表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/49

【九宮誕生】

むくりと体を起こす。伸びながら大きなあくびをひとつ。

窓から外をのぞくと、空は明るくなってきたが、まだ鳥も鳴いていない。

寝台から足を降ろすと、床にりふぁが転がっていた。

踏みつけぬよう、またいで寝室を抜ける。

昨日からまだ替えられていない、甕のぬるい水。洗面台で目ヤニの付いた顔を洗う。

しょぼしょぼしていた眼が、少しはしゃっきりしたか。

今日の朝餉(あさげ)は何だろうか。まあ、またどうせ菜粥(ながゆ)辺りだろう。

人のことを老人か何かだと思っているのだ。

宮に来てから、肉などほんのかけら程度しか口にしていない。

たまには角鹿(つのが)の肉の塊など出してもよかろうものを。

柔らかな食感を思い出して思わずよだれが出る。

朝から余計な想像をしてしまった。

昨夜は、りふぁにせがまれて、ついつい昔の話をしてしまった。

少し熱が入りすぎたきらいがある。まだまだわたくしも青いな。

一人反省する。

さて、と再び大きく伸びをする。

朝餉までも、まだ時がありそうだ。

こう早く起きたとて、散歩にも行かせてもらえぬようでは。

今も部屋の入口に立っているであろう武官に少し同情する。

外で鳥の鳴き声が聞こえてきた。


朝餉の菜粥を流し込む。

膳を下げに来た文官が、何か言いたげに立っている。

目線を向けると、おずおずと話し出した。

「ほ、本日は、宮の『九宮(くぐう)』様として任じられます式典がございます」

すでに聞いてはいた。

ご大層に、わざわざ、特別に、わたくしの為に、用意された席らしい。

「案内の者が参りますので、それまでお待ちください」

あくびを嚙み殺しながら、片手を上げて応えた。

文官が退出すると、眠気がやってきた。

二度寝は、しあわせ。

しかし、いつ、その案内とやらが来るか分からぬようでは、その楽しみも中断されかねない。

りふぁは、なにやらあちらへ行ったりこちらへ来たり忙しそうだ。

昼までは、あさめから差し入れられた、あたりさわりのない書物を読んで過ごした。

門前町の民を記録した一編である。

特別な感想は浮かばぬが、書き留めた者の癖が出過ぎているのが気に入らなかった。

本日は室外が慌ただしい。巫女や文官が左右に行き交っている。


昼の鐘が鳴る。

それとともに、なにやらぞろぞろと巫女たちが部屋に入ってきた。

「お着換えの支度に参りました」

お着換えの合間にお食べください、と、堅く焼いた薄い餅をのせた盆が卓上に置かれた。

なんと、まあ、大げさな。

餅をかじりながら、されるがままに立っている。

やれ、この紐がどうの、帯がどうの。これは、自分では着られぬな。

そして、仕上げに長い、長い袖に手を通す。

「この袖は、何とかならぬのか」

不満を言うが、(みや)様のお着物ですので、と返されるだけだった。

「まったく、いつまでこんなことを……わたくしの頃は……」

と言いかけたが、やめた。この子たちに言ったところで仕方がない。

化粧から何から済ませると、またぞろぞろと立ち去っていく。

残った巫女が最後にこちらに向けて言った。

神器(じんぎ)髭切(ひげきり)を、お預かりします」

「ほう?」

「のちの式典にて、授与されることとなります」

なにやら、面倒くさいことを考えているようだ。

ここまで来て抵抗するのも余計に面倒だ、こやつらの為す様を見てみるか。

おとなしく壁に立てかけてあった髭切を渡す。

天津常世裂帛(あまつとこよさきはた)……それがこの神器の名じゃ」

素直に渡すのも癪だ。せっかくだから教えてやることにした。

「あ、天津……」

目を丸くして驚いている。

うやうやしく髭切を抱え込むと、礼をして立ち去っていった。

ふと横を見ると、りふぁが隣の部屋から目を丸くしてこちらを覗いていた。

どうじゃ、この晴れ姿。何か言ってみい。

「もこもこですね、コトワ様!」

