【それぞれの再起:聖女の祈りとしあわせ甘豆】
神織の宮に、昼を告げる鐘が鳴る。
一宮の巫女、あさめは、お付きの巫女と共に、一宮の執務室へ向かい廊下を進んでいる。
何度目かになる、各部合同での鑑の儀についての打ち合わせを終えたところだった。
歩を進めながら、ふう、と軽く息をつく。
毎回の決まった流れであるとはいえど、各所の甘い態度が目についた。
宮を広く開放する儀式であるというのに、武官達でさえ、あの気の緩みよう。
文官たちや神官たちも、細かいことはこちら任せなことが多い癖に態度は横柄だ。
なにが「村の順は昨年通り?子供たちの数も違うのに、よろしいんですかな」ですか。
逆にここで順を変えれば、かえって混乱を生むということが分からないものだろうか。
会議の場で、とりあえず何か言っておかなければ気が済まないのだろう。
二宮である黒曜らんの牽制で丸く収まったけれど、それもトゲが多めでハラハラする。
長い廊下を経て、部屋に帰り着くと、机に向かい腰を落ち着ける。
お付きの巫女は、打ち合わせの資料類を置くと、一礼して昼食を取るため出て行った。
ちら、と視線を奥の部屋にやれば、既に昼餉の膳が置かれている。
机の上に残っていた水を一杯のみ、奥の間へ向かった。
据えられた膳に向い、昼餉を取る。
珍しい。麦を炊いた飯。と、大きな椀。
蓋を取ると、香ばしい香りが部屋に広がった。
……これは?
得体のしれない汁だ。これまで見たこともない。
赤い油が浮いた濁った液体の中にゴロゴロとした海鮮類が入っている。
匙ですくってみる。
香りは、薬草類と、南方で取れる椒、だろうか。
これはおそらく……九宮様……。
またどこぞの怪しい古文書の料理を作らせたに違いない。
「はあ……」
思わず声に出してため息が出た。
おそるおそる、思い切って口にする。
ピリピリとした刺激と、酸いのか甘いのか辛いのか分からぬ味。
もはやなんの汁かも分からぬ。
うまいとかまずいとかいうものではない。
腹はすいている。
具だけをすくって麦飯をもりもりと食べた。
重たい会議の後にこの仕打ち……九宮様にもいろいろ話さなければ……。
また、気の重くなる……。
あらかたの具は食べたので、これで許してもらおう、と思う。
さすがに、らんなどは怒って下げさせているかもしれない。
そして、先の会議の高官たちにもコレが出されている、と思うと、思わず口角が上がってしまった。
口元に手を当て頬のゆるみを押し付ける。
昼からは、差し迫った用は入っていなかった、か。
……町へ、出ようかしら。
ひとまずの会議はひと段落、食べた気のしない昼餉に、気の重い九宮様。
たまには息抜きを入れても誰もとがめはしまい。
思い立ったら、すく、と立ち上がり、机に向かい「町へ出ています。すぐ戻ります」と書置きを残す。
共も連れずに町へ出る。
まれに行うこの行為に、あさめは楽しみを持っていた。
私とて、生まれたときから一宮、ではないのですから。
そう言い聞かせながら廊下をずんずんと進む。誰にもすれ違わなければいい、と思いながら。
とがめられるいわれは無い、いわれは無いが、説明するのも面倒だ。
ちょうど昼時ということもあり、幸い誰にも見とがめられずに門を出た。
通りのざわめきを耳にしながら、天から差す日差しを手で覆う。
傘を持ってくればよかった……。
門の武官に笑顔で礼をし、なるべくゆっくりと、落ち着いて見えるように宮のそばを離れる。
通りに入れば町の者たちから声がかけられる。
「あら、あさめさま!」
「今日はどちらへ!」
黙って笑顔で手を振りながら、さも大事な目的があるように、真っすぐと通りを抜ける。
ほどなく目的の店ののれんが目に入った。
笑顔で、落ち着いて、店先で客を呼び込む娘に声をかける。
「まるやさん、ごきげんよう。お席は、空いていますか?」
まるやの看板娘、まちはこちらを見て目を丸くした。
「あさめさま!!もちろんです!どうぞ!!」
いちばん奥の席へ通され、腰を下ろして、ようやく一息つく。
前もこの席に通していただいた。通りからすぐに見られず、落ち着く席だ。
茶を差し出しながらまちが話しかけてくる。
「あさめさま、お昼食は済まされましたか?もちもち肉まん、おすすめですよ!」
もちもち肉まん。宮でも噂を聞いたことがある。
しかし、今日は慣れ親しんだ味が恋しい。
丁寧に断って、団子を一つ頼んだ。
温かいお茶を手にし、つい、ぼんやりとする。
そうすると、必ず、あの言葉を、思い出してしまう。
──それは、世界を変える力じゃ。おぬしの望むように、な──
なにが、世界を変える、か。
──おぬしの思う通りに事が運ぶ、身に覚えがあるじゃろう──
なにも、思い通りになど、なっていないではないか。
そして、あの夜のことも。
二宮、黒曜らん。
あの自尊心が強く、芯の通ったあの二宮を、一言で引き下がらせてしまった、あの夜。
腰に提げた短刀。神器、天津金尖刀。
無意識に、この力を出している?
