【西宮、来たる】
その日も神織の宮は慌ただしかった。
神官や巫女たちがしきりに上層と下層を往復している。
九宮コトワは、そんな姿を回廊の欄干にもたれながら退屈そうに眺めていた。
ちょうど通りかかった二殿の巫女すずさを見つけ、問いかけた。
「なんだか慌ただしいのう。なんぞあるのか?」
「く、九宮様。聞いておられないのですか……。本日は西宮様が来られるのですよ」
「ほう。西宮、か。確か五家が抑えておったのう」
コトワには神織に来て聞きかじった程度の情報しかなかった。
西方を治める巫女「西宮」を擁している、五家の桝家。
中央に関心は無いのか、当主である桝安鎮はあまり積極的な動きを見せたことはない。
こちらでは影が薄い西の長、か。
「ええ、めったにあることではないので、段取りが……」
すずさは眉間にしわを寄せたまま眼鏡の位置を直す。
その表情から苦労がしのばれる。
励ましておいてやろう。
「まあせいぜい励むがよい」
「いや、九宮様!あなたも同席されるのですよ!!」
神織の上層に設けられている、ひと際広い部屋を案内される。
入ってみればすでに宮の巫女の面々が顔をそろえている。
西宮一人出迎えるだけでこの御大層さ。
やれやれ。
あさめに指示された卓に付きぼんやりとしていると、やがてぞろぞろと連れ立って入ってきた一団がある。
その中心に立つ人物。
短く切りそろえられた髪に、首から下げた木の珠や札のような素朴な飾り。
引き締められた唇に微笑みがたたえられ、切れ長の目には凛とした光が宿る。
黒曜らん、雨月さいとはまた違った、自然な豪奢さをもっている。
あれが、二宮、桝きり。
入ってきた一団は、室内の宮たちの前に整列すると、きりが挨拶を行った。
「皆様、ごきげんよう。大変ご無沙汰しております」
良く通る声が、広い室内に響く。
その響きはこの豪奢な部屋に見劣りせず、確かな落ち着きを持っている。
「きり様、お久しぶりにございます。この度はようこそ遠い所お越しくださいました」
あさめは慣れた様子で立ち上がり両手を上げて迎え入れた。
「この度は急な申し出にもかかわらずこのように皆さまお揃いでお出迎え頂き、感謝いたします」
といった社交的な挨拶から始まり、持参品の目録の読み上げと受け取りなど事務的な手続きが続く。
コトワはあくびを噛み殺しながらその様子を眺めていた。
ひとしきりのやりとりを終え、夕刻以降の宴席の案内が行われる。
それに合わせてめいめいが立ち上がり、きりに向かって行く。
初めにきりに声を掛けたのは二宮黒曜らんだった。
「きり様、ごきげんよう」
らんには珍しく、その顔に満面の笑みを浮かべている。
ふむ、旧知の仲であるか。
「あら、黒曜のらん様、お久しぶりです、お会いしたかったのですよ」
「私もお会いしとうございました」
ニコニコと笑顔で見つめあう二人、と思っていたが。
きりが口元を袖で隠しながら口を開いた。
「あらあら、まだそのようなギラギラしたものをお召しなのですね」
「ふふふふ、そちらこそまたそのような五家にも似合わぬ質素な出で立ち、あいかわらずですこと」
火花が散っていた。
きりは、ふん、と視線を外すと隣に立つ三宮雨月さいに向き直った。
「さい、久しぶりね」
「きりさま、お久しゅうございます」
さいは二人のやり取りを見て縮こまりながら頭をさげる。
きりはそんなさいの萎縮を気にもせず、隣に立つらんを顎で指しながら言った。
「さい、いつまでもこんな成金女を追いかけているだけではだめよ」
「まあ!失礼な!さいこそ、こんな辺境女の言うこと聞くことはありませんよ」
「あは、あはは……」
間に挟まれたさいは笑うしかない様子だ。
その様子を横で見ていたあさめが三人の間に入っていく。
「ふふふ、皆様仲がよろしいようで結構ですね」
