【不死の巫女と、看板むすめ】
今日も元気なまるやのむすめ
あたまの上にはおだんごふたつ
ぴかぴかひかる串さした
かんばんむすめのまちちゃんさ
一宮あさめの部屋に、西宮桝きりの姿がある。
腰掛に座るきりに対して、あさめが前に立ち、話を進める。
「……それでも、九宮様が頑なに出番を拒んでいるのよ……困ったことに、ね。きり様、少し探りを入れてきていただけないでしょうか?」
きりは立ち上がりながら、返事をした。
「なるほど、分かりましたわ。ちょうど手土産も持参しておりますし、お話してみましょう。」
「このような機会でもないと、九宮様をお披露目する機会がありませんから……」
◇
九宮コトワは、今日も今日とて神織の宮に呼び出されていた。
退屈な会議を済ませ、九宮として割り当てられている執務室で卓に付き、淹れられた紅い茶を飲んでいる。
「つきましては、九宮様にも、ぜひ、お力ぞえを…」などと、一宮あさめが、うやうやしく、コトワに役目を割り振ろうとしてくる。
やれやれ、どのように断ってやろうかのう……。
などと考えていると、カラリと戸を開けてやってきたのは、桝きりであった。
「改めまして、ご挨拶に伺いました、西宮の桝きりでございます」
顎だけで返事をすると、きりは何やら小さな箱を抱えたまま、しずしずと歩を進め、卓の前に進み出る。
「お主が持参したという紅い茶、悪くないな」
最前から飲んでいた茶の感想を伝えてやる。
いつもの緑の茶に比べ、コクと深みのある味わいと香り。スッキリした茶もよいが、こうしたゆったりとした午後にはちょうどよい。
「恐れ入ります、九宮様。味が出るようじっくりと寝かせたものです。お口に合うようで幸いです」
「味が出るまで寝かせる西の風習、嫌いではない」
「何事も、ちょうどよい時節、という物がございますからね」
そうした何でもない会話の後、きりが一歩進みでて、手にした箱を卓の上に差し出した。
「九宮様は、お裁縫がお好き、と伺っておりましたので……こちらを持参いたしました」
コトワは、少し身を乗り出しその箱を受け取ると、遠慮なく包んだ紐をほどきふたを開けた。
布張りの箱の内側に納められていたのは、一丁のハサミである。
窓から差す光を返し、ハサミ全体に複雑な模様が浮かび上がる。
「ほほう、断ち切り鋏か。それもこの文様、まさかの、陽来鋼か。珍しいものだ」
ハサミを取り上げ、しげしげといろんな角度で見つめる。
「ええ、ハサミのような日用品は安い鉄でしか作られません。この度、九宮様のために、特別に作らせました」
少し顎を上げ、自慢気に言うきり。
「西宮の、きりといったか。わたくしに取り入ったところで得はせんぞ」
コトワはぴしゃりと言い切る。
「じゃが、鋏はよい、気に入ったぞ。もらっておいてやろう」
それぞれの思惑に関わらず、良いものは良い。
「恐れ入ります……」
きりはうやうやしく一礼し、一歩下がる。
「……そういえば、此度の祭事、九宮様も出番があるとか。たいへん素晴らしい舞を舞われるとお聞きしております、楽しみでしかたありません」
……これが本題か。
いたく殊勝な姿勢ではないかと思えば。
「なに、まだ舞うとは言ってはおらぬぞ」
コトワはハサミを箱に戻し、きりの顔色を窺う。
自信に満ち、堂々とした姿勢からはあまり裏側が読めない。
「そうなのですか?しかし、あさめ様も大層楽しみにされておられましたのに」
「あさめ……あの娘……外堀から埋めてきおって……。存外抜け目のない……」
その名が出たことで、返って白けてしまった。
あの娘の差し金か。そうまでしてわたくしを表に立たせたいか。
「私の舞は見世物ではない。期待しても無駄じゃ」
そう答えると、きりを追い払うように返した。
◇
「あさめ様、お話してまいりましたが……」
