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87:ビーツ、ヴァレンティア王国に立つ



「お疲れさま、オロチ」


「ん」



 いつもの無表情でビーツの元へと戻って来たオロチを労う。

 ふと山羊頭の悪魔(バフォメット)が倒れた位置を見ると、すでにその姿は消え、ドロップアイテムが落ちていた。



「おおー、これはすごい奮発してますねー!」



 そこには普通の魔物からはまず入手出来ない高品質の魔石と、ギルドカードのようなミスリルプレートが四枚落ちていた。



「ミノタウロスはミスリル武器でしたし、ファイブテイルは毛皮。それも奮発してると思いましたけど、ダンジョンボスはさすがですね」


『これも探索者への″餌″の一環です。宝に価値があれば呼び水となりますから、出費は惜しむべきではないと』


「とりあえず僕らは貰わないでおきますので再利用しちゃって下さい」


『ありがとうございます。しかしそのプレートは持って帰った方が宜しいかと思います』


「これですか?……『【奈落の祭壇】制覇の証』?」



 そこにはミスリルの板にそう刻まれており、今日の日付も合わせて刻まれていた。



『これを見ると探索者は「これでダンジョンを制覇した」と三一階層を探す事なく帰還します。いわば管理層の目くらましのようなものです』


「はぁ~考えてますねぇ!」


『ビーツ殿はここに探索名目でお越し頂いているわけですから、それは探索の証明になると思います。どうぞお持ち帰り下さい』


「なるほど。そういう事ならありがたく頂きます」


『しかし変ですね。四枚という事はクラビー殿の分は入っていないのでしょうか……。戦闘に参加していないからカウントされなかった……?』



 ヴェーネスは「パーティーの人数分、証が出現する」と設定していた。

 しかし実際はダンジョン機能により『魔力が吸収できる者』がカウントされている。ヴェーネスの設定の仕方が甘く、ダンジョン機能の認識との差異があるのだ。「パーティー人数」という表現があやふやという事である。

 ヴェーネスが吸収量をチェックした際にオロチとクラビーはビーツのものとしてカウントしていたが、それはあくまで視認したからであり、ダンジョン自体は別個体としてカウントしている。

 つまり、四枚というのはビーツを抜かした四体の従魔をダンジョンが把握しているという事だが、それをヴェーネスもビーツも知る事はない。


 ちなみに【百鬼夜行】では「従魔をパーティーに数えない」と設定されている。これはビーツ自身が召喚士であるが故に任意設定したもので、これがあるから従魔戦での人数入力時には従魔をパーティーメンバーとは数えない。

 現に【混沌の饗宴】がガシャと戦った時も、マンティコアのデイドを数えずに「三人」と入力したが誰か一人が弾かれる事などなかった。



 とりあえず四枚のプレートを拾ったビーツは、一枚を自分のギルドカードと同じように保管する。他の三枚はまとめてシュテンに預けた。

 そして魔力探知を発動させ、ボス部屋の壁をぐるりと見渡す。



「あ、これか!これは分からないなぁ」


『えっもう見つけたのですか!?』



 ビーツはそう言って、ボス部屋右手前の隅に歩いて行く。

 二枚の壁と天井に囲まれた三角コーナー。その隅にある小さなスイッチを発見した。



『こんなに簡単に見つかるとは……これは対策をとらねば……』


「あー、これは魔力探知っていう技術を使わないと分からないと思います。後でお教えします。一応」


『本当ですか!ありがとうございます!』



 そうは言ったものの、理解出来ないだろうし、吸血鬼の魔力量では実践出来ないだろうなぁとビーツは思った。とりあえずモクレン式の魔力を必要としないトラップを教えようかな、と。

 それはさておき、シュテンに「あのスイッチ押せる?」と頼む。

 天井まで高さが四メートルほどある。ビーツには無理だ。

 シュテンは「ハッ」と返事をすると、荷物や刀を背負ったまま、軽くジャンプし、ポチッと押した。


 ゴゴゴと近くの壁の一部がスライドし、狭い通路が現れる。

 中に入れば、三メートルほど先に宝箱があるだけだ。



「なるほど。二重に隠しているわけですね」


『え、えぇ……万が一何かの拍子でスイッチが押されても隠し宝箱があれば納得されそうですし……』


「でしょうねぇ。あ、宝箱の真上か。これは確かに宝箱に注目しちゃうと分かりませんね」


『え、えぇ……まぁ……』



 そう言いながら次々に隠しスイッチを見つけられると、ヴェーネスには苦笑いしか出来ない。この宝箱にしても四百年誰も見つけた事のないものだ。中身は超高級な魔力回復薬であり、持ち帰れば国宝級の代物だ。

