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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第四章 ?
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八十九話 あなたがいい

「ん……あれ、私……」


 目を開けると、そこには天井があった。横から朝日が差し込んでおり、少し眩しい。

 起き上がると、真横に何か気配を感じた。ゆっくりと振り向くと、飛希とバッチリ目が合ってしまう。


「うわぁ!?」


 望緒は驚いて声を上げる。その声を聞いて、飛希も肩を跳ねさせて驚いた。


「ご、ごめん。そこまで驚かせるわけじゃなかったんだけど……」


 彼は苦笑しながら謝罪をする。続けて、


「もう体調は大丈夫?」


「あ、うん。もう平気だよ。ありがとう。私、もしかして倒れたの……?」


「うん。ビックリしちゃったよ」


 彼から聞いた話、八下曰く、慣れない霊力量を使ってしまったから、倒れたのだろうということ。

 たしかに、望緒は普段から霊力を使っている訳じゃない。むしろ、今までは練習の身だったのだ。いきなりあのような霊力を使って、体力が持つはずもなかった。


 しばらく沈黙が続く。お互い気まずさは感じないが、どこかモジモジとしている様子。

 何かを言いたいが切り出せない、そんなところだろうか。


「「あの……!」」


 二人の声が重なる。だが、飛希に譲られ、望緒の方が先に話し出した。


「えっと、良かったね。目治って」


「うん、ほんとに。もう一生治らないと思ってたから……」


 そう言った彼の顔は、とても穏やかで嬉しそうだった。望緒もそれにつられ、嬉しそうに笑う。


「……あのね、前に目のことを望緒に話した時、僕すごく嬉しかったんだ」


「えぇ? どうしたの、急に」


 彼女は小っ恥ずかしさを隠そうと、いつも通りに話そうとしているが、内心のそれがダダ漏れである。


「大体は気持ち悪がるか、もう近づいてくれなくなるか……。とにかく、気持ちのいい反応はしてもらえなかった。僕もそれが当然だって思っていたしね」


 目のことを話す時、飛希は何かに怯えているようだったのを、望緒は思い出す。


 今思えば、彼女の反応を恐れていたのだ。また、過去の人々と同じ反応をされたらどうしようかと。

 それでなくとも、望緒は石火矢で巫女をすることに決まったのだ。もし自分の嫌がる反応をされて、この先どう過ごしていったらいいか、まるでわからない。


「でも、望緒はそういうんじゃなくてさ、まるで軽い話を聞いた時みたいな反応をしてくれたでしょ」


「してくれたって……私はただ……」


 どう反応したらいいかわからなかった、ただそれだけ。

 同情の言葉を言ったところで、飛希と同じ経験をしたことのない彼女にとっては、心にも無いことを言っているのと同じだ。


 だったら、軽く言うしかなかった。


「わからなかったんでしょ? どう言ったらいいか。でも、僕はそれが嬉しかったんだよ。多分、その時から……」


 そこで飛希の言葉が詰まる。少しばかり顔を下に向けているから、ちゃんとした表情はわからないが、耳が赤い。


 だが、それは望緒も同じであった。


 彼女は飛希の手をギュッと、優しく握る。


「……私はいつからかわかんないの。なんて言うか……心当たりがありすぎるのかな。でも、妹って言われた時は、正直嬉しくなくて。その時に、自分の気持ちを理解したって、いうかなんていうか」


