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【もちもち肉まんと、看板むすめ】

今日も元気なまるやのむすめ

あたまの上にはおだんごふたつ

ぴかぴかひかる串さした

かんばんむすめのまちちゃんさ

神織(かみおり)の宮。その長い廊下を、一人の巫女が、長い、長い袖を引きずりながら、這うように歩を進めている。

一宮(いちのみや)のくれん。

いつもは眠そうにしている目を、爛々(らんらん)と光らせながら進む姿には、鬼気迫るものがあった。

「たべたい…、たべたい…、『にくまん』が、たべたい…」

うわごとのように、繰り返す。

全ては、あの『九宮(くぐう)』、コトワに端を発する。


晴れて『九宮』となったコトワは、これ幸いと、自分の庵から様々なものを持ち込んでいた。

得体のしれぬ獣の頭骨、カビの生えたような革張りの書物、吊るし乾燥させた薬草類、そしてお気に入りの裁縫道具。

あてがわれた九宮の部屋は、あっという間に異質な万屋と化した。

そんな宮の中でも異彩を放つ一画を、何が気に入ったのか、くれんは頻繁に訪れている。

そんなある日のこと。

眼鏡をかけ、古い、古い書物を広げるコトワが、寝椅子に寝転がるくれんに、珍しく面白そうに話しかけた。

それは、その書物に描かれた、『にくまん』という不思議な食べ物の話。

「なんでものう、ふわふわの、あたたかい皮のなかに、じゅわあ、と、肉のしるがあふれる、それはそれは、うまいものらしいぞ」

コトワが面白半分に伝えたその物語に、くれんはすっかり心奪われてしまった。

いてもたってもいられなくなったくれんは、宮の門を抜け、甘味処「まるや」へと駆け込んだ。


「まち! にくまんを、つくって!」

「へ? にく、まん…? なんですか、そりゃあ」

開店準備をまさに終えたところであったまちへ、くれんはコトワの話を懸命に説明する。

「ふわふわで、あつあつで、なかに、お肉が、じゅわあ、って…」

「うーん…、さっぱり、わかりません!」

腕を組み頭をひねる、まち。

見たことも聞いたこともない料理を、この一宮の説明から作り上げることなど、おおよそできる気がしない。

しかし……。

普段はぼーっと何を考えているのか分からないこの一宮の巫女が、ここまで目を輝かせてお願いしている……。そして、この「まるや」の看板娘として、一人のお客の『食べたい!』に応えられないなんて……。