 しかし、仮にビーツがその回復薬を見ても「コダマ製の方が数倍効果高いなぁ」としか思わなかっただろう。宝箱を開けなくて正解である。


 狭い通路に新たに現れた隠し通路を進む。

 すぐに下り階段があり、しばらく進むと、そこは夜の街……と言うと変に思われるが、昼間だというのに真夜中な村レベルの国としよう。


 つまりはヴァレンティア王国である。



「お待ちしておりました、ビーツ殿」


「ミラレースさん、わざわざすみません」


「いえ、ヴェーネス様が自らお出迎えの意思をお持ちだったのですが、さすがに女王が国の端まで歩くというのはどうかと御止めした次第です。本来でしたら初めてのお客様であるビーツ殿を出迎えるべきかと思いますが、何卒ご理解頂ければと」


「いえいえ、気にしないで下さい」


「城までは私がご案内致します。改めてご来訪心より歓迎致します」



 ビーツを出迎えたのはミラレース一人である。

 三〇階層から降りた先の出口から、国民が住む城下街まで、歩いて二十分ほど掛かる。

 そんなに掛かるほど階段付近に誰も立ち寄らないという事だ。むしろいざという時の為に階段から街を離しているとも言える。


 本来ならば僻地である階段まで幹部である吸血鬼が来ることなどないのであろう。

 ビーツとしては別にサイモンとか劣化吸血鬼で十分であった。しかしそれを推してミラレースが来てくれた事に素直に感謝する。むしろ女王であるヴェーネスや幹部が四人揃って来られても恐縮してしまうのだ。



 平原に草を刈り取られただけの道。夜の道を五人は歩く。

 適度な温度と心地よい夜風はほとんど変化がないのだろう。

 少し進めば畑仕事をしている人も見える。ハーブ類やニラ、茸の類など、日の光がなくても大丈夫な作物を育てているのだろうか。もしかしたらダンジョン機能で品種改良した作物かもしれない。


 別方向へとツルハシを片手に歩く人たちも見える。

 管理層に鉱山を造っているのだろう。という事は、街に鍛冶屋もあるという事か。

 劣化吸血鬼は皆、元冒険者だという話しだったが、吸血鬼となってこの国に住むようになり別の職を持つ人たちも多いようだ。

 というよりこの国に戦闘の要素が存在しない以上、冒険者というのは皆、廃業なのだろう。

 そうビーツは思い直した。



 やがて城下街に辿り着いた。

 吸血鬼は皆夜目が効く為、街灯などはない。月明りのみだ。

 それでも実際の時刻は昼前という事もあり、活発に動く人々。



「おおっミラレース様だ。それと……」

「あれが国始まって以来初めての客人か」

「他国のダンジョンマスターなんだろ?」

「あの少年が……」

「【奈落の祭壇】を制覇するとは……信じられん」

「なんだかものすごい美女が居るぞ」



 ビーツは人々や街並みを眺めて歩く。

 人口三百人の村レベルとは聞いたが、大通りに並ぶ家々はどれもしっかりした造りだ。

 空き家も多いようだが、おそらくこの先眷属を増やす事を想定しているのだろう。


 人々は元冒険者という事もあり、やはり二〇~三〇歳前後の男性が多い。

 もちろん女性も居るが、比率は二~三割くらいか。

 この人たちが皆【奈落の祭壇】で死んだ人たちかと思うと、ビーツは何とも言えない気持ちになる。

 サイモンたちと風呂場で話した時に聞いたのは、死んだ事よりもむしろ劣化吸血鬼として生き延びさせてくれたヴェーネスへの感謝だった。

 それは眷属化した事で吸血鬼のカーストが刻まれた事によるものなのかもしれない。

 でもどこか本心で感謝しているようにも思えたのだ。


 ビーツは自分たちの事を物珍しく眺める人々を見て思う。

 自分もダンジョンマスターとして探索者を殺す側なのだと。

 いくら不死設定をしても、それは変わらない。

 ここの人たちを憐れむ事など許されないのだと。




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