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【師と弟子と 一】


「せんせいが果物かじってるところなんて初めて見ました。そのスタイル、てっきりストイックな食事でもしてるのかと…」

「選んで体型を維持しているわけではないぞ。ブーストしていれば自然とそうなる。もっとも、このところまともな戦闘もしておらんからたるんできているが」

「防御魔術はせんせいに教わりましたけど……私もブースト持続できた方がいいんでしょうか」

「私の弟子を名乗るのであれば、できて当然だな」

「ブースト、筋肉痛がつらいんです……」

「体を鍛えることだ、逆説的だがな」



馬を置いてきたのは、失敗だったか。

不慣れな浮遊で、時折バランスを崩しながらも、必死に駆け足の部隊についていく。

あまり近づくと馬の脚に蹴られかねないので、少し離れて並走する。

身体力強化の魔術、《ブースト》は、私はまだ常時使用はできない。

こんなことなら、サボらず筋力トレーニングを積んでおくんだった……。

先ほどのダッシュだけでも、明日の筋肉痛は確実だ。

行く先に立ち上る雲は、朝日を浴びて黒々とした影を帯びている。

一瞬一瞬ごとに、天高くそびえるその雲が近づいてくるのが分かる。

あの雲の中、北中の関所で何が起きてるのかは、分からない。

盗賊、短刀党が魔術を?

