【小鬼と木剣】
神織の宮、そのすぐ近くの、九宮コトワ様の別荘。
そこが、あの世から来たウチ、りふぁの今のお家です。
朝餉の片づけが済んで、庭に落ちる葉を掃きながら、縁側でお裁縫をしているコトワ様に話しかけました。
「コトワさま、コトワ様は、くれん様にもお稽古つけてるんですか?」
「稽古?ああ……まぁお主に対する、すいほどではないが、何かあったか?」
コトワ様は手を止めて、こちらを見つめます。
私も、ほうきを片手に持って立ち止まり説明をしました。
「こないだ、くれん様に変なことを頼まれて……石を投げてみろっていうから『当たったら痛いですよ』って言ったのに、いいから投げろって」
「ほう……それで?」
「思い切って投げたんですけど、おでこに当たって痛そうにしてました……」
それを聞くと、コトワ様は楽しそうに笑います。
「はははは、それはよい。もっとぶつけてやるがよい」
「一体、なんのお稽古なんですか……??」
「あの娘の力はな、少し特殊だからな。お主らのような『強さ』とはまた別のところにあるのよ」
さっぱりわかりませんでした。
コトワ様の山奥のお屋敷にはたくさんの着物があります。
このお宮の近くの別荘でも増えてきました。
コトワ様が手ずからお着物を作られているようで、大半は着られないまま吊るされています。
なんでも今こしらえてるのは「わが生涯最大の大作じゃ、高く売れようぞ」などと言っています。
去年作っていた着物の時もそう言っていました。
「ここはマジュツ師の様式を取り入れた異界の意匠になっておる」とか「これは仙境代々の草葉を描く文様になっておってな……」などなど、説明はしてくれるのですが、難しくてよく分かりません。
ですが、うんうんと聞いているとコトワ様は喜んでくださいます。
私が今着ている着物も、コトワ様が作ってくださったものです。
細部にこだわりが沢山あるそうですが……ウチは、やっと帯を自分で結べるようになったばっかりで、細かい所はまだわかっていません。
宮周りは、珍しい反物が多いようで、そこだけはコトワ様も満足しているようでした。
この前も宮からの帰りがけに、反物屋の前で「りふぁ、少しここで待て、糸が足りんでな」と言われて待っていたら、日が暮れるまで出てきませんでした。手ぶらで出てきたと思うと、次の日には車で色とりどりの反物が運ばれてきて驚きました。
仙境の皆さんは、私と違って肌の色も赤黒くないし、角も生えていません。
初めの頃は周りがみんなそんな姿なので、恐ろしい気持ちがしましたが、今はもうへっちゃらです。
皆さん優しくて良い人たちばかりです。
たまに、かげからヒソヒソ言われているのも知っていますが、多分この人たちがあの世に行ったら、ウチらもきっと、ヒソヒソ言ってしまうんだろうな、と思います。
最近、角が少し伸びてきたので、たまにコトワ様が余った端切れで、かわいく結んでくれます。
ウチとしては、あの世の大将みたいにかっこいい角を目指したいのですが、これはこれでかわいいので複雑な心境です。
そうこうするうちに、お庭もきれいに掃けました。
今日はすい様とのお稽古の日なので、コトワ様に挨拶をして出発します。
袴を履いて、いただいた木剣を背負って、宮の武官様たちの稽古所へ。
この剣をいただいてからは、毎日教わった通りに振る練習をしています。
すい様には「刀に振られるな」とよく怒られますが、重くて長い木剣を振り回すのは大変です。
そんなすい様も、小さい頃は刀を扱うのが大変だったと聞いています。特別に、ウチみたいな小柄な体で刀を振り回すコツを伝授してもらってるのですが、なかなかサマになりません。
はじめは握る手がすぐに皮がむけて痛くなってしまっていましたが、近頃じゃもうそんなこともありません。むしろ、剣の握りが手のひらに馴染むようになってきました。
にぎやかな通りを抜けて、大きな大きなお宮の門へ。
いつも立っているお姉さんに、ぺこり、とお辞儀をして中へ入ります。
今日はお姉さんが手を振ってくれました。
お宮の中は、たくさんの人がいるので大変です。
皆さんに、ぺこり、ぺこりと頭を下げながら、真ん中まで上がって、外に抜けます。
しばらく林道を進むと、訓練所があります。
もっと近道が、あるらしいんですが、宮の中は複雑なのでいつもこの道を通っています。
すい様が来るまで、端に立てられた丸太人形に向かって剣を振ります。
一度コトワ様に、この丸太人形をお庭に置いてほしいと頼んだら「景観が悪くなる」と断られてしまいました。
ひと汗流していたら、すい様が建物の中から出てきました。
「きていましたか。精が出ますね」
「すい様!」
構えを解いて、ぺこり、とお辞儀をする。
「今日は、手合わせするという約束でしたね」
「はい!」
すい様は、ウチの剣を受けてはくれるけれど、なかなか手合わせはしてくれません。なので、実は今日の日を楽しみにしていました。
すい様は、簡単に準備運動をすると、木剣を手にします。
