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【それぞれの再起:眠たい巫女の目覚め】

かび臭い書庫。

薄暗いその部屋に明かりを手にして入る。

まったく……このように湿気た場所に書物をしまいこむとは。

神織(かみおり)のやることはいちいち気に食わぬ。

九宮(くぐう)の巫女、コトワは、書庫の目録に目をやる。

目当てのものは、当然見当たらない。

最初から期待はしていなかった。

棚に目をやると、何者かが最近動かした跡がある。

順に手に取ってみる。

神器(じんぎ)の管理に関する記録。

それから、管理する神器の一覧。

ふん、神器についてのお勉強か。もはや神織には何も残ってはいまい。

さらりと一瞥し、棚に戻す。

ここには探し求める情報はない。

書庫を出て重い扉を閉じると、手元の明かりを吹き消した。

やはりわたくしの書庫、あの男の遺した書を探し出すしかない、か。

あの男が言う、「九元(くげん)」について書かれた、唯一の書物。

一度読んだだけでは分からない。二、三度読んでも分からないというひねくれた物だ。

自宅である山中の庵の書庫の惨状を思い出し、頭を痛める。

しばらく虫干しもできておらんな……。りふぁにでも手伝わせるか。

いや、まだ文字が怪しいあやつに任せて、貴重な書物を雑に扱われてもかなわん。

神織から人を出させるか……。

などと思いながら、九宮として与えられた部屋へ向かう。

途中、道を空け礼をする眼鏡の巫女の前を通りぬける。

その腕には、書庫から出してきたと思われる書物の束が抱えられている。

ほう、この娘か。

ほかに術がなかったとは言え、あの「きい」を封じることができたのは、この神織の巫女にしては奇跡に近い。

運がよかった、か。

返礼もせずに通り抜け、自室に帰り着いた。


形だけ設けられた執務用の机に向かい、腰掛に深く座り込む。

口元に手を当て、しばし考えこむ。

りふぁが茶を入れて持ってきた。

茶を入れる腕は日に日に上がってきておるな。

そこへ、す、と戸を開けるものが居た。

「ほう……」

一宮(いちのみや)、くれんである。

いつもは遠慮なく入ってくるというのに、部屋の前に立ったまま、口を開けない。

「なんじゃ。わたくしに、何か用かの」

また気の抜けた阿呆な話をしに来たか、はたまた「きい」に関することか……。

くれんは、答えぬまま机の前までくると、深く、深く、頭を下げた。

「何のまねじゃ。悪いがわたくしは忙しいのでな」

コトワは、茶碗を置き、そっけなく言った。

その言葉に、くれんは、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、いつもの気だるさではなく、初めて見る、真っすぐとした光が宿っている。