けど、この仙境でこんな大魔術が使われるなんて……。

思い当たるのは、一つだけだ。

……せんせい。

魔導師、メリーヌ。

おそらくあの魔術は「幻惑の霧」。

規模としては見たことないレベルだが、間違いない。

こんな大規模幻影魔術なんて、せんせいの専門ではないけれど……使えて不思議なことは何も無い。


高度を上げたことで、一定の速度で走る馬に浮遊で付いていくのに徐々に慣れてきた。

空中でリズムよく身体をすっ飛ばすことで、速度も出せる。

障害物も、道のぐねぐねも気にしなくていいので最初から高く飛んでおけばよかった。

まだたまにふらつくが、遅れて部隊の足を止めるわけにもいかないため、街道を駆け抜ける部隊からは視線を外さないように、必死で付いていく。

前方に大きな川と橋。

橋を越えた先は……もう雲の裾が掛かってきている。

墜落しないように慎重に高度を落とし、すい様の馬に並行して飛行する。

「すいさま!!橋の向こう!!もう霧です!!」

馬蹄の音に負けないように大声で叫ぶと、すい様は黙ってうなずくと、馬の腹を蹴り速度を上げ、部隊の先頭まで駆けて行った。


すい様は、橋の手前で部隊を止めると、一旦の休息を命じた。

耳馬の荒い息と、ブルブルと唸る声がアチコチから聞こえてくる。

せなも地に座り込み、呼吸を整える。

体力的には疲れてはいない。

しかし浮遊でこんな長距離飛んできたことは無かったので、頭がチカチカする感じだ。

「せなさん」

すい様が休んでいるせなの横に立ち声を掛けた。

立ち上がろうとするせなを制し、そのまま話し続ける。

「先行させた二名が戻ってきません。上からは、何か分かりましたか?」

「……い、いえ。見た通り、雲の中の様子は何も……」

「あの雲、高山の霧のようですね……すぐ前も見えない」

「は、はい。おそらく『幻惑の霧』という術で……一人で巻き込まれればすぐに方向感覚も失われます」

「身体に害は?」

「わ、私が知ってる限りでは……おそらく無いかと……」

「先行させた者は霧に飲まれている、というところか……」

こんな魔術を初めて目にするだろうすい様は、恐ろしいほどに冷静だ。

さすが、武の雨月と言われるだけはある。


「……あ、あの……すい様!」

そんなすい様に向かって、思い切って、ずっと考えていたことを伝える。

「私は、この魔術の中心、魔術師の元へ行きたいんです……!」

「……関所、ではなく、ですか?」

すい様は真っすぐこちらの目を見てくる。

「……はい」

思わずたじろぐが、目をそらさず見つめ返した。

「おそらく、術者は、目指す関所ではなく、この辺り一帯を一望できるところにいます」

「……」

すい様は、視線をそらして考え込んだ。

「皆さんは、ひと固まりで関所を目指してください!前の人の背を見失わなければ、真っすぐ進むことはできるはずです」

「一人で行かせる訳にはいきません。……かといって部隊を分ける訳にも……」

「私は大丈夫です!空から術者を確認できれば!上手くいけば雲も抑えられるかもしれませんし!」

「しかし」

「あまり時間もありません!それに、私の魔術はこの霧の中だと誤射しかねません!」

「……分かりました。術者は任せます。ただし、敵が複数だった場合は必ず引いてください」

「は、はい……!」

「その場合は、こちらに合流せず北の関所まで戻り増援を手配してください。良いですね?」

「わ、分かりました……!!」


話が終わると、すい様は笛を長く吹き、部隊を再び動かし始める。

二列で慎重に橋を渡り、渡った先で密集隊形に組み替える。

既に足元は霞がかり、湿った空気が顔をなでている。

「前と横を見失うなよ!!中で出会う者はまず敵と思え!!」

一同の顔に緊張が走る。

「いくぞ!!」

号令で一斉に、しかし慎重に進む部隊の背が、すぐに霧に飲まれていくのを見守った。

……あっ!しまった!!

「笛!!霧の中で笛は危険です!!」

大声で叫んだが、おそらくもう声は届いていない。

失敗した……いっつもこうだ……。

しかし今から後を追うわけにもいかない。

部隊の皆が無事であるように、自分にできることをするしかない。

腰に提げた魔具をぐっと握り、魔力の流れを『視る』。

目の前の霧に埋もれる魔力は、規則性を持って幾何学模様を描くように渦巻いている。

人為的な魔術の現象の証だ。

空に浮かびながら雲から距離を取る。

全体の魔力の流れを追い、その上流を見定める。


数年前に受けた「広域化」の授業での言葉を思い出す。

《広域魔術はどこまで広く影響を与えることができるか?》だったか。

難しい授業だった。

優秀な同級生は「無限だ」とか言っていた気がするが、私にはさっぱりだった。

ただ、先生の言った「自分なら、目の届く範囲が限界」という言葉だけは覚えている。

「目の届く範囲」……。

なら、この霧全体を見渡せる場所は、一つしかない。

西側にそびえる、あの山の上、だ。


ある程度上ったところで、むき出しの岩場に降り立った。

振り返ると、一帯は濃い霧に覆われ、向こう側を見通すこともできない。

魔力の流れを追い、慎重に歩を進める。

もっと上の方だ。

敵を警戒しながら、林を抜ける。

相手が魔術師なら魔力の動きで分かるけれど、一般人だったら分かりようがない。

進む足も慎重にならざるを得ない。

魔具を握る手に、汗がにじむ。

敵が複数なら、すぐ逃げる。

獣道を、慎重に、山頂に向けて進む。

もしも、敵が、せんせいだったら……?

枝を踏んで、ぱきん、と高い音が響く。

風の音が木々を揺らし、すぐにかき消してくれた。

呼吸が、浅くなっていた。

長く、息を吐く。

坂を上り切る、あの木の影の先、開けた場所が続いているようだ。

その、先。


湧き立つ雲の前に見えるあの影。

つばの広い帽子。

翻すような長い袖。

足元までなびく、長い上着の裾。

そして、背の丈ほどの、長大な、杖。

そのシルエット。

懐かしいその影に、思わず駆け出していた。

足元の草の音などもう気にしない。


《せんせいっ!!!》


あの地の言葉で、そう叫ぶ。

その言葉に、影の主は、ゆっくりと振り返る。

私の、師匠。

魔導師メリーヌ、その人だ。


駆け寄りたい、駆け寄ってその懐に飛び込みたかった。

しかし、その背後に広がる光景に、思わず足を止めた。

「ほう……。セナ、か……」

そう、仙境の言葉で話す、メリーヌの背後。

空間を埋めるように、無数の光の剣が浮かび上がっている。

「やはり、生きていたか」

「せんせいこそ……!!」

一歩踏み出そうとしたその時。


ガッ


音もなく飛んできた光の剣が、足の先の地面に突き立てられていた。

「……動くな」

有無を言わさぬその迫力に、出そうとした足を引っ込める。

「せ、せんせい……?」

メリーヌは顎を上げ、頭を傾けると、目を細めながら口を開く。

「その姿……そうか、セナ」

その目からは、何の感情も読み取れない。

「『神織の巫女さま』、だったな」

その声は、抑揚もなく何の感情も込められていない。


「ならば、私の『敵』、ということ、だ」

~二殿の報告書~

短刀党

北方に拠点を持つと噂されるならず者の集団。

残忍で狡猾、という話も聞く。

その影響は仙境全土に及ぶとも。

何もかも噂ばかりで、拠点も首魁も謎に包まれた組織である。

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