【めがねの巫女の見るセカイ】
二殿の巫女すずさは、回廊の柱にもたれ、呆れた顔でこの珍事を眺めていた。
九宮コトワ。
彼女は宮の高官たちが止めるのも聞かず、あれよあれよと宮を出る算段を付けると、どこから持ってきたのか、車まで用意させ部屋の荷物をまとめさせていた。
一度に運ぼうとしたものだから、車が轍にはまり動かせない。
男たちが数人で一生懸命押し出そうとしている。
すずさはその光景を見物するのもやめ、まだ九宮が残っているであろう部屋へ向かった。
「本当に、出ていかれるのですね」
まだまだ異質な物が残る室内を、満足そうに眺めているコトワの背に声をかけた。
「おや、誰かと思えば、珍しい」
コトワが振り返り言う。
「あらかた義理は果たしたろう。なに、九宮という号はもらっておいてやる。用があれば顔を出してやろう」
その言葉に、すずさは少しうつむき考えた。
「私は、まだ、九宮様にお聞きしたいことが、たくさんあるのですが……」
「その神器のこと、じゃろう?」
さすがに、お見通しか。
すずさは黙ってうなずいた。
が、コトワは何も答えず、横にあった長椅子に座り込み、こちらを見た。
聞かれたことしか、答える気はない、か。
「この神器、封神匣。あなたは『封じる』力、だと言いました。そして実際に『きい』を封じた……」
「その通りじゃ。大活躍であったな」
小ばかにするような物言いだ。
「封じる、とは一体、どういうことなのでしょうか」
「お主も既に使っておったろう。『温かさ』を封じ込め、その場に留める。そして『きい』という存在を人形に封じ込めた」
「あの時は、コトワ様の言うがままに祈っただけです。何もわかってはいません」
「わたくしとて、神器の全てを知るわけではない。……が。神器にはそれぞれの特徴がある。お主のそれは、『封じる』ものだった、というわけじゃな」
コトワは視線を外し、遠くを見るように目を細めた。
やがてこちらに向き直ると、手を組んで長椅子に座りなおした。
「よいか、神器は使う者の世界を映す。そしてその世界は使う者にしか見えぬ」
言葉の意味を考える。
その真意を確かめるように、少しずつ、言葉を出し、聞いた。
「私が、コトワ様に、宮に留まって欲しいと、祈れば、それが適う、と?」
「はははは!面白い。『わたくし』を『宮』に『封じる』か!」
意外そうに声を立てて笑うコトワ。このような顔は初めて見る。
「賢しいな、娘。いかにも、お主が世界をそのように見ることができれば、あるいは可能だろう」
コトワは、勢いをつけ長椅子から立ち上がった。
「もしそれが適ったならば、わたくしはここを出ようなどとすら思わないだろうが、まだその域にはないな。せいぜい精進せよ」
話は終わった。
部屋を出ていく九宮の姿を立ったまま見送ると、すずさもまた部屋を出た。
直前の対話を思い出しながら回廊を進む。
車は轍から出せたらしい。既にその場には残っていなかった。
宮のふもとまであのまま運ばれ、数台の列で山奥の庵に帰るのだろう。
コトワ様は、宮に来られてからあっという間にあちこちへの影響力を持ってしまった。
現にこうして彼女の声で役人たちが何人も動かされている。
飼い殺す、とはなんだったのだろうか。
幼子の見た目の不死の巫女に振り回されてばかりの神織。
そして、神織の世には残ってはいないとされた、神器の真の力。
などと考えていると、すぐに自分の執務室へ帰り着いていた。
戸を開けると、そこには意外な訪問者が待ち構えていた。
「二殿どの、お待ちしてました」
その男は、用意された椅子から立ち上がり、こちらに向き直った。
五家の子息、次男だったか。
「これは、これは。鳥陽の、たけみさま。本日は一体、どうされましたか?」
何事だ……?何か粗相があっただろうか。
たけみは、物怖じせずに言う。
「おぬしの、分析力、すこしお借りしたくてな。ぜひ、力添えを頼みたい」
有無を言わさぬ力強さがある。
やはり若くしても五家、か。
「私に、できることでしたら……」
五家のご子息直々の頼み事とは、断れるはずもない。
すずさはしぶしぶ引き受けることとした。
「……と、いうことです。こちらでよろしいでしょうか」
案内された文官たちの執務室。
何のことは無い、最近の塩の販売に関わる複数の資料の整理に苦しんでいただけだった。
「いや、さすがだな。聞きしに勝るとはこのことか。」
腕を組んで眺めていたたけみは、やけにこちらを持ち上げる。
このところ周辺を探っていたのは、この方か……?
「はあ、ありがとうございます。それでは、私はこのへんで」
手短に済ませ、さっさとこの場を去るにつきる。
一礼して出てこうとしたが、たけみは組んだ腕を解き、こちらを真っすぐ眺めたまま声を掛けてきた。
「ときに……神織の内部の情報を、一手に集めているという、噂を聞いたが……まことか?」
これが本命か。目的はなんだ?
「は、はぁ?いえ、ただの噂好きなだけですよ。一手に集めるだなんて……」
意外な質問に驚いたふりをして、それだけを返す。
どうやら余計な噂が回っているらしい。
少し、慎重にならなくてはいけないかもしれない。
努めて笑顔を作り、改めて礼をしてそそくさと退散した。
自分の部屋にたまっていた執務を片付けて、門を抜け町へ出た。
九宮様の車列が用意されている。ちょうど出るところか。
その列の脇で、またしても知った顔を見かける。
武官のすい、と共に話しているのは九宮のお付きの小鬼のりふぁ、といったか。
すいの背には、名刀と名高い新しい刀が、りふぁの背には背丈に似合わぬ木剣が背負われている。
師弟となって共に剣技に励んでいるとかなんとか。
邪魔をしないようにそっと遠回りし車列を離れた。
牛どもが鼻息つくと、車が、ぎぎぎ、と音を立て動き出した。
さて、これでまた一つ宮の動きが変わってくるのか。
それともまた、平穏な日々が帰ってくるのか。
すずさは、傾く日に向かい進む車を横目に見送った。
~二殿の報告書~
九宮様の転居。
山の庵へ帰るとのことだが、宮側ではことあるごとに呼びつける算段であるらしい。
かえって手間が増えてしまうのではなかろうか。
九宮様へ神器に関して質問をぶつけることができた。
神器の特徴『封じる』。そして使う者にしか見えない『世界』。
これまでの書物には書かれていない、重要な要素を直接与えられた。
試せることが増えた。
鳥陽家から、探りを入れられる。
調査か、はたまた牽制か。




