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【竜のひげと眠たい巫女】(挿絵)

仙境。

村では祭りの準備が進んでいた。

普段は野良で働く男衆が、あちらでは大きなやぐらを組み、こちらでは天幕を張り、威勢のいい掛け声を響かせ、あわただしく動いている。

女衆は広場に置かれた大鍋の周りに集まり神饌やふるまいの段取りをてきぱきと行う。湯気と共に食欲をそそる匂いが立ち上り、誰もが笑顔で祭りの到来を待ちわびている。

広場の入り口から駆けてきた男が、なにやら村の顔役を探している。

ほどなくして顔役の男が、社のかげから渋い顔をしながら広場へやってくる。

「長。宮の巫女さまがお付きです。よしさんちに通しといたらよかったですね」

「うむ……うむ、すぐいこう」

男と長は連れ立って、広場からそう遠くない一軒の家に向かう。

家の前には、豪奢な車が止まり、車を引く赤毛牛はまだ繋がれたまま草を食んでいた。

玄関口には、今回宮の巫女の宿を提供する、よしとその妻と子供が並び迎え、それに向かうように、宮の巫女とそのお付きたちが立ち話をしている。ちょうど到着したところらしい。

白い、白い、衣に紅の飾り紐、長い金色の髪を覆い隠すような薄手の頭衣。両手を完全に覆う長い袖。そして、その背には、巫女を覆い隠すかのように、後光を象った飾りが宙に浮かび、日を返して神秘的な光を放っている。村の社の巫女姿とはまた違い、長でさえわずかに見とれてしまう。

巫女が視線を変え、その眠たげな眼が、長の方を向いた。

長は慌てて巫女たちに向かった。

「これはこれは、宮の巫女さま、一宮(いちのみや)さま、長旅ご苦労様でございました。この村の仕切りをしております、へい、と申します。このたびは遠くこんな村まで……」

巫女は、長のあいさつに興味なさそうにあくびを一つ打つと、言葉を遮るように言う。

「ここは、何が名物なの?」

話の腰を折られた長は、調子を崩さぬよう答える。

「は、はあ。ここらでいうと、やっぱり赤紅の紅染めでして……」

「赤紅、食べれる?」

「い、いや、た、食べ物でしたら山根が有名で!もちろんご用意してますよ、な?」

助けを求めるように一家に目をやる。

家の者たちは、あわてるように、一行を屋敷の中へ案内する。

「さ、ささ。せまくてきたねえところですが、ゆっくりしていってくだせえ」


巫女を部屋へ通すと、長は、ひときわかしこまった様子で巫女の前に座り込んだ。

「じつは……ひとつ困ったことが起こっていやして……」

巫女は出されたお茶をすすりながら、相変わらず興味なさそうに長をみる。

「……なに?」

「は、はい、実はすぐに宮へはお知らせするべきだったんでしょうが、おらたちで何とかなるかとお伝えできていなくて、はあ、その、お社のご神体である『竜のひげ』が、あの……」

