【コトワとすいのあの世探訪 二】
突如響き渡った怒声。
すいは、対応を決めかねるようにコトワを見た。
コトワはにやにやと笑みを浮かべながら、すいの方を向いた。
「さて、我々は、なにものか?」
この状況で、なにをふざけているのか……!
「何者か!!」
再び林から声が響く。
「神織の、雨月すいである!!」
コトワのことは即座に諦め、腹の下に力をいれ、声を張った。
林の奥から、再び音を立てて、何者かが近づいてくる。
数は……三。
焚火の火に照らされた木々の影は濃く、未だ姿は見えない。
しばしの沈黙。やがて
「かみ、おりぃ……?」
野太い声を響かせながら、丸太のような足が、木々の影から、ぬっと出る。
大きい……。
焚火の火に照らされようやくその姿を現した。
赤味がかった肌に質素な服、その手には、獲物が握られている。
斬るものではなく、叩きつぶすようなものだ。
獣のようなにおい。
そして、いかめしい顔と、額に二本の角。
その一人をはさむように、左右にも一人ずつ、のっそりと姿を現す。
すいは油断なく三人を目線だけで見比べる。
二対三か……分断できれば切り抜けられよう。
焚火に照らされた横顔が熱い。
木々が邪魔だ。林から一歩出たところで、右からしとめる。
右の者が、なにか見慣れぬものを見る様子で、一歩、前に出る。
「なんだぁ?よそもんかぁ?」
この者もやはり右手には獲物。中央の者の物よりは小ぶりか。
あと、三歩、か。
後ろに引いた足にわずかに力を入れる。
そこに突然、ガランッという音が響き、思わず音の方へと顔を向けた。
コトワである。
何を思ったか、彼女はまだ布に包まれている神器髭切を、足元に放り出し、両手を上げているではないか。
「なにを!?」
「降参じゃ、降参。ほれ」
異形の者たちとて、一合も合わさぬうちから、降参……?
それほどまでの力の差、なのか?
いつの間にか三人は林から抜け、間合いが詰められている。
その表情は未だ険しく、すいを警戒し、囲うように立っている。
「お主も、はようせんか」
コトワから声がかかる。
私は……この、刀は……そう簡単に手放すわけには、いかない。
一歩、下がる。
しかし……。
厳しい父の横顔が脳裏をよぎる。その父とすいをつなぐ唯一の、刀。
いくつもの声が、思考が、頭の中で渦を巻く。
一人で三人、やれなくはない、が。
コトワに従い、構えを解くと、かがみこんで静かに刀を地に置いた。
指が離れる瞬間、初めてこの世界で一人になったような、そんな錯覚を覚える。
すいが刀を置くと、三人の異形の者たちは明らかに警戒をゆるめた。
真ん中の者が獲物を掲げ左右に振る。合図か?
林からギャアギャアと声を立てる怪鳥が飛び立つ、とともに、ガサガサガサ、と音を立て、林の奥からさらに四人が姿を現す。
コトワは、これに気づいて……?そんな思考すら、吹き飛んだ。
自分の判断力の甘さに対する、純粋な武人としての悔しさが、何よりも先に、心を焼いた。
先ほど合図を出していた者が中心だろうか。
すいとコトワの刀はすぐに拾い上げられる。
異形の者たちは、簡単に話し合うと、すいとコトワを囲い込み、追い立てるように歩き出した。
いったいどこへ連れていかれるのか、不安にあたりを窺うすいとは対照的に、コトワはどこか堂々とした態度である。
やがてたどり着いたのは、大きな集落だった。
木で組まれた家にほし草を敷いた屋根。どこからか響く金物を叩く音。
暮らしぶりはこの世の家々とさほど変わらないように見える。
女子供たちが、物陰から珍しいものを見るようにこちらを見ている。
こうして集落へ来てみると、すい達を襲った者たちは特に大柄な者たちだったことが分かる。
前を歩く男の足元に、どこからか小さな子供が駆け寄ってきた。
男は、周りにはばかるように抱き寄せるが、左右を見渡し、目のあった女に子供を下げるよう合図すると、女が駆け寄り、強引に子を引きはがし連れていく。
黙って歩いていると、小さな小屋の中に追い立てられた。
コトワとすいが中に入れられると、入口は大きな音を立てて閉められ、錠をおろす音が響いた。
湿った土と、獣の皮をなめしたような匂いが鼻をついた。
狭い掘立小屋の薄暗がりの中に沈黙が響く。
