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【霧中、そして】

前を行く馬の揺れる尾だけを頼りに進む。

右の脇に柄を抱えた刀が時と共に重さを増す様に感じる。

風もなくじっとりとした空気の中で、刀を握る手も汗ばんでいる気がする。

目の前の尾しか見えない。それ以外は全て真っ白な雲の中に沈み込んでいる。

馬上で揺れて擦れる鞍の感触と刀の重量しか確かなものがない。

仲間の馬の足音が前後上下左右から、響く。

先ほどせなと別れたばかりなのに、一息に違う世界へ来てしまったようだ。

しかし、この感覚は知っている。

この世の裂け目に一歩踏み込んだ、あの、感覚。

真っすぐ進めているのか。同じ場所を堂々と巡っている気分でもある。

目の前で揺れる尾が微かに靄に覆われ見失いかける。

「前の者だけを頼りに進め!!」

自分の上げた声が雲に反響して全面から響いてきた。

これがマジュツの効果だという事なのか?

誰からの返事もない。

額に張り付く髪が鬱陶しい。首を振るが湿り気を帯びた髪は額に頑と張り付き離れない。

再び首を振った一瞬の間に、目の前の馬の尾が見えなくなっていた。

足で馬の腹を蹴り少し速度を上げるが、前を行く馬の尾は見えてこない。

顎から首筋へ雫が垂れる不快さ。

ひょろろろろ

突如、気の抜けた笛のような甲高い音が後方から響いた、と思うと

ぼん、ぼん

遠くくぐもった花火のような音が続いて二回。

何かの合図、か?

「す……すいさまぁ……」

怯えた様な仲間の声が、馬の首元から響く。

仲間は近くにはいる。しかし続く奇妙な音の響き。

乾ききった口の中で、生唾を飲み込む。

「何かの合図だろう!関へ急ぐぞ!」

聞こえているのかいないのか分からぬ号をかけ、さらに馬の腹を蹴った。

しかし依然として前を行く尾は見えないままだ。


しばし霧中を進む。

先ほどまであちこちで響いていた馬蹄の音が、聞こえない。

木の柵に行き当たった。

少し霧が薄くなってきたのが分かる。

三列目を進んでいたはずが、前には誰もいなかった。

馬の首を回ししばし待つが、後続が来る気配もない。

柵に沿って進む。おそらく一番外側に設けられた柵だろう。

関所の入口は近いはずだ。

遥か上空から部隊の笛が響くのを聞いた。

会敵したのか…!?

しかし方角が分からぬ。

連鎖して響く笛の音も、柵の向こうから、前方から、後方から、地中から響き向かうべき先を誤らせる。

……これは……私の号令がいたずらに部隊を引き裂いたかもしれぬ……。

目の前の柵は本物だ。

他に頼りになるものはない、とにかく関の中に入らねば。

柵伝いに進む。

変わらぬ景色に、この柵が永遠に続くような錯覚。

物音は聞こえない。

進む方角を間違えたか?引き返すか?

逡巡したが、そのまま何かに行き当たるまで進むことにした。


不安な心中とはうらはらに、ほどなく、眼前に関所の入り口が突然姿を見せた。

木で組み上げた簡素な門に鉄張りの扉が開け放たれている。

柱に括られた、蔵を乗せたままの耳馬が何かに怯えるようにしきりに首を振っている。

すいも馬から降り、近くの柱に手綱を括りつけた。

姿勢を低くし、慎重に門をくぐる。

関所の中の霧は道中に比べずっと薄い。

左手に詰所の建物、前方には、荷車の影か?