長の話は、しどろもどろでなかなか進まない。

巫女は、遮ることもなく、ただお茶を飲んでいる。

「で、あの、つまり、ご神木がその竜の髭で、その」

「わかんないけど、見てみよか」

巫女は茶碗を置くと、すくと立ち、長の脇を通り過ぎた。

「おおお、お待ち下せえ、ご案内します!」

慌てて後を追いかける長。


長が前を立ち、村衆に目くばせしながら広場を横切っていく。その後ろを、宙を舞うように浮かびながらあたりの光景を興味深そうに見る巫女。

その不思議な光景に村の者は手を止め、あっけにとられている。巫女と目が合うと、あわてて会釈などしている。

長に連れられて、社の裏手へ回る。

そこは、小さな池へせり出すように設けられた舞台である。白木で作られた舞台は、この祭りのために用意されたのだろう。

舞台に上がると、長は指さしながら言う。

「あれが、ご神木ですが、ほれ、御覧の通りでして……」

池のほとりにある大木に、何か得体のしれぬものがきつく巻き付いている様子が見える。

それは、日の光には関わらず、てらてらと薄く光をたたえている。

神木の枝は先細り、幹につやはなく、まるで枯れかけているようだ。

「あれが、ご神体の竜のひげでして……気づいた時には、もう、こうなってやした」

長は汗を拭きながら、しきりに瞬きをする。

巫女は神木をその眠たい目で眺めながら長に聞く。

「ふうん、どうにかならないの?」

「はい、あっしらも困ったもんで、いろいろやってはみたのですが、斧も通りやせんで……」

「お祭り、できないの?」

「は、はあ、うちの村の巫女さんも、お祀りするものがこれでは、と悩んだ挙句ふさぎ込んじまって……」

巫女は、何も言わずじっと神木を眺める。

ふい、と視線を外すとぽつりと、いう。

「お祭できないと、困るなあ」

巫女は長に向き直り続けます。

「竜のひげ、って竜のひげじゃないの?」

「はい?」

思わず頓狂な声を上げる長。

「竜の、ひげなのに、なんでここにあるの?」

「あ、いや、それがわたしどもにも分からんで…」

「んーと、ちがくて。祀ってたんだよね、あれ」

巫女の質問は要領を得ない。

「竜のひげ、なら、竜についてる、はず。でもここにあったんだよね?」

「あ、ああ!そうです!」

長は手を打つと説明を始めた。

「なんでも大昔に偉い巫女様と竜と戦って切り落としたっていう昔話がありまして……」

かつて、神に類する竜がこの地で悪さをし、それを死なずの巫女が鎮めるために戦った。死なずの巫女は神器「髭切(ひげきり)」で竜のひげを切り落とすと、竜を山奥へ追い返してしまった。死なずの巫女はまだあの奥の山で竜がふたたび悪さをしにやってこないか、見張っているのだった。

