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【コトワとすいのあの世探訪 三】

「その二股の化け物とやら、わたくしたちが討伐してみせよう」

コトワの言葉に、思わず眉が跳ね上がる、すい。

しかし、内心を気取られぬようすぐに奥歯をかみしめる。

対するあの世族を代表するであろう男は、コトワの提案にすぐには返事をしない。

乾いた草の匂いがする室内で、すいは、知らず握りしめた拳の爪が、掌に食い込むのを感じていた。

「なにを、企んでおる」

「なにも企んではおらぬよ」

コトワは嘯くように続ける

「困りごとが解決すれば案内してもらえるのじゃろう?」

男は膝を揺らし、苛立たしげな様子を隠そうともしない。

「そうは言っておらぬ、話が通じぬのか。おぬしらに何の得がある」

「おぬしらには何の損もあるまい?我らは、強いぞ?」

男は答えない。額に手を当てると、小さな明かりに照らされている床を見つめている。

やがて、何か、確かめるように、ゆっくりと聞いた。

「……おぬし、我らのことを知っておるのか?」

コトワの右の眉が微かに上がる。

「そうじゃのう。おぬしらの、先祖のことは知っておるかもしれんな」

先祖……?

「……我々には、言い伝えがある。不死の巫女に破れ、この地へ追われた、と」

あの世族たちの、言い伝え。そして、不死の巫女。

「そのなり、その言葉、そしてその態度。おぬしが、不死の巫女、か?」

男は、額に当てた手を降ろしながら今度ははっきりとコトワに顔を向けて問う。

「……さて、そんなこともあったかのう?」

コトワはハッキリとは答えない。この人はそういう人だ。

二人の目線がぶつかり合う。

明かりがチリチリと音を立てる。

沈黙。

やがて、男は目線を外しながら言った。

「まぁ、どちらでもよい、か。確かにおぬしの言う通り我らに損はない。倒せるというのであれば倒してみるがよい」

「案内の件は?」

コトワが聞くと、男は吐き捨てるように答える。

「そんなことは無事に帰ってきてから言うんだな」

コトワは肩をすくめると、諦めるように言った。

「しかたあるまい。では、我らの刀を返してもらおう」

このやり取り、この二人ただものではない。今の応酬にどれだけの力の押し合いがあったか。

すい、はただ固唾をのんで立ちすくむことしかできなかった。


男はすぐには刀は渡さず、大きな声を上げて外にいたであろう仲間を呼んだ。

恐る恐る入ってきた仲間に、小声で何かを伝えると、その者は慌てて部屋を立ち去った。

男は立ち上がり、すい達の刀を取り上げると、その場でこちらに突き出した。

すいは恐る恐る近づき、2本の刀を受け取る。

その重さが、これまでの緊張を和らげる。しかし、気は抜けない。

すいは黙ってコトワに神器(じんぎ)髭切(ひげきり)を手渡す。

コトワは満足そうに受け取ると男に問う。

「して、その二股の化け物はどこに?」

「少し待て、案内させる」

男はいまいましそうに言い捨てた。


やがて、部屋の外から声がかかる。

(おさ)、連れてきました」

すいが振り向くと、入口に立っているものの影が見える。

先ほどの者、と、もう一人。

小さい。子供、か……?