「すいさま!!」

横から掛けられた突然の声に思わず肩が持ち上がる。

反射的に刀を振りそうになるが、なんとかこらえた。

見れば、部隊の武官の一人である。

短い行軍の後とは思えぬ疲弊の色を隠せずにいる。

「無事だったか。他の者は?」

声を低くしてそう聞いた。思わず早口になっている。

「いえ、気づいたら私一人で……それよりこちらへ、関所の者が拘束されておりました」

「賊は?」

「それが……一向に姿が見えません」

武官に付いて詰所の影へ行くと、壁にもたれるように座らされている男がいた。

「刀傷を負っています。出血は大したことありませんが……」

「おい、喋れるか。何があった」

男は恐る恐るこちらを見上げ、ぽつりぽつりと話し出した。

「あ、朝から、霧がひでえと思ったら……どこからともなく盗賊どもが湧いてきて……あっちゅう間に簀巻きにされちまいました……面目ねえ……」

「賊はどこに?」

「それが、目隠しされてたんで分かんねえんですが……ぽんぽん鳴ったと思ったら、慌てるように馬に乗って方々に駆けて行っちまったみたいです……そのあとは何の物音もしねえで……」

すいは、仲間に傷の処置を任せると、一人刀を構え直した。


慎重に詰所の正面へ回る。

一つの戸は開け放たれたまま、物音ひとつせず、もう一方の戸の前には大きな樽が何個も積まれ塞がれている。

ご丁寧なことだ。

おそらくこの部屋に他の者を閉じ込めているのだろう。

一人でこの樽をどけるのは手間だが……。

辺りを見回す。

薄い霧の中、中央の広場に空の荷車が2台放置されている以外、何者の気配もない。

やはりあの合図で一斉に引いたのか。

あまりにあっさりとしすぎている。

開け放たれた戸の影に立ち、慎重に中の様子をうかがう。

荒らされた広間の床に四・五人の者が縄で締めあげられ転がされていた。

この身なりは、市井の者か。不幸にも関所に通りかかった通行人だろう。

空の荷車も彼らの者か。

板張りの床に慎重に踏み出すと、捕まった町人たちが、怯えたように身じろぎしだした。

全員布を口に噛ませ喋れないようにさせられているようだ。

部屋の中に敵がいないことを確認してから、しゃがみこんで声をかける。

「しっ!神織です。助けに来ました。しばしお待ちください」

荒らされた屋内を慎重に進み、奥の間から、馬屋まで見て回ったが、結局賊の影はどこにもなかった。

ふう、と息を吐き出し、肩の力が少し抜ける。

頭をおおきく振り、思わず緩ませてしまった気を再び引き締める。

広間に戻り、縛られた町人たちを一人ずつ解放してやるうちに、外で物音がしだした。

慎重に覗くと、部隊の仲間が一人ずつ関所に到着してきているようだった。


全員の到着を待たず、戸をふさいでいた樽をどけ、捕まった人々の縄を解いてやる。

皆それぞれに安堵の顔を見せ、しばらくその場から動けないでいる。

「賊が伏せていないか徹底的に探れ」

「被害をまとめよ」

「のろしを上げよ、もっとも、外からは見えぬかもしれんが……」

「火を起こして町人たちを当たらせてやれ。湯も沸かしてやるといい」

「はぐれた部隊の者に合図を。いや、笛はいかん。くっ、合図も出せぬか……到着を待つしかあるまい」

など指示を出しながら自分も各所を見て回る。

あの、ぽんぽん、という合図の出方、我々の接近が悟られていたか。

「すい様、関所にいた馬が三頭、町人の荷車が二台、持ち去られています。おそらく金目のものをまとめて積んだのでしょう。それから、関所の金庫が床板ごと引きはがされていました」

「強引なことを……。金庫と通行人が狙いだったのか?朝のうちに動けたのは幸いだったな」

その功績もひとえに、せな。あの異界帰りの巫女様のおかげか。

徐々に薄くなる霧の中で慌ただしくあれこれと指示を飛ばす。


突如。

まばゆいほどの閃光が当たりを包んだかと思うと、耳をつんざく爆音が響いた。

次いで来た地響きと共に猛烈な突風に足元を取られる。

何だ!?

軽く頭を振り、反響が続く耳を叩き、辺りを見回す。

辺りを包んでいた薄い霧が一瞬で吹き飛んでいる。

音の方角、西を見る。

巨大な煙が空まで立ち上っている。

~二殿の報告書~

街道の要所に設けられた関所は簡素な作りである。

通行税を納めれば誰でも通れる関所に、警備力があるのか、ははなはだ疑問である。

祭事における街道警備の打ち合わせのなかで問題点を指摘したところ嫌な顔をされた。

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