「…わかりました! やってやろうじゃありませんか!」

まちは、ぽん、と胸を叩く。

「そのかわり、くれん様にも、てつだっていただきますよ!」

「…え、わたしが?」

「あたりまえです! さあ、いくぞー!」

まちは、一宮の白い長い長い袖を引っ張ると、一目散に店の外へ飛び出した。

目指す先は、町の市場である。


「ふわふわの皮、ねえ…」

日も高くなりはじめ、賑わいの少し落ち着いた市場を歩き回りながら、唸り続ける。

後ろからは、くれんが物珍しそうに左右を見渡しながらついてくる。

そして、その一宮様の姿を遠巻きに見つめる町の人々。

勢いで連れてきてしまったが、なにやら異様に目立ってしまった。

お店で団子でも食べていてもらった方がよかっただろうか。

「……そうだ! うちのお団子をつかってみよう!」

まるや自慢の、もちもちのお団子。あれなら、なにか、いいものができるかもしれない。

天才的なひらめきに一人にやけながら、そのほかの材料を考える。

「お肉は、やっぱり、角鹿(つのが)の肉が、いちばんよね!」

二人は、一番いい角鹿の肉を求めて、市場の中をさまよう。

途中で、甘い木の実もたくさん買い込み、その籠をくれんに持たせる。

くれんは籠の中の果物に目を輝かせながらも、おとなしくついてきた。

あった、角鹿の肉。でも普段見かけるよりも少ないようだ。

「おじさん、こんにちは!角鹿の肉は、今日はもうこれだけ?」

「悪いねえ、まちちゃん。これだけなんだよ」

「じゃあ、残ってるお肉、全部ください!」

まちは、残った角鹿の肉を買い占めると、用意していた籠に詰め込んだ。

これだけあれば、何か形にはできるだろう。

「最近、西の山道で(マガ)イモノが出るってんで、猟師仲間がみんな怖がっちまってね…」

西の禍イモノ、うわさは耳にしていたが、こんな影響が出てくるとは。

「大変なんですねぇ…お肉屋さんも、気を付けてくださいね!」

そう言って肉屋を後にし、はやるくれんを押さえつけながら、店へと戻った。


戦いは、厨房で始まった。

鉄なべに油を垂らす。

ここでは火加減が命だ。

火にくべた薪を左右にかき分けながら、鉄なべに敷いた油とにらみ合う。

毎日、餡に火を入れる真剣な父の横顔を思い出す。

厚く、厚く切った角鹿を肉に、塩や香草をなじませ、熱した鉄なべに、そっと入れる。

油のはじける音を立て、滑り込む角鹿の肉。

『じゅわぁ、という肉汁』これを出すためには、火を通した後、その肉汁を閉じ込める。

肉に火が通るまでに、あまい木の実をすりつぶし、まるやの自慢である南部産の糖と合わせて、もう一方の鍋で蜜を作る。

鉄なべからは、じゅうじゅう、と音が立ちはじめる。

香ばしく焼ける肉の香りが、厨房いっぱいに広がる。

こんがりと焼き色がついた肉を、手早くひっくり返す。

鍋のふちをうまく使い、側面にも軽く火を通していく。

いい感じだ。

裏面もきれいに焼き上げると、鉄なべから慎重に引き上げ、少し寝かせる。

木の実の蜜も、ふつふつと泡立ち、甘い香りが立ち上がってくる。

寝かせた肉の塊に、甘い木の実の蜜を、たっぷりと、絡ませた。

そして、まるや特製の団子生地、これでこの肉を丸ごと、やさしく、やさしく包み込む。

それを、中身が溢れぬよう丁寧に、網の上でこんがりと、香ばしい色がつくまで、もう一度焼き上げる。

表面がぱつんと張り、美しいきつね色になったのを見計らって、まちが皿へと乗せた。

「さあ、できました! これが、まるや特製、『にくまん』です!」

ほかほかと湯気のたつ、大きなお団子のような、不思議な食べものが、皿の上に乗っている。


くれんは、ごくり、と喉を鳴らし、おそるおそる、その塊に一口、かじりついた。

もぐ、もぐもぐもぐ

その様子を、固唾をのんで見守るまち。

「ど、どうですかい!?」

くれんは何も答えず、もう一口。

もぐ、もぐもぐもぐ

もう、一口。

もぐ、もぐもぐもぐ

そして、ついにその重い口を開いた。

「これが、にくまん……? ふわふわ、じゃなくて、もちもち、してる……」

「そりゃあ、わかりませんよー! これが、あたしの、げんかいです!」

まちは、両手を投げ出し、やけっぱちで叫んだ。

しかし、くれんはまた、一口、二口と、夢中で食べ進めている。

香ばしい団子のもちもちとした歯ごたえ。

その中からあふれ出す、角鹿の肉の、じゅわっとしたうまみ。

そして、あまい木の実の蜜が、あまじょっぱく、口いっぱいに広がる。

「……おいしい」

くれんがつぶやく。

「もっと、たべたい」


翌日、まるやの店先に立つまちは、大きな声を上げていた。

「まるやの新名物!もちもち肉まん!ぜひ、おひとつ、お試しあれ!!」

その、あまじょっぱい味わいは、たちまち宮中でも噂になる。

宮勤めの役人達も、お忍びの巫女たちも、昼時となるとこの「もちもち肉まん」を食べに来るようになった。

いやあ、くれん様のおかげで、あたらしい名物ができちまった!

こりゃあ、いいだんなさんさがしにも、はずみがつくなあ!

まちは店先で声を上げながら、にやり、と笑みを浮かべる。

「もちもち肉まん、持ち帰ることはできませんか……?」

と、いう声で現実に引き戻された。

見るといつぞやお疲れだった眼鏡の巫女様。

「すみません、巫女様、こいつは冷めると硬くなっちまうんで……」

巫女は、右手の中指で眼鏡を抑え、渋い顔をしながら言う。

「九宮様の言いつけなのです……。私なら、『熱々を持ってこれるだろう』と……」

「それは、どういう……?」

巫女は首から下げた、何やら小さな四角い飾りを掲げながら答えた。

「私の『神器(じんぎ)』……封神匣(ふうしんこう)、というのですが。温かいものを、温かいままにしておくことができるのです。あの人は、なんでもお見通しですね……」

巫女様の神器、普段はあまり耳にしないお宝に、思わず目を見開く、まち。

「そいつは便利ですねえ!お茶もお団子もいつでもあちあちだあ!」

「それしかできない、目立たない地味な力です」

例の九宮様、たってのお願いであれば、と、眼鏡の巫女に「もちもち肉まん」を包んで渡す。

巫女は大事そうに両手で抱え込むと、ひとつ頭を下げて立ち去った。

新しい宮様に、新しい名物『もちもち肉まん』。

これは、三階建てのお店の夢も遠くないかも!

そうほくそ笑むと、また往来に向けて声を上げるのであった。

「もちもち肉まん!ぜひ、おひとつ、お試しあれ!!」

~二殿の報告書~

昨夜、酒場にて雨月すい様に遭遇。

九宮に勧められ、初めて来た様子だった。

お嬢様には場違いな。

九宮より依頼を受けまるやへ行く。

九宮は、私の神器の力は把握されているよう。

どこまで神織を知っているのか踏み込むべきか。

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