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【宙から来た子】

日も暮れかけた宮中。日中に降っていた雨もやみ、西から茜が差す。

雲は紫炎を帯びて重く、神織(かみおり)の宮を依然として覆っている。

五家(ごか)雨月(うづき)の武官すいと、二殿(にでん)の巫女すずさのもたらした報告は、宮中に面白おかしく広まった。

「お主、今夜は夜警か。『きい』が出ぬといいな」

「ははは、出たらばすい様のごとく一刀のもと切り伏せよう」

武官の待機所では刀の手入れをする者、日中の勤務を終え、帰る者とがあわただしく行きかう。

「『狐憑き』のお話、お聞きしました?」

「ええ、突然暴れ出す、って」

「そういうモノも、あさめ様の神器(じんぎ)であれば祓えるのでしょうか」

巫女たちは夕方のお勤めを終え、長い廊下を進む。


宮の一角、異端の万屋(よろずや)と化した九宮(くぐう)の一室。

がりがりがり、と静かな音が響く。

寝椅子の上ではすり鉢を両足で抑え、すりこぎをするコトワの姿がある。

そこに向かうように立つのは、うら若き武官、すいだ。

「しゃべる(マガ)イモノ、か。まだそんな、面白そうなものがおったとはのう」

コトワは手を止めずに答えた。

「……はっきりと、『きい』。そして『なまえ』、と」

すいはそのコトワの様子を、眉間にしわを寄せたまま見つめている。

「『きい』、ねえ。聞いたことはないのう」

手を止め、すり鉢のフチを、とととと、と叩く。

「あの世族の者たちとは、会話ができました」

再び、がりがりがり、という音が室内に響き出す。

「そうじゃなあ。あやつらは、元々こちらにいたからのう」

「向こうの長も、そのようなことを言っていましたね」

会話の間も動き続けているコトワの手元を見つめる。

「禍イモノは、あの世から湧くとはいえど、その実はケモノじゃ。」

「しゃべることはない、と」

「もししゃべり出したというのであれば、あるいはもっと別の異界のモノかもしれんな」

コトワは、手を止め、すりこぎで鉢のフチを、ココン、と叩いた。

床にぺたりと降りると、そのまま卓に向かいぺたぺたと歩く。

すいはその姿を目で追いながら続ける。

「別の異界……そのようなことが、あるのでしょうか」

コトワは卓につくと、卓に置かれていた何かの草の葉を、ぷちぷちと、ちぎりだした。

「知らぬ世界が一つあるなら、それ以外に三つも四つもあってもおかしくなかろう」

つまらなそうに葉をちぎりながら、つぶやくように続ける。

「まぁ、生きていれば何が起こるか分からんからのう」

すいは、眉間のしわの取れぬまま、納得のいかぬ様子で礼をして部屋を辞す。

コトワは葉をちぎりながらその姿を見送った。

あの娘、いまだ常識の枠からは逃れられぬ、か。

わたくしが、この世に在ってからいまだ死なぬように、世には我々には分からぬことがある。

あの娘のようにお固く生きていては、しかたもあるまい。

コトワは、ちぎっていた葉を卓上に放り出すと、両腕を上げて伸びをした。

りふぁが、茶を入れた盆をもって部屋に入ってくる。


一宮(いちのみや)、くれんは自室で寝椅子に寝そべっている。

夕餉まではまだ時間があるが、まるやで食べた団子がまだ腹に残っている。

あまみつ団子は、いい。多分、すごい天才が考えた。

まちは、木の実蜜もおすすめしてた。

あれも、すごい天才の発明だ。

明日は木の実蜜のお団子か。

むくり、と体を起こし、寝椅子に立てかけていた、自分の神器、『よよこう』に触れる。

よよこうと、自分の身体が、ふうわりと宙に浮かぶ。

宙で態勢を変えると、そのまま、するする、と部屋を抜け廊下へ出た。

コトワに、木の実蜜団子のおいしい食べ方を聞いてみよう。

あまみつ団子に、焼いた塩を振る食べ方、あれは天才だった。

コトワは知らないことをたくさん知っている。たぶん天才。

廊下を進みながら、道を空ける役人に軽くうなずいて挨拶をする。

廊下を進んでいたら、声が聞こえてきた。

「────────」

うん?

「────────」

振り返ると、先ほどすれ違った役人は、不思議な顔をしてこっちを見ている。

「────────」

なんだか、うるさい

「────────」

その先は、覚えていない。


前から来た一宮、くれん様が通り過ぎるのを待って礼をする。

顎であいさつを交わし、ふわふわと通り過ぎた、と思うと、その先でくるりと振り返った。

このお方は、何を考えているかさっぱりわからない。

分からず見つめていると、突然、びくり、と体を震わせた。

思わずこちらも驚き肩が上がる。

こちらを向いたまま動かない、と思った。突如、普段は眠そうにしている目を見開いた。

な、なんだ?

