86:【蛇軍長】オロチvs山羊頭の悪魔
吾輩は山羊頭の悪魔である。名前はまだない。
吾輩がここ【奈落の祭壇】のダンジョンボスとして召喚されてから四〇数年が経つ。四〇数年が経つが、名前はまだない。
別にダンジョンマスターであるヴェーネス様に文句を言っているわけではない。ダンジョンボスという唯一絶対の地位に置いて頂き、ダンジョンモンスターとしてこの上ない喜びを感じている。最上の評価である。
吾輩が召喚される前には二度ほどダンジョンボスが倒されたらしい。吾輩は三代目というわけだ。
前回ダンジョン制覇を果たしたパーティーのリーダーは、このダンジョンのある国の王となったらしい。ヴェーネス様が管理するダンジョンを制覇したのだ。王となるのも当然であろう。
しかし吾輩は四〇数年この地位に居て、未だ制覇を許さず、守り続けている。
まぁ四〇数年で吾輩に挑んだパーティーもわずか三組だったのだが、それでも最下層のこの部屋まで辿り着いた強者を三組も屠ったと言えば、吾輩の強大さも伝わるのではないか。
自分で言うのも何だが、″悪魔″という種族は他の魔物と格が違うのだ。
圧倒的に賢く、圧倒的に魔力が多い。
では非力なのかと言うとそんな事はない。トロール辺りならば拳で一発だ。
いや、二~三発か四~五発必要かもしれないが大差あるまい。要は強靭な肉体も持っているという事だ。力と魔力と賢さを兼ね備えた超絶種族なのだ。
まさにダンジョンボスに相応しい種族と言えるし、むしろダンジョンボス以外にありえないだろうと自己評価出来る。
ヴェーネス様もそんな吾輩に名前くらいくれてもいいんじゃないかと思う。
しかし暇な時間が多すぎるというのも考えものだ。
ボスである吾輩が部屋を出る事は出来ないし、いくら賢すぎる吾輩だからと言って、一人じゃんけんや一人しりとりはもう飽きた。
やはり適度に探索者が訪れ、それを打倒してこそダンジョンボスであると思う。
そうは言ってもこの最下層まで来られる探索者も限られるのだろうが、そこはなんとか頑張ってほしい。
さらに数々のパーティーを打倒せばさらに評価が上がり、ヴェーネス様も喜び、上手くいけば名前……ん?
ギギギ……
おや?言ったそばから久しぶりの来訪者だ。何という幸運。
どうやら四人パーティーのようだが……少年少女と女が二人?
…………ん?
…………いや、あれ、違くね?
…………あれ、やばいやつじゃね?
吾輩分かるよ?だって吾輩賢いし!だって吾輩賢い山羊頭の悪魔だし!気配で分かるよ!あれ絶対やばいやつだって!何あの赤い人!オーガ!?オーガってあんな進化するの!?聞いてないんですけど吾輩!とりあえず背中の物騒な獲物を下ろせよ!で、あの狐は何!?明らかファイブテイルより上位じゃん!何尻尾九本って!神かよ!神の如きかよ!悪魔の吾輩への当てつけか!それにあの少女何!?あの目、あの雰囲気……深淵かっ!深淵より来たりし者かっ!地底の悪魔の吾輩より深淵じゃん!超深淵ってるわ!唯一倒せそうなの少年しかいねーけど倒せるビジョンが見えねーよ!無理無理無理!近づく前にヤラれるって!…………え?何じゃんけんしてんの御三方。「誰が戦うか決めてるんでちょっと待って下さい」ってうるせーよ少年!イベントか!イベント感覚で戦うのか!ダンジョンボスだぞ吾輩!一応!あああああああやってやらああああ!!!
