八十九話 あなたがいい
「ん……あれ、私……」
目を開けると、そこには天井があった。横から朝日が差し込んでおり、少し眩しい。
起き上がると、真横に何か気配を感じた。ゆっくりと振り向くと、飛希とバッチリ目が合ってしまう。
「うわぁ!?」
望緒は驚いて声を上げる。その声を聞いて、飛希も肩を跳ねさせて驚いた。
「ご、ごめん。そこまで驚かせるわけじゃなかったんだけど……」
彼は苦笑しながら謝罪をする。続けて、
「もう体調は大丈夫?」
「あ、うん。もう平気だよ。ありがとう。私、もしかして倒れたの……?」
「うん。ビックリしちゃったよ」
彼から聞いた話、八下曰く、慣れない霊力量を使ってしまったから、倒れたのだろうということ。
たしかに、望緒は普段から霊力を使っている訳じゃない。むしろ、今までは練習の身だったのだ。いきなりあのような霊力を使って、体力が持つはずもなかった。
しばらく沈黙が続く。お互い気まずさは感じないが、どこかモジモジとしている様子。
何かを言いたいが切り出せない、そんなところだろうか。
「「あの……!」」
二人の声が重なる。だが、飛希に譲られ、望緒の方が先に話し出した。
「えっと、良かったね。目治って」
「うん、ほんとに。もう一生治らないと思ってたから……」
そう言った彼の顔は、とても穏やかで嬉しそうだった。望緒もそれにつられ、嬉しそうに笑う。
「……あのね、前に目のことを望緒に話した時、僕すごく嬉しかったんだ」
「えぇ? どうしたの、急に」
彼女は小っ恥ずかしさを隠そうと、いつも通りに話そうとしているが、内心のそれがダダ漏れである。
「大体は気持ち悪がるか、もう近づいてくれなくなるか……。とにかく、気持ちのいい反応はしてもらえなかった。僕もそれが当然だって思っていたしね」
目のことを話す時、飛希は何かに怯えているようだったのを、望緒は思い出す。
今思えば、彼女の反応を恐れていたのだ。また、過去の人々と同じ反応をされたらどうしようかと。
それでなくとも、望緒は石火矢で巫女をすることに決まったのだ。もし自分の嫌がる反応をされて、この先どう過ごしていったらいいか、まるでわからない。
「でも、望緒はそういうんじゃなくてさ、まるで軽い話を聞いた時みたいな反応をしてくれたでしょ」
「してくれたって……私はただ……」
どう反応したらいいかわからなかった、ただそれだけ。
同情の言葉を言ったところで、飛希と同じ経験をしたことのない彼女にとっては、心にも無いことを言っているのと同じだ。
だったら、軽く言うしかなかった。
「わからなかったんでしょ? どう言ったらいいか。でも、僕はそれが嬉しかったんだよ。多分、その時から……」
そこで飛希の言葉が詰まる。少しばかり顔を下に向けているから、ちゃんとした表情はわからないが、耳が赤い。
だが、それは望緒も同じであった。
彼女は飛希の手をギュッと、優しく握る。
「……私はいつからかわかんないの。なんて言うか……心当たりがありすぎるのかな。でも、妹って言われた時は、正直嬉しくなくて。その時に、自分の気持ちを理解したって、いうかなんていうか」
初め、望緒はその感情を認めたくなかった。あの時たしかに、飛希は「妹みたいに」と言ったのだ。
初めから恋愛対象として見られていないのなら、叶わない恋などしたくもなかった。
でも、それはただの言葉の綾。
「あの、もし望緒がいいなら……僕とお付き合いしてもらえませんか」
その言葉に望緒は目を見開く。そして、顔をバッとあげて、目の前にいる想い人の顔をじっと見つめ、か細い声で、
「私なんかでいいの……?」
––––親から存在を無いものにされて生きてきた、私なんかで……。
「僕は、望緒がいいんだよ」
優しくて、でもまっすぐな声音で、飛希は言った。それが彼女の心に、キューピットの矢のように刺さる。
そのせいか、頬に雫が一筋流れ落ちた。でもそんなことを気にせず、望緒は飛希に抱きつく。
彼は初め驚いたが、すぐに嬉しそうに、泣きそうな顔で彼女のことを抱きしめた。
◇
「……そろそろ行こうか。みんなも心配してる」
「うん」
部屋で抱きしめ合っていた二人は、外にいる皆に望緒が起きたということを伝えるために、立ち上がった。
襖に手をかけ、廊下に出る––––と、その時。
「……なんでいるの?」
そう言った先には、嬉しそうに泣いている真澄と徳彦の姿があった。
「待って、いつから!? どこから話聞いてたの!」
「望緒ちゃんが『うわあ!?』って叫んだところからぁ」
真澄は涙を溢れさせながら言う。
「ちょ、それ最初からじゃんか!」
「聞かれてたの……はずかしいぃ」
二人は顔を真っ赤にさせる。飛希は怒りながら、望緒は顔を覆って、先程の自分たちのことを思い出しながら。
