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幕間十三【台所の塩】

ある朝のことである。

「コトワ様」

せなが、居間に通じる引き戸を開け、そこにいるコトワに声を掛けた。

「ちょうど塩が切れそうなので、少し買いに出てきますね」

朝餉を食べ終え、りふぁの入れた茶をすすっていたコトワは、顔を上げて応える。

「ほう、塩か。いや待て」

手にした茶碗を膳に置くと、庭先に向かって声をかける。

「りふぁ、おるか?」

「はい、コトワ様!」

元気よく返事をして、縁側から上がったりふぁが顔を出す。

「塩が無くなるそうだ、また調達してくるとよい」

コトワの指示は簡潔だ。

「はい、すぐに行った方がいいですか?」

「早い方がよかろう」

「はい、分かりました!すぐに行ってきます!」

言うが早いか、りふぁはすぐに出かける支度のために姿を消した。

「……あの、調達って?」

せなは廊下に座り込んだまま、コトワに尋ねる。

「詳しくは分からんが、りふぁがいつも塩をもらって来るのでな。任せておる」

コトワの答えはあいまいなものだ。

「宮様にもなると、お塩、もらえるんだ……」

せなは独り言のように口の中でつぶやいた。



神織(かみおり)の宮の門前町。

その外れには多くの商人が管理する倉庫街が広がっている。

りふぁは、その一角、神織の紋の入ったひと際立派な倉庫の前にたどり着いた。

「お塩ありますかー?」

重々しい戸をごろりごろりと引き開けながら、倉庫の中に向かって声をかける。

「お、おお、りふぁちゃん……」

倉庫の管理を任されている役人が、帳面を手に奥からやってきた。

「こんにちは!お塩ください!」

笑顔で手にした空の袋を差し出すりふぁに、役人はひきつった笑いを返す。

「りふぁちゃん……前も言ったけど、ここは塩を売るところじゃないんだ」

苦笑いの意味が分からないままのりふぁは、素直に聞いた話を伝える。

「あれ、でも前に神織でお塩を売ってるって聞いてて……」

「確かに売ってはいるけど……免許を持った人にしか売っちゃだめなんだよ」

役人は視線を外し、背後に積まれた大量の袋の山を見上げた。

「じゃあ、免許ください!」

素直なりふぁの要求に、役人は慌てて視線を戻し、しどろもどろに説明する。

「あぁ、いや、大きな商いをされている方々でないとそれもできなくて…」

「ウチ、おっきくないです。お塩、少しだけ欲しいんですけど……」

りふぁは、しゅんとうなだれながら、その八の字に結んだ眉と上目遣いで役人を見つめる。

「いや、ですから、決まりですので……」

役人はたじろぐが、頑として受け入れない。

りふぁは、手にした空の袋を見つめると、つぶやくように答えた。

「そうですか…。じゃあ、コトワ様に、『決まりだから、売ってくれませんでした』って、伝えますね……」

薄暗い倉庫の中に、しんとした空気が広がる。

「ま、まぁ、特別に、少し、な!少しだけ、ですよ……」

その言葉に、りふぁの顔には、ぱぁっと明るい笑顔がよみがえる。

対照的に、引きつった笑顔が張り付いた役人の顔には、冷や汗が流れる。

「……今度は、ちゃんと町のお店で買ってくださいね」

観念したように言う役人の言葉に、りふぁは不思議そうな顔を返す。

「え?でも、お塩は神織さましか売れないんだって言ってましたよ?」

「いや、そうなんだけど……神織から塩を買った町のお店屋さんでも売ってるから、さ」

詳しい説明の出来ぬまま、そう伝えることしかできない役人。

「闇市はだめなんですよ!コトワ様も言っていました!」

りふぁは肩と口をすぼめてぷんぷんと返した。

「い、いや闇じゃないんだ、ちゃんとしたお店屋さんで扱ってるんだが……」

役人は言いかけたが、ついには説明することを諦め、奥から一つの大きな袋を持ってきた。

りふぁは、持ってきた袋に詰められた真っ白な塩をにこにこと見つめ、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。

「お塩、ありがとうございました。またなくなったらお邪魔しますね」

「ああ、いや、は、ははは」

役人はひきつった顔を、手にした帳面で覆い隠した。



神織の宮。

その中層にある文官たちの勤める執務室。

定期的な帳面の精査に、巫女であるはずのすずさも立ち合わされていた。

祭事の支度であわただしい最中。

このような定期的な業務は内部で完結させてほしいものだが、一度首を突っ込んだからには部分的に抜けるのも難しい。

観念して記録の数字を追いかけていく。が、すぐに難しい顔になる。

「おかしい……毎時必ず在庫が合わない……横流し、にしては数が微妙過ぎる。この程度では大した利益にもならないぞ……。帳面の付け間違いにしては毎度決まって差が出ている……。なんだ、根本的な仕組みの問題なのか……?」

前回の確認で、一旦数は合わせているはずだ。

一度気にしてしまうと、徹底的に追いかけねば気が済まぬ性分、だが。

微々たる誤差を突き詰めていてはいつまでたっても仕事が済まない。

ただでさえこの身一つではもたない状況だというのに……。

朱墨でその差だけを印し、細かい調査は文官たちに任せることにして帳面を閉じた。

~二殿の報告書~

塩の流通に係る記録の定期精査。

祭事が落ち着いたところで再調査が必要だろうか。

塩は神織の生命線だ。


直接的にカネにまつわる所にはあまり関わりたくはないが。

なし崩し的に文官業務に携わってしまっている。

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