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幕間十四【祝祭とその影】

陽光は頂点を迎え、影が一段と濃く浮かび上がる。

神織(かみおり)の宮、高層に位置する一室。

「おば上はどうしておる?」

五家(ごか)(ますの)家当主、安鎮(あんちん)は卓に付き長い息を吐きながら、重たいその話題に触れた。

西宮(にしのみや)を降りられてからは大人しくされてますわ、表面上は。不気味なくらいに、ね」

西宮桝きりは、長椅子に腰掛け、西方名物の紅い茶を口にしながら、悠々と答える。

安鎮もまた、こめかみを揉みながら茶に口を付けた。

「ならば良いのだが…。動かれたら厄介だ?逐一動きを教えよ」

これまで言いつけていた通りだ。

しかし、きりは唇を尖らせる。

「分かっております。しかし父上はおば上を恐れすぎではありませんか?」

「きり、お主が知らぬのも無理はない、が……」

と、言いかけたところで戸が叩かれた。

「安鎮様、雨月(うづき)のご当主がお会いしたい、と」

「なに?」

五家、雨月。武門で知られる名家である。

さっそく探りを入れに来たか。

「では、私は失礼します。五家のご当主同士、ゆっくりお話下さい」

きりは長い足をそろえて立ち上がると、またしても悠然と、部屋を立ち去った。


入れ替わりやってきた雨月家当主、霖雨(りんう)は、打って変わって険しい顔つきである。

挨拶もそこそこに、本題に入ってきた。

「この時期になって西宮様を呼び寄せるとは。桝どの、何を企んでおられる」

安鎮は、重い腰を持ち上げて立ち上がると、両手を広げながら答えた。

「何も企んではおりませぬとも。神織の再生を祈念する祭事、万事成功裏に収めるために、微力ながらお力添えできればとの思いです」

その頬には笑みさえ浮かべている。

「……であればよいのですが。沓掛(くつかけ)どのは大層喜んでおりましたよ」

霖雨の険しい顔つきは変わらぬまま、沓掛の名を出してくる。

ならば。

「そうでしょうとも。この祭事には懸けられておられましたからな。しかし、それを言うのであれば黒曜(こくよう)様にこそ。墨屋(すみや)が大きく絡んでいるとお聞きしておりますよ」

霖雨の眉がぴくり、と動くのを安鎮は見逃さなかった。

「なに、それこそ、この大掛かりな準備に対応しきれる商家がどれほどありましょう」

落ち着き払って言っているようだが、内心が開け透けて見えるようだ。

「それはごもっともではありますが……こうまで大っぴらに墨屋に張り切られておられると、私もじっと見ていくわけにはいかぬと思いましてね。こうしてできることをしたまでです」

悠々と言い放つ安鎮に対し、霖雨の眉間にはしわが刻まれたままである。

霖雨は視線を外しながら答えた。

「かの女帝が退かれてから大胆なことですな。おかげさまで、前例のない規模での祭事となりますよ。にぎやかで結構ですが、準備に大層手間取っているとの話も聞いております」

ここにきて矛先を変えてきた。

その名が出たことで、胸の奥にひんやりとした汗が浮かぶ。

そんな様子は出さず、こちらも話題を変えていく。

「段取りを崩してしまったことについては申し訳なく思っております。ですが、巫女様方も上手くやりくりされているようですな」

霖雨は安鎮に向き直り、率直に問い返した。

鳥陽(ちょうよう)どののことをおっしゃっているのでしょうか」

「ええ、ご長男のたける殿。彼が文官たちを融通して準備を整えているようです」

「その動きは私も把握しております。現場では人手が足らぬと声が上がっております」

「いずれにせよこの祭事から上手く導くことが我らの役目でしょう。娘のきりが祭の影響をよりよくできれば幸いと考えておりますよ」

安鎮は、再び両手を広げそう伝える。

話は終わりだ。

「……分かりました。それ以上の他意はないということですね」

「分かって頂けたようでなによりです。わざわざご足労いただき感謝しています」



「西宮様。沓掛様がお会いになりたいとお越しですが、いかがいたしましょう」

西宮として、宮にあてがわれた部屋の中でくつろいでいると、使いの者がやってきた。

きりは一瞬考え込むが、すぐに返事をする。

「沓掛様……わかりました。お通しください」

そもそも逡巡する余地などなかった。

きりは立ち上がり裾を直すと卓に付き、客人の入ってくるのを待つ。

すぐにカラリと戸を開けて、背を丸めた老人が、しかし、確かな足取りできりの前に立った。

「これはこれは、西宮様、遠い所ようこそお越しくださいました」

そう、うやうやしく述べる沓掛老人の顔には誇らしい笑みが浮かんでいる。

五家の一、沓掛家当主、沓掛一斎(いっさい)

良い歳の息子がいながら、未だ当主の座についているという。

「沓掛様、たいへんご無沙汰しております。西宮の桝きりでございます」

きりはわざわざ腰掛から立ち上がり、手を合わせ正式な礼を送る。

「この度の祭事、沓掛様がご提案されたとお聞きして、ぜひ私も、とこの通り押しかけてしまいました」

方便である。

一斎は分かってか分からずか、ニコニコとした笑みをたたえたまま答えた。

「いやいや、本来ならばこちらからお招きせねばならぬところを。これで祭事の格も上がるというものです。このように東西合わせた祭事が開けることになるとは、これで民の信仰も神織の威光も広がることでしょう」

民の信仰心。

信心深い沓掛、という事前の評は、どうやらその通りのようだ。

「ご無理を言って割り込んでしまい大変申し訳なく思っております。が、少しでもお力になれるようでしたら私も幸いでございます」

こうした表面ばかりの対話を済ませると、一斎は笑顔を崩さぬまま、満足そうに出て行った。

彼の狙いが何だったのか、本当に挨拶をしに来ただけなのか判断しきれず、胸にもやもやとしたものが残る。

予想以上に食えない老人のようだ。



沓掛家の屋敷の居間には、か細い明かりが灯されている。

明かりの脇に座り、紅い茶をすする老人の前に、一人の若者があぐらをかいて座り込んだ。

「西宮様が来られたこと、父上が手配されたのですか」

若者──沓掛ようじは、一斎には臆さず、思ったままをぶつけていく。

「いいや、向こうから是非に、とやってきたのじゃ」

そう答える一斎の表情には変化がない。

「てっきり父上が手を回されたのかと……。しかしこれで桝家の発言も無視できなくなりましょう」

「五家とはもとよりそのようなものじゃ。お主が気を使うほどでもない」

依然変わらず突き放すような一斎の物言いに、ようじはイラつきを隠せず組んだままの膝を上下させた。

「父上。この祭事が終わりましたら身を引くとのお約束、お忘れではないでしょうね」

一斎は、再び茶碗に口を付けると、ようじをジロリとにらみつけた。

そこには昼間見せていた笑みは、かけらも残ってはいなかった。

「わかっておる……。しかしようじ、『一斎』の名は、重いぞ」

~二殿の報告書~

ひたすら札の作成。

西宮様が来られた関係もあってか、宮中がざわめいている。

本日は枢機庵の会議があり、五家の面々も動かれているようだ。


たけみさまから、西の茶を分けてもらった。

久しぶりだ。

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