あさめはコトワの方に向き直り手招きした。
外からその様子を眺めていたコトワは、素直に従い、きりの前に立つ。
「きり様、ご紹介します。こちらがこの度九宮となられた、コトワ様です」
「噂ではお聞きしておりました。二宮、桝きりでございます。よろしくお近づきいただければさいわいでございます」
コトワに正面から向き合ったきりは、先ほどのやり取りなど無かったかのように、凛とした声で応えると、深々と礼をした。
「西宮、か。あちらはしばらく行っておらんな」
「乾いてはおりますが、良い所ですよ。ぜひお越しくださいな」
「まあいずれ機会もあろう」
そう簡単にやりとりをしていると、そわそわと自分の番を待っていたくれんが顔を突っ込んできた。
「きりー、やあやあー」
「これはこれは、くれん様!ご、ご機嫌麗しゅうございます……」
意外なほどにかしこまるきり。
そんな様子を気にせずいつも通りのくれんである。
「元気だった?」
「ええ!ええ!おかげさまでこの通り!くれん様こそ、お体など崩されてはおられませんか?お噂によると大層大変だったと……」
くれんを半ば抱きかかえるように寄り添っていく。
「まぁ、いろいろあったけど、いまはなんとか」
くれんの表情は変わらず眠たげなままだ。こんな態度にも慣れているものらしい。
「どうぞご自愛くださいませ、くれんさまは我々皆を導く一宮さまなのであられますから」
その様子を見ていたらんが口を挟む。
「また、一宮様に取り入ろうなどと…あさましいこと!」
「お黙りなさい!なぜあなた達はくれん様がお近くにいらっしゃることだけで満足できないの!」
「くれん様、こんなやつのこと気に掛ける必要はありませんよ」
「まあ!」
くれんは言い争う二人をにまにまと眺めながら両手を上げて仲裁する。
「まあまあ、遠くから来たわけだし。それにおみやげもくれるらしいから」
それきり、らんはふん、と振り返り、もうきりの方を見ようともしない。
一方きりはきょろきょろと辺りを窺う。
「そういえば、はり様は今日も医務室かしら?」
「ええ、彼女のお役目はこちらよりも、あちらにありますからね」
「また後でごあいさつに参ります。しばらくはこちらにいるのですから、機会はありましょう」
西宮、二宮桝きりの登場で、これまでには見えなかった宮の巫女たちの人間性が垣間見えた気がした。
普段は隙を見せぬここの宮様たちも、しばらくこの娘にかき回されるのだろう。
そう思い、にやりと笑うコトワであった。
宴席とやらまで時間がありそうだ、どこぞの部屋で茶でも淹れてもらおう。
◇
なぜ、なぜこんなことに……。
私のお役目は、宴席までのお時間で、西宮さまが宮で滞在されるお部屋へご案内することだったはずなのに。
「まちー、きたよー」
くれんは遠慮なくのれんをくぐり、真っすぐにいちばん奥の席へ向かう。
「ここが『まるや』ですのね。西でも話題でしたわ」
堂々とその後に続く桝きり。
「味にはうるさい私のおおじい様も、わざわざお越しになった店ですのよ!」
キョロキョロと周りを見回しながら続く黒曜らん。
そして、その後ろを、小さく縮こまりながら付き従う雨月さいである。
なぜか宮様で連れ立って、門前町の甘味処に出てきている。
らん様ときり様、お二人とも反目しつつも仲がいいのは分かるのですが、なぜかいつも私が間に挟まれてしまう……!
わいのわいのと始まった宮様たちのお茶会の噂は、門前町でも話題となるのだった。
~二殿の報告書~
祭事に向けた西宮さまの宮入り。
元々は予定していなかったらしいが急遽決まったらしい。
お出迎えや宴席の準備に奔走する。
宴席に先立ち、宮様方が供も連れずに姿を消した。
宮中を探し回るも、連れ立って門前町へ出ていたとのこと。
宴席の開始が遅くなった。