うむ……。


眼鏡の巫女に連れられ、廊下に立ち並ぶ役人たちの間を抜け、神殿という部屋の前まできた。

締め切られた、鋲が打たれたぶ厚い扉。

このようなところでも人を威嚇せねば気が済まぬようだ。

両開きのその扉を、二人の巫女が、ゆっくりと手前に引き、開けていく。

その室内からあふれる、まばゆいきらめきに、思わず目を細める。


天井から吊るされる燭台の、爛々と輝く溢れんばかりの炎のきらめきを、燭台から垂れる重厚な金の飾りが鮮やかに返し、きらり、きらりと瞬いている。

部屋の中央には低い舞台があり、手前側に小さな腰掛が据えられている。

あれがわたくしの席。

左右に並み居る文官武官の高官たちの間を、長い長い袖を引きずりながら歩く。

一番前にいる色の違う衣をまとう五人。

あれが、例の五家、か……。

紅染めの腰巻のされた舞台に上がると、正面にはあさめが迎え、座るよう促された。

あさめの背後には朱塗りされた豪勢な五段の祭壇。

そこにはこまごまとした神饌やら草花、そして髭切が祀られている。

そして、最上段の中央。

懐かしさに、思わず頬が緩んだ。

天津天鑑(あまつあめのかがみ)……。

『巫女』を『見抜く』神器。いや、それ以上に……。

左右をゆっくり見渡す。

このようなハリボテの中にも、『本物』は変わらずそこに在る、か。

あさめが動き出し、儀式がはじめられた。

背を向け祭壇に向かい、なにやらこれからもらい受けるという『九宮』がいかにエラいかを謡いあげている。

今日のために書き下ろしたのだろう。ご苦労なことだ。

舞台のそで、祭壇に最も近い席に腰かけている、あの村で出会った一宮、くれんと目が合った。

手を振られた。

大バカ者。


あさめは、言葉を謡いあげ終わると、静かに祭壇に進み、両手で髭切を持ち上げる。

その姿勢のまま、戻ってくると、こちらの方へ向き直った。

頷かれ合図が出される。

立ち上がり、無遠慮にあさめに近づいた。

これを受け取れば、この儀式とやらも終わるのだろう。

あえてうやうやしく、両手で髭切を受け取る。

髭切──神器、天津常世裂帛(あまつとこよさきはた)

あさめは、左手を上げて、席に戻るよう促した。

踵を返し、席へ向かう、が。

このままされるがままというのも、面白くない。

舞台の中央で足を止める。

祭壇に向き直ると、両手で神器を掲げる。

あさめが目を開き慌てたような顔をした。

舞台のそでに座っていた眼鏡の巫女が腰掛から立ち上がりかける。

そこで、見ているがよい。


舞。

神へ納める。聖なる舞。

長い、長い袖を翻す。室内の明かりを照り返し、光が生まれる。

神器と、一体となる。

ダン、と足踏みを一つ。

首から下げられた、金の飾りが跳ね、しゃん、と音を立てる。

布が擦れる音、そしてもう一つ、足踏み。

神器を床に立て、それを軸に、回転。

袖が、裾が翻る。

指先まで、芯を通し、しなやかに。

ゆっくりと、天から地へ。

軽やかに、神器を回す。

回転。集約。

片手で構え、回転。

並み居る者たちへ神威を、示す。

もう一度、うやうやしく神器を掲げ、舞を終える。


目を見開いたまま動けずにいるあさめに向かう。

「これでよいかの?」

彼女は何も言えずにいた。

返事は待たずに踵を返し、静寂が包む神殿を横切り入口へ向かう。

どうじゃ、何も言えまい。

振り返らずに重い扉を押し開き、外へ出る。

緑の香りがする新鮮な空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。

~二殿の報告書~

本日、九宮就任の式典。

概ね滞りなく進むも、終盤にて急遽九宮による舞の奉納が行われる。

そのため、終盤は全て取りやめ。

少々の混乱が起こるも、あさめ様が収拾をつけられた。

晴れて新たな宮号ができたが、式典の実施については問題が残った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