告白を聞かれることほど恥ずかしいものは無いだろう。それも、両親になど尚更だ。
「もう、最悪……。示しつかないじゃん……」
そんなことを言って、飛希は顔を隠すようにしゃがみこむ。
「いいじゃない? かっこよかったわよ。『僕は望緒がいい』だなんて」
「やめてぇぇ」
母親にイジられる息子の図が面白かったのだろう。徳彦は声を抑えて笑っていた。それを飛希は思い切り睨む。
「でも良かったよ」
睨まれてもなお平常心でいる徳彦の言動に、望緒と飛希は頭にハテナを浮かべた。
「二人にこれほどまで想い合える人が現れて」
言われた二人は、キョトンとした顔を浮かべながら顔を見合わせる。目が合うと、望緒は飛希に思い切り笑いかける。彼もまた、それにつられて口角が上がった。
◇
「そう言えば、みんなどこにいるんですか?」
「外で色々お話してるわよ」
真澄に言われ、望緒たちが屋敷の外に出ると、そこには元気に走り回り、喋っている皆の姿があった。
全員、戦って怪我をしたとは思えないほどの体力である。
望緒が呆然としていると、話をやめ、全員が彼女の方を見た。まず飛び出してきたのは、千夏だ。思い切り抱きつく。
彼女はその反動でよろけるが、足をついてそれを止めた。千夏の小さな手に、強く力がこもるのがわかる。彼女の淡い水色の髪を、サラサラと撫でた。
「望緒!」
千夏に続いて、爽玖や藤花たちも駆け寄ってきた。
「良かったわ、ちゃんと目覚めて」
「おかげさまで、この通りピンピンだよ」
望緒が返すと、爽玖は歯を見せてにっこり笑った。そしてそのままヌルッと飛希の隣へ行き、肩に腕を置く。
「で? 告ったん?」
「なっ……」
小さな声で、ニヤニヤと聞いてくる彼に、飛希は思わず声を上げる。
「いや、別に……。なんか悪い?」
「いやぁ、全く? 飛希くん意外と大胆でちゅねえ」
「ふざけないでくれるかなあ?」
自身の頬をつついてくる爽玖の手首を掴み、やめろという圧をかけるが、あまり彼には効いていなさそうであった。
「あ、ねえそういえば、八下は?」
二人がわちゃわちゃとしている横で、藤花と日向と話していた望緒が、振り返って聞いてきた。
たしかに、先程から彼の姿がない。気配はあるのだが、どこにも見当たらないのだ。
「ああ、八下様なら、あっちで闇戸とおんで」
爽玖に言われ、望緒はその方向を、こっそりと覗いてみる。すると、本当に二人はそこにいた。日の差し込む暖かな場所で、穏やかな表情で。
「おかえり、八下」
「ただいま」
彼女はその会話を聞いて、すぐに覗くのをやめ、皆のいる方へ戻る。二人の邪魔をしないように。
戻ってきた望緒の顔は、酷く嬉しそうだった。
◇
あれから数年の時が経ち、望緒と飛希は八下のいる屋敷へ足を運んでいた。
「やくだりさまー!」
「あ、ちょっと!」
屋敷へと近づき、八下の姿が見えたところで、赤髪の少年が走って彼の元へ向かう。
八下がそれに気づくと、元気の有り余る少年を高く高く抱き上げた。
「司〜、元気か?」
「すっごくげんき!」
黄色の双眸が、三日月のような形をつくりあげた。
満面の笑みで笑う少年につられ、八下も口角を上げる。
「すみません、司が……」
「いいよ。子どもは元気でなんぼだ」
高く抱き上げられた司は、降ろされ、今度は望緒に抱きついた。
「おかあさん、だっこ」
言われると、望緒は自分の息子を抱き上げた。少年は、強く母親にしがみつく。
司は、望緒と飛希、二人の息子である。赤髪黄色目は、石火矢の象徴たるもの。しかし、二人は黒髪だ。つまり、彼は隔世遺伝。
これはもう、奇跡と言って相違ないだろう。
初め、二人の結婚に風宮だけが嫌そうな顔をしていた。しかし、周りが祝福ムードであることや、日向たちが軽蔑の眼差しを向けたことから、渋々納得してくれた。
後に結婚した二人は、司という宝に恵まれたのだ。
「最近どうだ? ちゃんとやれてるか?」
「うん。でも、数年も経てば、巫女の仕事も潮時かな」
望緒は穏やかな表情で、下腹部に手を当てながら言った。八下は少し驚いたような顔をするが、すぐに嬉しそうに笑った。
「そっか」
事件のあと、八下の復活は公に語られた。
最初、村人たちの感情は困惑や疑念にあふれていた。しかし、八下と過ごしていくうちに、それは晴れて言った。
今となっては、神も人も関係のない、そんな平和な関係性を築けるようになっていったのだ。
昔のような––––火夜と同じ結末を終えさせてしまわないように、四家も神も、過去を背負いながら、反省しながら生きていく。
「茶でも入れるからさ、上がっていけよ」
「え、いいの? じゃあ遠慮なく」
そう言って、三人は八下の屋敷へと上がる。
今日も一日、平和に過ごしていくのだ。何の変哲もない、そんな一日を。