「い、一宮様……?」

声をかける。が、返事はない。

ふわふわと廊下を横切り、欄干に近づく。

そして、口を開いた

「……ムスメ、か。オモシロい『ツクリ』をしているな」

その声は、普段の彼女とは違う、低い、不思議な響きを帯びていた。

異常、か?

いつもの一宮とは似ても似つかぬしゃべり、しぐさ。

赤い柱を不思議そうに下から上へ見つめている。

「一宮様…?」

もう一度声をかける。

すると、宙に浮いた一宮は、体ごとこちらに、ゆっくりと振りむいた。

見開いた眼で、こちらをまた、下から上へ見つめる。

近頃、宮で流行る噂を思い出す。

「な、何者……!?き……『きい』、か?」

「『KEY』……。KEY、か……」

「きい…… きい、という名、なのか!?」

「『ナ』……『ナマエ』か。オモシロい」

話が、かみ合わない。

しかし、普段の一宮ではない、『なにもの』かがソコにいることに間違いはない。

何もできず、一歩下がる。

一宮は、再び赤い柱へ向き直ると、右手を、す、と差し伸ばした。

とたん。

音もたてずに柱が、そこに繋がる欄干が、廊下の床板ごと消し飛んだ。

一歩も動けない、何が起きたのか理解が及ばない。

そのまま見えない球状にえぐり取られたようにできたその隙間から、音もたてず飛び立っていく。

その一宮の姿を、そのまま見つめることしかできない。

そして、急に、思い出したように、首から下げた呼び笛を鳴らす。

その音に始まり、宮中で、連鎖的に呼び笛の音がこだまする。


宮中を、武官たちが慌ただしく行き交う。

その手には刀も持ち出され、慌ただしさの中にどこか張り詰めた空気が醸されている。

行き交う者たちの口からは「きい」や「一宮様」という言葉が交わされている。

その流れを眺める、コトワ。

「やれやれ。面白そうなことが、始まっておるな」

その顔には不敵な笑みが浮かぶ。

そしてその手には、コトワの背丈を越える両刃の刀、神器髭切(ひげきり)が握られていた。

コトワは、騒ぎの中心である、えぐられた柱を一目確認すると、その場を離れた。

廊下の欄干に飛び乗ると、柱を使い器用に屋根の上に飛び移った。

遠くを見ると、落ちた日が、山の稜線を微かに描いている。

左右を見渡す。

いる。

屋根の瓦の音を立てながら駆ける。

何もせず浮いているくれんの背を前にし、声をかける。

「さて、どこぞのモノが出てきたか。おぬし、何者か」

くれんは体ごとそのまま回転し、こちらに向き直る。

「おおよそ、『上』から降りてきておるのだろう」

右足を引き、静かに髭切を構える。

くれんは何も答えない。続けて問う。

「『九元(くげん)』……違うか?」

「カカカカカカ」

突如口を開けて言葉を発する。笑っている、のか。

「オモシロい。アレのことを『九元』とイうのか」

言葉は通じる。

「『きい』といったな。悪ふざけは、そこまでだ。その小娘の身体を、返してもらうぞ」

下げた足を踏み込み、刀を持つ手に力を籠める。

娘と、この存在の『繋がり』を『断つ』。

息を吸い、止める、と共に目を開く。

神技。

距離を詰め、その刀を、神器を、振りぬいた。

振りぬいたはずだ。

しかし。

その刃は、くれんに触れる寸前で止まっている。

弾かれたわけではない。何の反動もなく、止まった。

止められた。

くれんは、微動だにしていない。

二歩、飛びずさる。

再び振りかぶり、今度は斜め上から袈裟がたに斬りつける。

またしても、振りぬいた、と感じる。

しかし、刃は届いていない。

「これは……『よよこう』、か!?使えると、いうのか……!」

問いかけるも、返事はない。

答えの代わりに、こちらを見る目が、さらに見開かれる。

目が合った、と思うと同時に、コトワのからだに、みえない力がかかる。

一瞬で胴が引き裂かれる、と共に、えぐる様な激痛が襲い掛かる。

切断された下半身が屋根から、ごろり、と、落ちて行った。

残された上半身も屋根にたたきつけられる。

「ぐっ……!」

おもわずえずく。

受け身も取れず、屋根から転がり落ちた。


くれんは、落ちていくコトワを気にもかけず、その見開かれた両目は遠くを見つめている。

月明かりが、その白い、白い着物を浮かび上がらせる。

足元の屋根の下の騒ぎは、収まりそうにない。

~二殿の報告書~

地元の祭への巡幸の際の舞の練習。

中層の林は意外にも人が来るため、上層の林にて行うこととする。

神器を使った舞を考案せよとのことだが、未完。

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