【東と西と】
朝のうちに使いに出していた巫女が帰ってきた。
「西宮様。はり様の舞のご指導の件、昼過ぎで調整できました。」
「ありがとう。稽古場を借りれることになっているのよね?」
「はい。……しかし、お礼の品、は本当に火酒で、よろしいのですか……?」
巫女は不安そうに、積まれた荷物の中から、火酒の入った箱を探し出し、梱包を解き始めた。
万が一にも割れぬよう厳重に包んでいたため、取り出すのも一苦労だ。
「あら、意外と知られてないのね。あの方に火酒以外を贈ればがっかりされます。東西きっての大酒豪なのですから」
「あ、あのおっとりとされたはり様が……」
意外そうな顔を見せる巫女に対して、西宮──桝きりはいたずらっぽく微笑む。
「『神織にて最強』かもしれないわね」
昼が過ぎ、舞の稽古場へ向かう。
祭事が近づいたこともあり、通れば常に誰かが使っていたが、あらかじめこの時間は貸し切らせてもらっている。
誰もいない稽古場、設けられている祭壇に向かい、独り静かに礼をする。
やがて、二宮はりがしずしずとやってきた。
彼女は部屋に入るなり床に座り込み、慇懃なまでに礼を送る。
「西宮様、本日はよろしくお願いいたします」
「はり様、こちらこそお願いいたします。やはり最後はあなたに見ていただかないと、ね」
きりは、立ったままその礼を受け、茶化す様にそう返すと、はりもにっこりと微笑んで見せた。
「恐れ入ります。では、まずは一通り通してお見せいただけますか?」
その声に、きりは静かに稽古場の中央へ足を運んだ。
胸元に下げた、自分の神器を見る。
神器にしては珍しい、透き通った三角錐。
神器の前で手を合わせ、目を閉じ呼吸を整える。
舞。
しん、と透き通った空気、手拍子でその静寂を破る。
両手を広げ、大きく見せる。
腕を水平に、前後に。
止まる。
ととん、と足踏み。それを合図に、流れるように袖を翻す。
膝の向き、手首の返し、指先の動き。
全身で、姿勢で、動きで、自然を、喜びを、怒りを、表現する。
動きながら、神器の力を使う。
神器によって生み出される虹。
光の環、手の動きに合わせて移り変わる。
日々を、年々を思い知らせる。
そして、宮の型。
正確で、静謐。乱れず、静止。万事の正鵠。
先ほどまでの自然の流れに対して、ひとによる治水。
穏やかで、雄大。
足踏み、手拍子、手のひらを返して、上へ。
祈り、崇め、奉る。
ドン、と足踏み。
止まる。
再び緩やかに流れ始める。
次第に動きを大きく、大きく、大きく、飲み込む。
虹を背に、両手を広げ、床に跪き、袖が、落ちる。
静寂。
立ち上がり、はりの方へ向き直った。
「どう、かしら」
はりは拍手を送る。
「お見事です。西の自然な動きの中に、宮の型を取り入れている、とても多彩な舞となっていました。特に、きり様の神器、虹を生み出す力が効果的に取り入れられ、忘れられないものとなっております」
はりのそうした手放しのほめ方にも、きりの口元には笑みはなく、納得いかない様子を見せる。
「どうしても宮流の動きを入れたところで不自然になってしまうの……。」
腕だけで宮の型の動きをする。
「しかし、無理に取り入れず、きり様の自然な動きで行かれても良いのでは?」
はりの言うことももっともではある。何度も振りを見直したが、この祭事においては、どうしても、宮の型を入れたいという強い思いがあった。
「こちらで舞を見せるのは久しぶりだから、東西の統一感を表したいの……」
そうこぼすと、はりも真面目にうなずいた。
「なるほど。そのところ、もう一度お見せいただいても?少し前の、部分から」
「ええ」
促され、再び舞う。
宮の型に移る少し手前から。
やはり、一瞬止まってしまう。はりはこの違和感、気づいているだろうか。
はりなら気づいているはずだ。
再び舞い終え、はりを向くと、彼女は真剣な顔で、うんうん、と頷く。
「そうですね、入りの部分。どうしても今から違う動きをするぞ、と力が入りすぎております」
そう言いながらはりが音もなく立ち上がった。
「このように」
とその場で腰を落とし、しなやかに腕を伸ばす。
手首をひらりと返し、顎をくっと引き、自然に宮の型に移り変わっていく。
「手首と顎の動きを加えてみてはいかがでしょう。間に挟み込むことで次への動きがなめらかになります」
二度、目の前で見せただけで、完璧に模倣された。
分かってはいたが……これが、二宮はり。
「なるほど…見ただけで、さすがね」
素直にそういうと、はりは説明を重ねる。
「どうしても、二つの舞を一つにしよう、という無理が見えてしまっております。全てを合わせて一つの舞とできれば、硬さがぬけるかもしれません」
「すべてを合わせて、一つの舞……」
「ですので……」
言いながら、続きを舞う、がその動きは正確な宮の型ではない。
宮の型の動きでありながら、少し大胆な、振りがところどころに設けられている。
「……このように。宮の型を、少し崩した表現はいかがでしょう。これでも型は見えますでしょう?」
「すごい……舞全体の統一感も増すわね……」
再び構え、はりに手を取られながら、新たな振りを組み込んでいく。
「あなたに見てもらえてよかったわ」
一通りの稽古を終え、汗を拭きながら、そう言った。
「恐れ入ります」
汗一つ書かずに静かに答えるはりの顔にも、満足そうな微笑みが浮かんでいる。
「一人で組み立てていても、やはり無理が出てくるわね」
「いいえ、私は西宮様のお気持ちを、ほんの少し動きに取り込んだだけです。やはり舞う方があってこそ、ですから」
静かに返すはりに対して、少し意地悪をしてやりたくなった。
自然な動きで、部屋の隅に行くと、置いておいた包みを抱え込んだ。
「これは、ほんの気持ちよ。お口に合えばいいのだけれど」
「あら、あらあらあら。まさか、これは西の……」
微笑みは崩さぬまま、口元が緩んでいる様子を見て、きりも内心ほくそ笑む。
「ええ、火酒よ。火を吹くといわれる二十年物の『鉄火場』を持参しました」
「まあまあまあまあ!」
あのはりが、目を見開き、両手で口を覆い、驚きを隠せていない
「『鉄火場』!それも、伝説とまで言われる二十年もの……!!」
「私からの気持ちと思って、お受け取りください」
両手で箱を差し出すと、恐る恐る、という様子で受け取った。
「この世に生まれること自体が奇跡とも言われた至宝ですのに……もったいないものです……」
酒の入った箱を赤子のように大事そうに抱える姿。
その姿を見て、きりもようやく満足したように、目を細めた。
~二殿の報告書~
夕刻、祭事における特別看護の確認のためにはりさまを訪問。
当日の打ち合わせを実施。
たいそうご機嫌であった。
打ち合わせも上の空である。後日再訪問の予定。