「その顔、難しそうね……」
「一蹴されました。『見世物になる気はない、期待するな』と。」
「こうなるとあの方は頑固ですから……。分かりました。他の手を打ってみましょう。ありがとうございました」
◇
日も暮れかかり、宮の大門を抜けたコトワは、ふぅと一つ息を吐き、門前町へ足を進めた。
手にはあの鋏を入れた箱を抱えている。
思ったより遅くなってしまった。
あの小鬼どもが、腹をすかせて待っておる。
どれ、みやげでも、買って帰るか。
コトワの足は、いつのまにか甘味処「まるや」へと、向かっていた。
店のまえでは、看板娘のまちが、ちょうど、のれんをしまおうとしているところだった。
「おっと、ごめんくださいよ」
「あら、いらっしゃいま……って、まあ! 九宮様じゃありませんか!」
まちは目を丸くして、コトワを迎え入れた。
入口のすぐそばの席に付くと、簡単に注文をする。
「お茶と、団子をひとつ。それから、土産に甘いものを、適当に包んでくれ」
「は、はい! ただいま!」
まちは慌ただしく奥に引っ込んだかと思うと、茶を注ぐ軽やかな音が響いてきた。
それに合わせた、まちの鼻歌も。
にこにことした笑顔で、つやつやの団子とお茶を運んできた。
「おぬしは、毎日楽しそうじゃのう……。何か良いことでもあったのか?」
団子の乗った皿を受け取りながら、そう声をかけていた。
「ええ! 聞いてくださいよ、九宮様!」
まちは、目をきらきらさせ、卓に両手をついて身を乗り出した。
その勢いに押され、少し身をのけ反るコトワ。
「あたし、いつかこのお店を、三階建てのおっきな、おっきなお店にするのが、夢なんです!」
まちは身を起こすと両手を組んで、斜め上を見つめる。
「そして、すてきな旦那様をみつけて、お店をもっともっと大きくして、しあわせにくらしたいんです!」
目を閉じながらその頬はにやにやと緩んでいる。
その、あまりにもまっすぐで、まぶしいほどの夢。
目がくらむ。
がばっ、と再び卓に身を乗り出してくるまち。
「そのためには、毎日頑張って働かないと! 九宮様も、宮のお仕事頑張ってくださいね! あたしたちが、平和に商売できるのも、九宮様達みたいな、えらい巫女様たちが、神さまに、一生懸命お祈りしてくれてるおかげですから!」
両手を合わせてにこにこと笑顔を振りまいている。
まちの、一点の曇りもない、純粋な信頼の言葉。
また鼻歌を歌いながら、店の奥に引っ込むまちの姿を見つめながら、茶をすする。
……わたくしが、神に、祈る、か……。
団子をかじる。
絡んだ蜜が甘く舌を包み、あぶった表面が香ばしい香りを鼻孔に届ける。
団子を食べ終え、茶を飲み干すと、すっくと立ち上がった。
土産の包みを受け取ると、懐から数枚の銀貨をジャラリと卓に置く。
「あ、おつりが……!」
「よい。……そうじゃな。わたくしも、神に、祈りを捧げてみるとするか」
振り返らずに、そう言うコトワの言葉には、柔らかな響きが込められていた。
まあ、よい。たまにはあの巫女どもに、わたくしの本当の舞でも、見せてやるとするか
日も暮れた門前町を進むコトワの足取りは、来た時よりも幾分か軽くなったように見える。
◇
「帰ったぞ。ほれ、みやげじゃ」
「おかえりなさい!コトワ様!わぁ!いいんですか!?せなー!おだんごだよー!」
「やれやれ。そうじゃ、りふぁ、見せてやろう。今日宮で手に入れた鋏じゃ」
「わぁ…!ピカピカして、縞々もよう、かっこいいですねぇ!」
「そうじゃろう、この文様は陽来紋といってな……」
~二殿の報告書~
はり様へ再訪問し特別看護の打ち合わせ。
やはり前回の打ち合わせは曖昧だったようだ。
その矢先、特別看護から外されることとなった。
祭事当日は、特別任務に当たる。




