈りをもって」
「開け、天の門!!」
「その宙より来たれ、原初の焔」
「――『コロナ』!!」
全てが、白く塗りつぶされる。
~二殿の報告書~
魔術。
異界の技術。
九宮に伝わるものと、三殿せなの習得したものとは異なるようである。
神器の力とは異なる不可解な現象を生む。
異界においては体系化されているというが、詳細は不明。
異界とは……目にしなければ信じがたい限りだ。