すいは頭を振りながら周囲を見渡すが、武器になりそうなものは、見える範囲には、ない。
意を決して、ひそやかな声で、コトワに声をかける。
「コトワ様……あの者たちはいったい……」
「あの世族、と呼んでおったな」
コトワの声は平生と変わらず、無遠慮だ。
外に見張りがいれば聞かれるかもしれない、すいは思わず入口を見る。
コトワはそのまま続ける。
「出会えればよい、程度に思っておったが、運がよかったの」
どういうことだ……?聞いてもおそらく素直には答えが来るまい。
外の反応がないことを確かめると、すいは別のことを聞いた。
「四人が伏せていたこと、お気づきだったのですね」
「いいや?思ったより多かったのう」
コトワはこともなげに答える。
この人は……食えない人だ……。
コトワの超越的な態度、むしろ少し肩の力が抜けてしまう。
ガタガタと音を立てて戸が開けられ、再び追い立てられて外へでる。
そして一軒の立派な家の前まで連れられてきた。
背中をつつかれ、中へ入るよう促される。
すいは左右を見渡し、息を飲み込み、おそるおそる進んだ。
薄暗い屋内。その奥の一段上がったところでは小さな火の明かりが灯されている。
その明かりの脇に腰を下ろした男が、こちらをじろりとにらむ。
片膝を立て座る、大柄な男。右手の後方には我々の刀が並べて立てかけられている。
案内の者は、そそくさと部屋を出ていった。
すいは半身の姿勢でその男が出ていくのを見つめる。
コトワは物怖じをせず正面の男と向き合っていた。
男は嘗め回すように二人を見つめると口を開いた。
「おぬしたちは、なにものか」
その声は低く、威圧の響きをはらんでいる。
すいが答えかねていると、コトワが静かに答えた。
「あちら側より来たものじゃ。少し訪ねたいことがあっての」
「あちら側……?おぬしら、あの『裂け目』を越えてきたと、いうのか」
「いかにも。少し肝は冷やしたがの」
コトワの様子からはそんな様子は見えなかったが……。
すいは二人のやり取りを固唾をのんで見守る。
「して、訪ねたいこと、とは?」
「『血の花』……。血の花の咲く池を知らぬか?」
男は、しばし考え込むと、ゆっくりと答える。
「もちろん、知ってはいる、が……生半にはたどり着けぬ道ぞ」
「そこへ我らを案内してもらえぬか」
男は、目の前の小娘の胆力を測るように、据わった目で問い返した。
「何が目的か」
「なに、そんなに大層な話ではない。物見遊山じゃ」
物見遊山……?コトワのことがますます分からなくなる。
男はしばし目を閉じ、眉間を指で数回揉んだ。
「こちらは、お主たちにかかずらっている暇はないのだ」
言いながら目を開けると、これまでにない複雑な表情を浮かべている。
「ほう、なにやらお困りか?」
コトワはどこか楽しそうに答える。
「わたくしたちでよければ力になるが」
男は呆れた顔を見せると、急に立ち上がった。
「よそものを信用できるか。もうよい、血の花の池にでもどこへでも行くがよい」
脇に立てかけた刀をそれぞれ片手で手に取ると、こちらに差し出す。
「まぁまて、話ぐらい聞かせてもよかろう」
コトワはその刀を受け取らず、そう返答した。
一向に動こうとしないコトワとすいを見て、男は観念したのか、ふたたびどっかりと座った。
「話したところでどうにもならん、が……」
男は我々から視線を外しながら、ことのほか静かに話し始めた。
「このところ、村の近辺に、得体のしれぬ二股の化物が現れおって、な。……村の者も、何人もやられておる。おぬしらには分からぬとは思うが、この世は、縄張りでもって成り立っておる。このまま我らの縄張りがあやつに侵されれば、この村を捨てねばならぬ。」
男はそこまで話すと、目を細め一点を見つめていた。
「よろしい」
コトワが、右足を半歩下げると、すいをちらりと見る。
そして、
「その二股の化け物とやら、わたくしたちが討伐してみせよう」
コトワの口角はわずかに上がっている。
~二殿の報告書~
引き続き「不死の巫女の勧誘」について。
文官より「未確認の神器の確保」が主目的との情報を入手。
雨月すいの不在の裏取りができた。
「強奪」としないのは、彼女の良心か。
または別の理由か。