【北の地にて】
耳馬が草を食むのを、横に座り込んで眺めている。
もう三日も馬に乗り続け北を目指している。
お武官様というのは、やはり大変なお仕事だったのだ。
痛む尻を撫でながら改めて実感する。
新品のまだ固い鞍の上にいるうえに、こうまで揺られているとさすがに辛い。
私、せなは、宮勤めの三殿の巫女である。
三殿に任ぜられ、いよいよ宮勤めだ、と思ったところ、自分の部屋も整えぬうちにこうして北への遠征部隊に組み込まれてしまった。
「せなさん、具合はいかがですか?」
「は、ふぁい!!」
立ち上がって声の方を振り返り、背筋を正す。
すい様は苦笑しながら、片手をあげて簡単に動きを制した。
少し肩の力を抜く、が変な緊張は解けない。
この遠征部隊、武の名門である雨月家のご長女、すい様が率いている。
3・40人はいる大所帯だ。
辺りからは野営のために火を起こした煙が、何本も立ち上っている。
「慣れない環境でお疲れでしょう。じきに夕食になりますからね」
すい様を始め、お武官の皆様は、あくまで私を巫女として優しく扱ってくれる。
なんだか一人お荷物な気分で落ち着かない。
「あ、ありがとうございます……。ですが、私も、部隊の一員ですので、こう、特別扱いな感じが……申し訳なくて……ですね……」
と、素直に伝えてみるも、
「巫女様方からお預かりしている大切な御身です。そうかしこまらないでください」
「は、はぁ……」
「もちろん、いざという時は、せなさんのマジュツ、頼りにしていますからね」
そう言ってもらえるだけ、気は楽になるが……。
「祭事ももうじき、ですか。今頃宮も大詰めでしょうね……」
すい様は腕を組みながら空を見つめ、話題を変えた。
「せっかく三殿に上がられたのに、お祭にも出れず、残念でしたね」
「あ、いえ……祭事は……私1人、舞の練習もしてませんでしたので……お役目もなく……」
そう、宮にいたとてお荷物なのだ。ならばこうして馬の背に揺られていた方が幾分かましかもしれない。
「我々の行軍もあと3日、程ですか?」
馬の脇に降ろしてある、ぴかぴかした鞍を見つめながら聞く。
「ええ、あと二日も北上すれば北国街道の関所を通ります。そこの先の警備が主な任務ですね」
「短刀党、ですか……私はあまり詳しくないのですが」
すい様は、顔をこちらに向けると、顎に手を当てて答えてくれた。
「はい、奴らは柄の短い刀を片手で振り回します。何度かやりあったことがありますが、基本的に手数が多く逃げ足の速い連中です。」
手数が多い。武官様たちの長柄の刀ではやりづらそうだ。
それに逃げ足、か。
「本拠地を、攻めるんですか?」
「奴らの本拠地の場所は割れていません。今回はその情報もつかめれば、という動きですが……そう簡単にはいかないでしょう」
すい様はあっさりとそう言う。
「……とにかく街道の安全確保が最優先です。奴らが現れても深追いは避けたいところですね」
「はい……!!ですが……この人数だけで、街道全域を……??」
北国街道の広さは知らないが、魔術世界の100人規模の騎士団の行進を見たうえでは、心細いのは確かだった。
「宮から武官の部隊が北方警備に動いた、とは大々的に広めております。それで抑止できるのが一番ですが……。実際に常時街道中を警戒するのは難しいでしょう」
すい様は、私のぶしつけな質問にも丁寧に答えてくれる。
「街道の関所に付いたら指示しますが、基本的には隊列を長くした形で関所間の往復が任務ですね」
なるほど。
「のろしの配備は整っているので、各所との連携で、大きな穴は埋めれることでしょう」
「すい様は、短刀党が動くとお考えですか?」
「何もなければそれでありがたいですが……祭事に合わせて物や人の動きも多くなっています。じっとしていることは考えづらいでしょうね」
すい様の説明を聞きながら、ずっと胸に抱えていた思いをこぼしてしまう。
「……その……戦闘になったら……」
「これは、稽古場の訓練とは違います」
こちらの顔を見つめ、ぴしゃりと言い切るすい様。
「我々もお守りしますが、まずは身の安全を最優先にしてください」
「は、はい……!」
気圧されて返事をしてしまう。