──この神織において、お主が最も神技に近い──
しかし、あの夜の対話は、私の願う『調和』にはほど遠かった。
団子が運ばれてくる。
その香ばしい香りと、蜜の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
やっと、息抜きができる。
団子を一つ口に運ぶ。
蜜が袖に付かないように気を付けた。
あまみつの香ばしくも優しく舌を包む甘さ、団子のもちもちの歯ざわり。
硬く結ばれた心の紐が、そっと解かれていくような。
もう一つ、と思い串を手に取った、その時。
「……あさめ、さま?」
見慣れた武官服。串を手にしたまま、思わず目が合う。
五家雨月家の武官、すいだった。
焦って団子を置き口元を袖で隠す。
「す、すい様……とんだところをお見せしまして……」
「い、いえ、こちらこそ、お邪魔をしてしまいましたか……」
気まずい空気のまま、彼女は隣の席に付いた。
すいも団子を頼むと、背にした刀を下ろし、空いた椅子に立てかけた。
この刀が……。
「その刀が、五匠、折鋼家の……?」
私の耳まで入ってきている。
近代きっての名刀と名高い業物が、すいの手に渡ったと。
すいは、刀の背をそっと撫でながら答える。
「はい。十四代目の作品です。父が、私のために……しかし、まだ、私の力が、この刀に、追いついていないのです」
すいは、目を細め、どこか寂しそうな顔つきをしている。
「すい様は、いつも、ご自分に厳しいのですね……。ですが、そのひたむきさが、貴方の、誰にも負けない強さだと、私は思いますよ」
こんな簡単な、慰めにもならない言葉だとは分かっている、があえてそう真っすぐ伝えた。
すいは、わずかに微笑むと、こちらを向いて聞いてきた。
「あさめ様こそ、お疲れなのでは?」
笑顔のまま、少し、固まってしまった。
否定することは簡単だが……。
すい様は九宮様と親しいようだった。
何か、彼女から聞いていることがあるのかもしれない。
「……実は」
思い切って、少しずつ、話をした。
あの日、九宮様にいわれた言葉が、時々、胸にちくり、と刺さること。
私自身は「調和」を願っているのに、それが、本当に正しいことなのか、分からなくなってしまうこと。
すいは、黙ってこちらの話を聞いている。
「コトワ様らしい、掴めないお言葉ですね」
彼女はそう評した。
「ですが……そうですね……」
すいは、少し躊躇しながら続ける。
「私は……私の信じる『力』は、与えられるものではなく、自分自身で、がむしゃらに追い求めなければ、手に入らないのだ、と。最近になってようやく気づかされました」
『力』は与えられるものではなく、追い求めなければ、手に入らない……。
では、私の求める『調和』は……?
串に残った団子を見つめる。
と、そこへ
「はいはい、お団子お待たせしました!そして、お二人さんには、とくべつ!!新作の『しあわせ甘豆』!これを食べれば、どんな悩み事も、ぺろり、ですよ!」
まちが団子と合わせて、椀に盛られた『しあわせ甘豆』を卓上にどん、と置いた。
あまりの言いように、すいと顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
まちは、二人の顔をみて、腕を組みながら、うんうん、と頷く。
「お二人さんとも、宮のお仕事は大変なんですねえ。あたしにゃあ、さっぱり分かりませんが、いい旦那さんをみつけて、お店を大きくして、しあわせに暮らしたいもんですなあ!」
その、あまりにも真っすぐな『しあわせ』のかたちに、心が、少しだけ、軽くなる気がする。
「新作の感想、教えてくださいね!」
と言い残し、さっさと店頭へ去っていった。
団子と甘豆を平らげ、丁寧に感想を伝えると、お代を払ってすいと共に店を出る。
すいは、宮の方を見つめながら、語る。
「あさめ様。私も、私のやりかたで、守りたいものを守れるように、強くなります」
あさめも、静かに頷いた。
「ええ。私も、私の信じる道を、進みます」
そう……迷っても、いい。間違えるかもしれない。でも……。
店を出て、天頂を少し過ぎた日に照らされる宮を見上げながら、強く、決意を固めた。
それでも、私は、私の信じる『調和』の道を、がむしゃらに、進むしかない。
神器がその助けとなるのなら、願ってもないことだ。
気持ちも切り替わった。
宮へ戻ろう。
少し長居をし過ぎてしまった。
なんと言い訳しようか、などと考えながらも、宮の門へ向かうその足取りは、確かなものだった。
~二殿の報告書~
鑑の儀にかかる合同会議に出席。
細部について確認を実施した。
二宮様の発言で火花が散ったが、あさめ様がうまく抑える。
九宮様が宮を出ると、またわがままを言っているらしい。