おずおずと部屋の中へ進んでくる。コトワと同じ背丈だろうか。

大人たちと同じように赤味を帯びた肌、そして、まだ小さいが額には二本の角。

「りふぁ、という」

長は、ゆっくりと話だした。

「この子の一家が、偶然化け物の巣をみつけてしまった。そして、この子だけが、こうして帰ってきたのだ」

長の声は、低く、小さい。

長はコトワとすいの間を通り抜け、りふぁ、と呼ばれた子供の前にしゃがみこむ。

「りふぁ、この者たちをお主が見たという化物の巣まで、案内できるか」

子供は、微かに震えながら、しかし確かに頭を下げ、頷いた。

「なに、近くまででよいのだ。後はこの者たちがやってくれよう」

先ほどとは打って変わって、優しい響きが含まれている。

あの世族、異形の者。すいは天井を見上げた。


先を行く、りふぁの小さい背中を見つめながら、ゆっくりと歩を進める。

先ほどから横を歩くコトワに、話しかけようとしては、ためらっている。

確認したいことが多すぎてまとまらないまま、声をかけた。

「コトワ様……」

「なんじゃ?」

「化け物とは、一体……?」

それだけを問うことができた。

「わたくしが知る頃には、聞いたことはないのう。あちらに出る(マガ)イモノ程度のモノではなさそうじゃな」

軽々しく言う。

「正体も分からぬうちから、討伐する、と?」

すいが聞くと、コトワは目を細めながら答えた。

「正体が分からねば、戦えぬか?神織(かみおり)の武官どの」

挑発だ。

すいは、その挑発には素直に乗らず、正論で答える。

「敵を知ることは戦いのうちですので……」

「正しいことを言うのう。残念ながら此度はその点では負けておる」

コトワは目を細めたままつまらなそうに言う。

「まあいざというときは任せておけ」

それだけ言うと、話は終わりだという風に、遠くできらめく天の煙を見つめた。


背の丈を越える巨大な赤黒い岩が、あたり一帯にゴロゴロとしている。

そのひと際大きな岩の、小さな隙間の前で、りふぁが立ち止まり、こちらを振り返る。

「この先、です……この隙間を進んだ先に、赤苔(あかごけ)の、畑があって、その先に……」

りふぁはおずおずとすいを見上げながら言った。

「ご苦労。ここまででよいぞ。進めば分かろう」

コトワが岩場の隙間を覗き込みながら言った。

すいは、岩場に引っかからぬよう、背に負った刀を降ろし手に持つ。

それを見たコトワも、背中の髭切を降ろすと、包んでいた布を解いた。

その刃が持つ鈍い光が輝く。

いよいよ、この人の戦いを見ることができるのか。

すいは唾を飲み込む。

「では、行くぞ」

すいは、姿勢を正しゆっくり頷いた。


狭い岩場を潜り抜ける。

曲がりくねる道はその先が見えない。

天然の要害か。縄張りの重要性を説いた、あの世族の長の言葉を思い出す。

巨大な岩の間を抜けると、赤茶けた苔のむした岩場が広がっている。

異常はすぐに目に入る。

巨大な、おそらく赤毛牛の引く車より大きい、ナニかが這いずった跡。

奥の林へ続いている。あちらか……。

苔地帯を抜けると、コトワは姿勢を低くして林へ入っていく。

周囲を見渡しながら、すいも続く。

しかしすぐにコトワがぴたり、と止まる。

微かな、振動。

林の奥、草葉のこすれる、音。

「さがれ!!」

前を行くコトワが叫ぶ。一足飛びに後方へ立ち退く。

空気を割くような音が聞こえた、と同時に響く轟音がそれをかき消す。

目の前には、巨大な、頭?

「引くぞ!林の外だ!」

コトワの号令。ためらわず背を向け来た道を駆け抜ける。

林を抜け迎え撃つ。足場は悪いが、林の中よりはましだ。

敵はすぐには姿を見せぬ。

足元に響く振動、そして林の木々をメキメキと音を立て倒しながら、先ほどの巨大な頭がゆっくりと姿を見せる。

目が、合った。

心音が高鳴る。

巨大な蛇、か?鼻孔をひくつかせている。閉じた口先から太い舌が生々しく飛び出す。

コトワなど丸のみされそうな、その大きさ。

布のこすれるような音をさせながら、ゆっくりとその頭が持ち上がる。

にらみ合う、かと思いきや、地に響く音を立ててその脇からもう一つ巨大な頭が林から飛び出てきた。

二体……!いや!

新たな頭も先の頭と同様に舌を出しながらゆっくりと上方へ上がっていく。

同時に響く木々の倒れる音。

林の切れ目で、ようやくその全容が伺えた。

二股の、化け物。

丸太を束ねたような巨大な胴から伸びた二本の首。

「来るぞ!」

コトワの叫びと共に空を切って巨大な頭が飛び込んでくる。

両手で刀を構えその突進を受け止める。

「ぐっ!」

その衝撃はこれまでにない重さで両腕に響く。

体が宙に浮く。

膝を曲げ、倒れぬように地を滑り着地する。

と同時に後ろの足を踏み込み、前進に転じる。

踏み込みに合わせ左から切り付ける、が空振り。

突っ込んできた頭はもう下がっている。一つの動きが大きい。

「やるではないか。そのまま引き付けておけ!」

もう一方の頭と対峙したコトワは、視線を外さない。

再び首をもたげようと化け物の頭がゆっくりと持ち上がっていく。

今!

一息に二歩、弧を描くように踏み切り、懐に入り込む勢いのまま大きく切り付ける。

想定以上の手ごたえに気圧されながらも、止まらず駆け抜け距離をとる。

ズズン、という音を轟かせ、寸前まで立っていた空間に巨大な頭が突っ込んでいた。

足を止めてはならぬ。瞬発力はやはり野良のイキモノだ。

コトワから離れるように距離をとる。

再び突進が来るか、と思いきや、その頭が後ろに引いた。

と同時にひびく轟音。

反対側のコトワに向かって突っ込んだらしい。

二つの頭、こういうことか。

こちらの刃、届いてはいるが致命には届かない。

再びこちらに突進、思っているよりも大きく、右に飛び躱す、と共に下から上へ、刀を回す勢いで切り上げる。

地響きと共に、土埃と赤い血が跳ねる。

二度の切り付けではびくともしない。

丸太を断ち切るようなものだ。気が遠くなる思いがする。

二つの頭は、こちらと向こうと、交互に攻撃を仕掛けているようだ。

その動きは徐々に入り乱れた激しいものとなる。

何度目かの斬りつけも、その表面を削るだけにとどまった。

化け物は再び両の頭の鎌首をもたげ、攻撃態勢に入る。

「すい、といったな、武官。」

「は、はい…!」

突然の呼びかけに戸惑った。

「よく見ておくがよい。神織には失われた力」

コトワは、数歩、敵に近づく。

「『神気(シンキ)』を纏いて『神器(ジンギ)』を振るう、これを『神技(シンギ)』という」

神器であるという髭切を構えたコトワは、息を整え目を見開く。

コトワの黒い目が、一瞬、金を帯びて輝く。

「ふんっ!!!」

渾身のひと振り。刀のきらめきが弧を描く。

と、同時に、音もたてずに、二つの頭がゴロリと、外れる。

その断面は鏡のように滑らかだ。

ドサリと音を立てて頭が落ちると、その切断面から血があふれ出した。

何が、起きた?

目を見開いたまま動けない。

鼓動が高まったまま、戻りそうになかった。

~二殿の報告書~

本日はひたすらに書類整理。

武官詰所へ武官関連書類を持ち込んだ際に抗議。

武官事務官不在のため、後日改めて訪問予定。

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