♦
「おっ、じゃあオロチよろしくね」
「ん」
「「ちいっ」」
若干嬉しそうな無表情でテクテクと前に出るオロチと、舌打ちを隠さないタマモとシュテン。最後のボスと誰が戦うのか揉めた結果、じゃんけんに勝ったのはオロチであった。
今までの探索において魔力探知、ビーツのサポートと獅子奮迅の活躍を見せていたオロチであったが、一対一で強敵と戦ったわけではないので本人としては戦いたかったらしい。
タマモとシュテンにしてみれば活躍しすぎだろうと、ボスくらい見せ場を譲れと、そういう事だ。
最初なぜか戸惑っていた様子の山羊頭の悪魔が突如として咆哮と共に襲い掛かる。
翼を有しているが故の初動のない急加速。ビーツは「速い!」と目を見開いた。
一方のオロチは何もしない。
山羊頭の悪魔がタックル気味で繰り出す手刀を無表情のまま防御もせずにただ見つめる。
――ズバッ
手ごたえなし。
まるで空を斬るように山羊頭の悪魔の右手はオロチの身体をすり抜けた。
幻か!と即座にバックステップ。
追い打ちをかけるオロチはまるで何かを投げるように手を水平に振る。
そして実際に飛んで来たのは、太い針や笹の葉の形状をした黒く鋭い投擲物。
高速で迫るそれを後退しながら躱し叩き落とすが、投擲物の大きさがどれも違い、それが返って防ぐのを困難としている。実際、何本かが被弾した。
それは幻影の少女の手の動きに合わせて彼女の影から排出したウロコである。
斥候役のオロチは、人間の狩人がまるで投げナイフを投擲するように、自身のウロコを飛ばす。
黒い上に歪な大きさのウロコを高速で投げられると、通常の投げナイフ以上に避けるのは困難。
さらに少女の手の動きに合わせて誤魔化しているが、実際は影から出ているのでフェイントにもなっている。
――影。
そう、幻影の少女の姿になぜか影があるのだ。
少女の姿が物理的な身体を持っているわけでもないのに。
一方の山羊頭の悪魔はウロコのダメージに顔を歪めながら考える。
飛び道具が厄介すぎる。
ならば近接戦しかない。しかし少女の身体は幻。……本体は影か!しかし影を殴ったところで……。
看破はすれど打開策はなし。
山羊頭の悪魔は考える時間も惜しいとばかりに両手に得意の闇属性魔法を込めた。中級魔法ダークバースト。
それを以って影を叩こうとオロチに迫る。
その時、オロチの影が一瞬にして広がった。明らかに少女の身体、その面積よりも広い影。
そこからニュルンと蛇の頭が現れ口を開く。
ダークヒュドラ本体のうち、一本の首。それは山羊頭の悪魔を丸飲みしそうなほど巨大だ。
迫る山羊頭の悪魔目がけてバクンと口を閉じた。
避けた。なんとか後退して避けた。
山羊頭の悪魔は突如現れた巨大な蛇と、己に向けられた無数の牙が連なる口に絶対的な死の恐怖を覚え、無意識に後退していた。
近づけもしない。
そう考えているうちに現れた蛇の頭はそのままに、少女の影から追撃のウロコが襲い掛かる。――またも被弾。
距離を開ければウロコ、距離を縮めれば本体の蛇。
打つ手がない。山羊頭の悪魔は高速で飛び回りながら思考を加速させた。
(…………あれ?)
ふと気付けば思考は朧になっていた。
飛んでいたはずの身体は地に伏せていた。
何が起こった?
答えは出ない。考えて答えが出るほど頭が回らない。
分かる事はただ一つ。
……死ぬ、と。
オロチが最も得意な攻撃方法はウロコ飛ばしでも、本体による噛み付きでもない。
毒である。
山羊頭の悪魔が最初のウロコに被弾した時点で遅効性の毒は蝕んでいた。
あとは適当に時間を稼いだだけ。
何が起こったのか、何をされたのか、何も分からずにただ死ぬ。安楽死的毒殺。
これが【百鬼夜行】最古参、オロチの一端である。
久しぶりに一人称で書いたら面白かった。
ちなみにバフォメットには状態異常耐性があります。オロチの毒がそれを凌駕しただけ。