 初め、望緒はその感情を認めたくなかった。あの時たしかに、飛希は「妹みたいに」と言ったのだ。

 初めから恋愛対象として見られていないのなら、叶わない恋などしたくもなかった。


 でも、それはただの言葉の綾。


「あの、もし望緒がいいなら……僕とお付き合いしてもらえませんか」


 その言葉に望緒は目を見開く。そして、顔をバッとあげて、目の前にいる想い人の顔をじっと見つめ、か細い声で、


「私なんかでいいの……?」


 ––––親から存在を無いものにされて生きてきた、私なんかで……。


「僕は、望緒がいいんだよ」


 優しくて、でもまっすぐな声音で、飛希は言った。それが彼女の心に、キューピットの矢のように刺さる。


 そのせいか、頬に雫が一筋流れ落ちた。でもそんなことを気にせず、望緒は飛希に抱きつく。

 彼は初め驚いたが、すぐに嬉しそうに、泣きそうな顔で彼女のことを抱きしめた。



「……そろそろ行こうか。みんなも心配してる」


「うん」


 部屋で抱きしめ合っていた二人は、外にいる皆に望緒が起きたということを伝えるために、立ち上がった。

 襖に手をかけ、廊下に出る––––と、その時。


「……なんでいるの?」


 そう言った先には、嬉しそうに泣いている真澄と徳彦の姿があった。


「待って、いつから!? どこから話聞いてたの!」


「望緒ちゃんが『うわあ!?』って叫んだところからぁ」


 真澄は涙を溢れさせながら言う。


「ちょ、それ最初からじゃんか!」


「聞かれてたの……はずかしいぃ」


 二人は顔を真っ赤にさせる。飛希は怒りながら、望緒は顔を覆って、先程の自分たちのことを思い出しながら。

 告白を聞かれることほど恥ずかしいものは無いだろう。それも、両親になど尚更だ。


「もう、最悪……。示しつかないじゃん……」


 そんなことを言って、飛希は顔を隠すようにしゃがみこむ。


「いいじゃない? かっこよかったわよ。『僕は望緒がいい』だなんて」


「やめてぇぇ」


 母親にイジられる息子の図が面白かったのだろう。徳彦は声を抑えて笑っていた。それを飛希は思い切り睨む。


「でも良かったよ」


 睨まれてもなお平常心でいる徳彦の言動に、望緒と飛希は頭にハテナを浮かべた。


「二人にこれほどまで想い合える人が現れて」


 言われた二人は、キョトンとした顔を浮かべながら顔を見合わせる。目が合うと、望緒は飛希に思い切り笑いかける。彼もまた、それにつられて口角が上がった。



「そう言えば、みんなどこにいるんですか?」


「外で色々お話してるわよ」


 真澄に言われ、望緒たちが屋敷の外に出ると、そこには元気に走り回り、喋っている皆の姿があった。

 全員、戦って怪我をしたとは思えないほどの体力である。


 望緒が呆然としていると、話をやめ、全員が彼女の方を見た。まず飛び出してきたのは、千夏だ。思い切り抱きつく。

 彼女はその反動でよろけるが、足をついてそれを止めた。千夏の小さな手に、強く力がこもるのがわかる。彼女の淡い水色の髪を、サラサラと撫でた。


「望緒!」


 千夏に続いて、爽玖や藤花たちも駆け寄ってきた。


「良かったわ、ちゃんと目覚めて」

「おかげさまで、この通りピンピンだよ」

 望緒が返すと、爽玖は歯を見せてにっこり笑った。そしてそのままヌルッと飛希の隣へ行き、肩に腕を置く。

「で? 告ったん?」

「なっ……」

 小さな声で、ニヤニヤと聞いてくる彼に、飛希は思わず声を上げる。

「いや、別に……。なんか悪い?」

「いやぁ、全く? 飛希くん意外と大胆でちゅねえ」

「ふざけないでくれるかなあ?」

 自身の頬をつついてくる爽玖の手首を掴み、やめろという圧をかけるが、あまり彼には効いていなさそうであった。

「あ、ねえそういえば、八下は?」

 二人がわちゃわちゃとしている横で、藤花と日向と話していた望緒が、振り返って聞いてきた。

 たしかに、先程から彼の姿がない。気配はあるのだが、どこにも見当たらないのだ。

「ああ、八下様なら、あっちで闇戸とおんで」

 爽玖に言われ、望緒はその方向を、こっそりと覗いてみる。すると、本当に二人はそこにいた。日の差し込む暖かな場所で、穏やかな表情で。

「おかえり、八下」

「ただいま」

 彼女はその会話を聞いて、すぐに覗くのをやめ、皆のいる方へ戻る。二人の邪魔をしないように。

 戻ってきた望緒の顔は、酷く嬉しそうだった。



 あれから数年の時が経ち、望緒と飛希は八下のいる屋敷へ足を運んでいた。


「やくだりさまー!」


「あ、ちょっと!」


 屋敷へと近づき、八下の姿が見えたところで、赤髪の少年が走って彼の元へ向かう。

 八下がそれに気づくと、元気の有り余る少年を高く高く抱き上げた。


つかさ〜、元気か?」


「すっごくげんき!」


 黄色の双眸が、三日月のような形をつくりあげた。

 満面の笑みで笑う少年につられ、八下も口角を上げる。


「すみません、司が……」


「いいよ。子どもは元気でなんぼだ」


 高く抱き上げられた司は、降ろされ、今度は望緒に抱きついた。


「おかあさん、だっこ」


 言われると、望緒は自分の息子を抱き上げた。少年は、強く母親にしがみつく。

 司は、望緒と飛希、二人の息子である。赤髪黄色目は、石火矢の象徴たるもの。しかし、二人は黒髪だ。つまり、彼は隔世遺伝。


 これはもう、奇跡と言って相違ないだろう。


 初め、二人の結婚に風宮だけが嫌そうな顔をしていた。しかし、周りが祝福ムードであることや、日向たちが軽蔑の眼差しを向けたことから、渋々納得してくれた。

 後に結婚した二人は、司という宝に恵まれたのだ。


「最近どうだ? ちゃんとやれてるか?」


「うん。でも、数年も経てば、巫女の仕事も潮時かな」


 望緒は穏やかな表情で、下腹部に手を当てながら言った。八下は少し驚いたような顔をするが、すぐに嬉しそうに笑った。


「そっか」


 事件のあと、八下の復活は公に語られた。


 最初、村人たちの感情は困惑や疑念にあふれていた。しかし、八下と過ごしていくうちに、それは晴れて言った。

 今となっては、神も人も関係のない、そんな平和な関係性を築けるようになっていったのだ。


 昔のような––––火夜と同じ結末を終えさせてしまわないように、四家も神も、過去を背負いながら、反省しながら生きていく。


「茶でも入れるからさ、上がっていけよ」


「え、いいの? じゃあ遠慮なく」


 そう言って、三人は八下の屋敷へと上がる。

 今日も一日、平和に過ごしていくのだ。何の変哲もない、そんな一日を。

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