長からの話を聞いた巫女は、とつぜんふうわりと高く舞い上がった。

「巫女さま!?今のは昔話で……!!」

「山にいるんでしょ?上から見てくる」

と言い残すと、みるみるうちに高く飛んでいってしまった。

長は、口をだらしなく開けながらただ空を見上げていた。


巫女──くれんは、空を舞うように浮かび上がりながら、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。

この季節の風は、好きだ。

村長の小難しい話も、手順の多いお勤めも、なにもかも放り出して、このまま空を泳いで良ければ。

背に浮かぶ神器──よよこう。これがあればそれも叶う。

そう思ったところで、宮にいるもう一人の一宮──あさめのにらみつけるような顔を思い出して、思わず苦い顔になる。

山々はどこまでも深く、ところどころ色づく木々が、まだら模様に染め上げる。

ひときわ大きな手前の山を越えると、奥の山々まで見通せる。

「なんだ、すぐあるじゃん」

奥の山、その山のかげ、立派な屋敷の屋根が見える。

くれんは迷わず屋敷へ向かい飛んでいく。


山深い森の中、突然開けたその土地を、大きく囲う垣根と、堂々とした木でできた門。

くれんは、一応の礼儀、と門の外から呼び子を叩く。

「もしもーし!!誰かーーいませんかー!!」

あたりはしん、とし、木の葉が揺れる音が響く。

「おーい、おーい」

無遠慮にガンガンと呼び子をたたき続ける。

「誰もいないのかな」

くれんはあたりを見渡すが、森は相変わらず静かなまま、木々の鳴らす音が波のように響くだけ。

くれんは諦めてふい、と飛び立とうとしたとき、カラリ、と門の内側で戸を開ける音がした。

そして、ぎぎぎ、と重い門がわずかに開き、小さな少女が顔をのぞかせた。


「やかましい。いつぶりかに人が来たかと思えば……何用じゃ」

その見た目とはうらはなら、古めかしい話し方をする少女。

さらさらとした黒髪に大きな目。しかしその目付きは鋭く、その瞳は底知れぬ暗さを纏っている。

少女は、くれんの姿を見ると軽く目を見開いた。が、すぐにまた、きつい目つきに戻る。

神織(かみおり)の巫女、か。帰れ、おぬしの来るところではない」

くれんは物怖じもせずいう。

「ここに死なずの巫女がいるっていうから、来た。竜のひげがご神木にぐるぐるしてて大変なんだって」

要領を得ない説明に、頭をかく少女。

「何も分からん」

言い捨てると、ぎぎ、と門を閉じかける。

「まってまって、こまってるんだ」

少女は、そのなりに似合わぬ、心底いやそうな顔をした。

そして、くれんの後背に浮かぶ神器を見つめながら言う。

「……『よよこう』があるのならば、わたくしの力など、いらぬはず。それに、もう神織とは関わりとうない。うせよ」

言い捨てると、ゴトンと音を立て門を閉じてしまった。

む、まだ話があるのに、と、ガンガンと呼び子を鳴らすくれん。


門の内から少女の怒鳴る声が響く。

「いいかげんにせい!!断ると言ったはずじゃ!」

「よよこうは、そらをとぶだけの道具だよ、竜のひげは、どうにもできない」

ふたたび、ぎぎ、と門に隙間が空き、その隙間から少女がじろりとにらみつける。

その目がくれんを上から下へ、なめるように見つめた。

「みんな困ってるんだよ。わたしも、困る」

くれんは、なぜか胸をそらし威張りながらそう伝える。

少女は大きくため息をついた。やがて、門扉を開けると、諦めたように言った。

「なにも、知らぬのじゃな……しかたない。いつまでもここにおられても敵わん。それに、村の者には、すこしばかり世話になったこともある。少し待て」

そう言い残すと少女は屋敷へ向かっていった。


ほどなくして、少女は布にくるまれた大きな竿を担いで屋敷を出てきた。

「ほれ、案内せい」

少女は顎で合図し、案内を乞う。

くれんは、眠そうな目で答える。

「飛んできたからわかんない」

ためいき。


うっそうとした山道を進む二人。

くれんは悪びれずに話しかける。

「死なずの巫女、死なずって死なないの?」

少女は答える。

「わたくしのことは、コトワ、と呼べ。さて、死なぬのか死ねぬのか、いずれ死ぬのか分からぬわ」

「わたくしの、ことわ、ことわ…」ふ、と笑うくれん。

「馬鹿にしておるのならば帰るぞ」

心の底からいやそうな顔をする少女──コトワ。


山道を越え、ようやく民家が見えてくる頃には、日も傾き夕闇が迫っていた。

鳥たちが連なり飛んでいく。

空は、どこまでも高い。

村の広場に近づくと、長が広場の方から走ってくる。

「巫女さま!!ご、ごぶじで……!は、その子は……??」

コトワは、長を無視するように、横を通り過ぎ広場へ向かう。

そのあとを追いながら、戸惑う長に振り向きながらくれんは言った。

「この子が、コトワ。死なずの巫女」

二人は社の裏に回ると、舞台の上で神木を向いた。

社のかげで、長と、騒ぎを聞きつけた村衆数人が、興味深げに二人を見つめている。

「竜のひげ、か。……なつかしいものじゃ」

コトワはそういうと、手にした竿の布を解き始める。

その布の中から出てきたものは、その少女の姿には似つかわしくない、大きな刀だった。

柄と刃の長さが同じように取られた両刃の刀──髭切。武官の持つ片刃のものとは違う、古式なものだ。

その刃先はわずかに残る夕日の光を受け、鈍く輝いている。

コトワは、その刀を肩に担ぐと、舞台を横切り、神木の根元に立った。

「これは、これは……」

コトワは、そうつぶやき、しばらく神木と、きつく巻き付いた竜のひげを眺めていた。

やがて、コトワはその小さな体で刀を大きく構えると、目を閉じ、息を深く吐いた。

大きく息を吸い込むと共に、両目を大きく見開き

「えいやっ!!」

と、一閃。

刀から鋭い光が瞬いた、と思うと同時に、神木に巻き付いた竜のひげが、ばらばら、ばらばらと音を立て砕け散った。

そして、その破片も、まるで美しい花びらのように、あわい光を纏いながら、ひらひらと舞い散った。

コトワは、その光景を、静かに見つめる。その瞳にはどこか懐かしむような、少し悲しいような光が宿っていた。


翌日。

祭りが、盛大に始まった。

枯れかけていた神木は、不思議なことに一晩で生き生きとよみがえり、青々とした葉が茂っている。

高い空を突き抜けるように響く太鼓の響きと、笛の音。

その音に合わせ、舞台の上で、舞い踊る巫女。

長い袖が翻るたび、陽光を浴びてきらきらと輝き、金飾りが、ちり、と涼やかな音を立てる。

あの眠たげな様子からは想像もできないほどに華憐で、そして見る者を引き込む優美さに、村人たちは、息を飲む。

空は抜けるように青く、高く。池は、その青さを映し、どこまでも深く。


社のかげから、少女がその舞を眺めている。

口元に浮かんだのは、呆れと、そしてほんの少しの懐かしさが入り混じったような、柔らかな、笑みだった。

彼女は、その舞を最後まで見ることもなく、ふい、と、踵を返し、森へと続く小道を、歩き去っていった。



挿絵(By みてみん)

~二殿の報告書~

荒唐無稽な報告である。

あさめ様へ要確認。

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