そして、静かに、しかし、ハッキリと、用件を言う。

「……教えて。よよこうの、使い方を」

「ほう……」

思わず口角がにやり、と上がる。それを隠すように手を口元に持っていく。

「今更何を言うかと思えば。よよこうなら使っておるではないか。それでお空で団子でも食っていればよかろう?」

意地悪である。

しかし、くれんはそんな言葉も意に介さず言う。

「よよこうは、空を飛ぶ道具、って言われてた。でも、この、よよこうが山を、消した」

目を細め、先を促す。

「……コトワは、神織は何も知らないって、言った」

「そうじゃな……。正直なところ、その程度の認識でその神器を振り回している、それ自体が恐ろしくて仕方がない」

「コトワは、この神器、よよこうの力を、知ってる」

「……ふむ」

「だから、教えて。使い方を」

もう一度、ハッキリと言った。

「やれやれ……」

口元から手を放す。

「よかろう。ただし」

少し姿勢を正しながら答えてやる。

「手取り足取り、というわけにはいかんぞ。わたくしが教えるのは、最低限の『理』だけじゃ。あとは、おぬし自身で、掴み取るのじゃな」


翌日。

九宮の部屋に新たに設えられた腰掛に、神妙に座るくれん。

執務用の机には、眼鏡をかけたコトワがついている。

その机には、庭から取ってきた石ころがいくつか転がっている。

「まず、お主はその神器、よよこうを何だと捉えている?」

「空を飛べる。そう言われてたし、実際にそう」

頭が痛くなる。

神織の行ってきた神器の管理。

「よいか。神器とは、な、ただの、道具ではない。それは、世界を『見る』ための、『窓』であり、『鏡』じゃ」

机に向かい少し身を乗り出しながら話す。

「セカイというものは、見る者の、見るようにしか、見えん。……おぬしが、その『よよこう』を通して、世界を『無』と見れば、世界は『無』に、なる。あの一宮の娘、あさめが、あの短刀を通して、世界を『調和』と見れば、世界は、調和する」

さらに続ける。

「じゃがな、くれん。おぬしは、一人ではない。おぬしがあさめと出会い、すいと言葉を交わす、その相互作用の中で、おぬしの『見方』も、そして、おぬしが変える『セカイ』も、質的に、移り変わっていく」

くれんをじっくりと見つめながら、左手で眼鏡の位置を直す。

分かっているのか、分かっていないのか、その顔色からは窺えない。

「…それが、神器を、持つということの、本当の、意味じゃ。……さて、それが分かった上で、おぬしはこれから、この世界を、どう『見たい』?」

床を見つめるくれん。考え込んでいるのか、すぐに返事はこない。

やがて、ゆっくりと顔を上げて答えた。

「分からない。けど、『よくない』より『いい』方が『いい』。そう、思った」

「なるほど、お主らしい答えではある」

まったく、この娘らしい短絡的な物言いだ。

「その、『良くない』力を抑え、『良い』方向へ持っていく、それがお主の神器では可能じゃ」

くれんは真っすぐこちらを見つめた。

「お主の神器、よよこう。『天津(あまつ)天日世世皎皎禺(あまひよよこうこうぐ)』。それを使って空を飛ぶことは確かに可能じゃ。ただしそれは空を飛んでいるのではない」

くれんは不思議そうな顔をする。

「大地が身体を引く『力』。それを『無いもの』としているのだ。そういうものだと言われ、それを自然に使いこなしている。それだけでもすごいことなのだが……」

腰掛の背もたれに体重を預け、しばし考え込む。

目線を外しながら言う。

「『この世の裂け目』……。さすがに知っておろう?」

突然出た話題に、くれんはきょとんとしている。

「うん?知ってるよ。なんか、あぶない所だって。」

「うむ。あれは、かつての、よよこうの使い手が、生み出したものじゃ。『この世』と『あの世』を『隔てている』『力』。その『力』を『無いもの』として、な」

改めてくれんに向き直る。

「『セカイ』をいかに見るのか。それ次第でそのようなことも起こる、ということじゃ」

背もたれから起き上がり、右手で机の石ころを取り上げ、くれんに見せ付けた。

「お主が見る『セカイ』。よよこうを使いこなすには、それを変えていく必要がある」

「『セカイ』を、変える……?」

「まずはこの石ころ。これが大地に引かれる『力』、それを『見て』、『無いもの』としてみせよ」

くれんは、腰掛から立ち上がり、おずおずと机の前に進むと、両手でその石を受け取った。

「大地に引かれる、『力』……?」

「それができねば何も始まらんし、それができればあとはお主の見る『セカイ』次第じゃ。わたくしが教えられるとすればそれだけじゃな」

くれんはまだ分かっていないようにその場に立ったまま動かない。

コトワは椅子から立ち上がり、眼鏡をはずしてこう言った。

「じきにわたくしはここを引き払うつもりじゃ。神織への義理は果たしたしのう。それまで、せいぜいやってみるがよい」

その口元には、例の、にやり、という笑顔が浮かんでいた。

~二殿の報告書~

執務の合間を見て引き続き書庫の書物の確認。

封神匣の力についての情報は得られず。

宮の中はおおよそ調べたが結果は出ず。

次の調査手段を考えねばならない。

九宮様がいつになく上機嫌であった。

先日廊下ですれ違った際には難しげな顔をしていたのに。

暇を終えたくれん様は、近頃活き活きとしているようだ。

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