「特に、相手が組織的な行動を取っているようだったら退くことも念頭に置いてください。もっとも、組織立った行動をしてくれた方が対処はしやすいのですが……」
「それはどういう……?」
「相手の数にもよりますが、正面からぶつかる分には寄せ集めの集団です。大したことはありません。ですが、我々の隙をついて個々に荷馬車を襲うような動きをされると、こちらも分散せざるをえなくなりますからね……」
なるほど。
武の雨月さまから、こうして何から何まで教えてもらうのも、なんだか気が引けてきた。
丁寧に説明してくれる、すい様。いい人だ。
「せなさんのマジュツ……牽制はできても、制圧力の方はどうなのでしょうか」
そう思ったとたんに矛先がこちらに向いてきた。
「は、はい……!!いえ……あの、得意なのは、まとめて当てられれば多少の威力はある『魔弾』なんですが……」
「あの、光の弾、ですね」
「はい。1発は大したことないのですが、2・30発をまとめて叩き込めば、鎧を着た男の人でもその場に倒せます。あとは、威力の高い、剣の魔術があるんですが……。的確に振れれば鉄の剣も切り裂く威力は、あります……」
「りふぁの周りに飛んでいた剣ですね。鉄も……なるほど」
すい様は再び顎に手を当てて考え込む様子だ。
「魔力の剣」。確かに威力は間違いない、が……いざ戦いで「敵を殺すために」振れるだろうか……。
魔獣とは違う、魔術も使わない生きた人を。
自分の数少ない実戦経験、その時の感覚を思い出して、手をぎゅっと握りこんだ。
「分かりました、おいおい戦い方の打ち合わせも進めましょう」
すい様は、簡単に手を上げ挨拶をし、部隊のみんなの方へ帰っていった。
今の長い会話を内心でかみ砕きながら、一心に草を食んでいる耳馬に顔を向けた。
「お前……。草が美味しいか。よかったな……」
私のために用意された、「はや」と名付けられた小柄な耳馬。
気性の大人しい子を選んでくれたらしい。
なんだか、至れり尽くせりだ。
食事に呼ばれ、お武官様たちの輪に入る。
お武官様というと、いつも厳めしい顔をして、無口でぶっきらぼうなイメージだった。
が、こうして食事の輪に入れば、皆にこやかで、おだやかな人が多い気がする。
渡された椀を見てみると、今日は皮つきのお芋がゴロゴロ入ったお芋粥だった。
ほっくりしたお芋の甘さが、ちょっと塩みの利いた粥によく合う。
一日汗をかいたあとのご褒美に、にんまりとしながら、ちまちまと食べた。
今日通った手前の関所で荷物を積み下ろししてたのは、このお芋を詰んでたのかな?
と、匙を咥えながら聞いてみると、今回は目的地が決まっているので、通る関所ごとに食材と水を用意させてるらしい。
そうやって行軍の足を止めないようにしているとのこと。
何事も工夫ですなあ。
日も暮れ、腹も膨れたところで、早々と退散して天幕へ向かった。
天幕とはいえど、この季節は簡素なもので、夜風をしのげるだけの簡単なものだ。
冬場は荷物が倍以上になるからまだマシらしい。
この行軍の間は、すい様の天幕にお邪魔している。
その天幕さえも、はじめは私専用で立てられてしまいそうだったのだ。
慌てて辞退したのだが、この部隊にはすい様と私以外に女性もおらず。
結局すい様の元にお邪魔することとなった。
先日、りふぁとともに挑んでコテンパンにされた、すい様。
あの痛みを思い出すと、未だに少し緊張する。
天幕ではすい様が椀でお茶をすすりながら、小さな明かりの下で簡素な絵地図を眺めていた。
昨夜は、「私が部隊を直接率いたことはあまりないのです」なんてご謙遜されていたが、意外とその通りなのかもしれない。
などと思いながら、邪魔しないように脇の毛布に包まる。
明日も朝早くから行動だ。
それから、馬の背に揺られること2日。
比較的大きな町も通り抜け、更に北へ。
ひと際背の高い大やぐらと長く木の柵で隔てられた、北国街道へ抜けるという関所が見えてきた。
~二殿の報告書~
北方の警備に出られるすい様の部隊の出発を見送る。
祭事の準備で忙しいのか、見送りに出たのは控えめな人数だった。
一か月の遠征の割には荷物が少ないように感じる。
伝え聞く範囲では、北の関所が当面の目的地らしい。
不安そうに馬にまたがったせなの横顔が印象に残る。