「全力で、きてくださいね」
木剣を軽く振り回しながらそう言うすい様の口元には、わずかに笑みが浮かんでいるように見えました。
お互いに距離を取って、向かい合って構えます。
これまで何度か手合わせをして分かっていること、すい様は、目がいい。ウチの剣は全部目で追われる。
それから、動きに無駄がない。避けたと思ったらその軌道でそのまま剣が出てくる。
回転して回避したら、警戒。重たい一撃が来る。
よし。
身を低くして、いつでも足を踏み切れるようにする。
すい様が、ウチは身体能力が高いって言ってた。なら。
踏み切りと同時に前へ。一撃で、入ればいい。
剣が届くギリギリを見極め、無駄のないような一直線の突き。
当たっても当たらなくても次が来る、右に飛ぶ。
当たり前のように受けられた。
直前立っていた場所に返す剣戟が空振る、風を切る音。
右下からの切り上げ、柄で受けられる。
と思うとその反動を使って攻撃が飛んでくる。
何とか剣を身に引いて受け止める。
すい様も小柄なはずなのに、そんなこと感じさせない重たい一撃。
踏ん張って耐えていたら連撃が来る、後ろに飛んで距離を取る。
当然詰められてすい様の剣がくる。下がりながらこちらも剣を振り牽制。
立て続けの連撃、受けながら下がる。後ろが無い。
すい様のまねをして剣の柄で受ける、と同時に回転しながら移動して、立ち位置を変える。
と、思うが上手く歩が進まず、もつれそうになる。
すい様は絶対にそこを見逃さない。
何とか剣で受け止めたが、足がとられる。
思い切って地面に転がり距離を取る。受け身を取って跳ね起きる。
と、目の前にすい様の剣。かろうじて刃先で受ける。
いっそのこと、と懐に飛び込み剣の柄の先で、胴を突く。
入る!と思った、が、素手で止められた。
すい様の肘が飛んできた。側頭部に思い切りもらってしまう。
まだ、斬られたわけじゃない。ふらつく頭を振りながら、次いで飛んでくる剣を受け止める。
ウチの身体力を生かした大振りを出せる隙が無い。
小振りを繰り返しているだけでは打開できない。
何とか攻撃を受けながら剣を短く持ち替えていく。
一か八か、次の一撃を弾いたら……!
縦切りを受け流し、そのまま、全体重を乗せて体当たりを仕掛ける。
さすがにすい様も躱しきれず、体勢を崩した。
今!
大きく振りかぶって、渾身の大振りを、と思った瞬間。
左手に鈍い痛み、と共に、剣が音を立てて叩き落されていた。
勢いあまって尻もちをついた。
体勢を崩したと思ったのが、間違いだったのだ。崩れた勢いでもって、すでに攻撃に入っていたのだ。
「まいりました……」
すい様は手を差し伸べて立ち上がらせてくれます。
「腕を上げましたね。柄で受けたのは良い判断です」
すい様は必ず褒めてくれる。
「ですが、歩法がまだまだですね。刀を振るときは必ず下半身もついて回るものです」
そして必ず、ダメなところも言われる。
「うう……転がっちゃいました」
みっともなく転がったのが少し恥ずかしくなりました。
「あれで体勢を立て直したのはよくやったと思いますよ。ですが、歩法が付いてくればそこまで行かずに上手く距離を取れたはずです」
すい様の域にたどり着くのはまだまだ遠そうです。
訓練所に隣接する縁側に座って汗を拭き水を飲んでいると、建物の奥からどなたかがやってきました。
あれは、メガネの巫女さま、すずさ様です。
「すい様、こちらでしたか」
「すずささん、こんな所まで来られるとは、どうされましたか?」
すい様は立ち上がってすずさ様に向き合いました。
お水を飲んで心臓を落ち着けさせながら、二人の会話を聞いていました。
「文官の皆様が、東の街道警備についてどなたかにお聞きしたいとのことで……すい様がこちらにいるとお聞きしましたので……」
「わざわざすみません。枢機庵の会議にも出られたとかで、お忙しいでしょうに」
「私は横で聞いていただけですよ。」
「何の件だったのですか?」
「塩の取り扱いに関する話ですが……結局何も決まっていませんね。コトワ様など『そんなものやめにしてしまえ』なんて極論を持ち出すから……」
「はははは……あの方らしい……」
なにやら難しいお話をしています。
そこまでお話したら、二人は連れ立って訓練所を後にしました。
残されたウチは、少し休んだのち、再び丸太人形に向き合いました。
難しい話は、ウチにはまだ分かりません。
今はただ、すい様に教わった通り、剣を振るだけです。
まだお昼までは時間があります。
さっきの手合わせの感触を忘れないうちに、歩法を見直そう。
次こそ、一本取るぞ!
そう気合を入れなおし、大きく剣を振りかぶるのでした。
~二殿の報告書~
枢機庵の会議に出席を求められた。
塩の売買調整について。
様々な意見が出るが、結果としては具体策は打てず。
根本的な解決には至っていない。
沓掛家より、財源を度外視した、鑑の儀に合わせた大規模な祭事の提案。
そのカネは、どこから……。




