85:ビーツ、下層を攻略する
翌朝からビーツと【三大妖】は探索を再開した。
【奈落の祭壇】地下二一階から二五階までは『夜の森』とも言うべき階層が続く。
天候を夜に固定し、平原と林が連立する階層、深い森の階層、山林の階層など暗い屋外を進むエリアだ。
ヴェーネスが吸血鬼だからという事は大いにあるだろう。
夜の方が落ち着くだとか、監視しやすいだとか、色々と考えられる。
出て来る魔物は一段と強さを増す。
森で定番のウルフ系、亜人系、虫系。そしてトロールやサイクロプスなどの巨人系も本格的に出て来だす。一〇階層フロアボスのミノタウロスも雑魚敵として出て来た。
さすがにファイブテイルを倒した探索者しか来れない階層である。
屋外という事で罠は少ないものの、単純に魔物の強さで殺しに来ている。
ここまで来ると、ミスリル級でも心許ない。しかしアダマンタイト級など早々居ないし、アダマンタイト級パーティーとなるとさらに少ない。王国では【魔獣の聖刀】のみだ。
ビーツは考える。従魔なしで【魔獣の聖刀】のみで来たらどうだったか、と。
なんとなく平気そうなイメージしか湧かない。
元より瞬発的火力に特化したパーティーであり、初見殺し上等の戦闘方針だったのだ。
見敵必殺。すぐに見つけてすぐに殺す。オーソドックスなパーティー戦闘など端から諦めている。そんなパーティー。
罠にしてもオロチほどではないにせよ全員が魔力探知を使えるわけで、ダンジョンで普通に設置できる罠であれば見つける事は可能。(解除できるとは言っていない)
そんな尖り切ったパーティーだからこそアダマンタイト級となれたのだろうが、その一員であるビーツにして「とんでもないパーティーだなぁ」と思ってしまう。
他の三名に言わせれば、一番とんでもないのはビーツなのだが……。
何はともあれ、二六階に到達したビーツたち。
「おおー!これはすごいですね!」
『うふふ、喜んで頂けて何よりです』
二六階層からは神殿フロア。
立ち並ぶ柱には装飾が施され、床には段差が付けられた石煉瓦が隙間なく埋まる。天井はアーチ型や平面状のものもあるが、壁や柱と同様、装飾が施されている。
思わず歩みを止めて見渡してしまうビーツであった。
「造り込んでますねー!いや、これは本当にすごい!」
『そう言って頂けて嬉しいです。実は個人的な趣味で少しずつ装飾を施していまして』
「ここまで細かいとダンジョン機能の基本設置じゃ無理ですからね。時間かかるだろうなぁ」
【百鬼夜行】の四九階層で王都を再現したビーツも時間をかけて街並みを造ったので苦労は分かる。
ヴェーネスは四百年に渡るダンジョンマスターと女王の生活を送る中で、数少ない趣味としてこの神殿エリアを造り込んでいた。
それはもう趣味と言えるレベルではなく彫刻家や石材建築家が裸足で逃げ出す腕前である。もちろんヴェーネスがノミとハンマーでコンコンと削ったわけではなくダンジョン機能を使っての細かい作業ではあるが。
【百鬼夜行】の管理層で驚愕したヴェーネスは「ビーツに自慢できる事など【奈落の祭壇】にはない」と言い張っていたが、実はこの神殿エリアを自慢したかったのだ。腕に寄りを掛けた作品として。
『地表部の入口も神殿建築のような柱と扉でしたので、それに合わせた造りにしました。ダンジョンの名前も【奈落の祭壇】とされてしまいましたからね』
「あ、確かに似せてますね。規模は全然違いますけど。……あの、吸血鬼の方々って悪魔信仰だったりするんですか?」
通路の端に悪魔を象った石像が立っている。
これもおそらくヴェーネスの作品なのだろうが、神殿に悪魔の石像というのはもしかして……と思ったのだ。
『いえ、そういうわけではありません。ただ【奈落の祭壇】ですので、地底深くに神像を造るというのは何か違和感がありまして、悪魔崇拝しているような神殿というのをイメージしました』
「お~、こだわりますね~!やっぱそういうの大事ですよね!」
『分かって頂けて何よりです』
ダンジョンマスター同士の会話はどことなくダンジョン作成マニア同士の会話にも聞こえる。二人とも心血を注いでいるだけあって、拘りを持ち、作成に当たっているのだ。ダンジョンマスター特有の職業病とも言う。
神殿エリアはいくつもの部屋や通路、回廊や広間を経由して進んでいくようだ。
同じ階層内でも階段があって、立体的な造りになっている。
ここまで来ると確信するが、ヴェーネスは徹底して日光が差すエリアを造っていない。屋外のエリアも全て曇り空だった。
火山や砂漠などの暑い地形もないし、海や湖などの水場エリアもない。探索者用の水補給用に小川があったりしたが、その程度だ。
吸血鬼が日光を弱点としているのは知っていたが、熱・流水も苦手としているのかもしれない。ビーツはそう思った。
神殿エリアで出て来る敵は亜人系が多く、他にはゴーレムやガーゴイルも出現する。
鎧を纏ったスケルトンやリビングアーマー、デュラハンなどのアンデッドも出るが悪魔崇拝の神殿と上手くマッチしていた。
トロールやサイクロプスなどの巨人系は出てこない。おそらく神殿という地形に合わせているのだろう。
【奈落の祭壇】の魔物についてもこれでほとんど出きった形だろう。
結論としてはまずメジャーな魔物が多い……というかレアな魔物は配置していないと思われる。
そして人を模した魔物が多い。亜人、巨人、ゴーレムやアンデッドもそうだが人型が異常に多い。もちろん獣系や虫系なども居るのだが。
ビーツは「うーん」と唸る。
ここまで降りてきて階層を見て来た結果、問題点も見えて来た。
おそらくそれはビーツだから感じた事だろう。
『どうされました?ビーツ殿』
「えーと、魔物の配置で気になっている事がありまして……まぁ後でそちらに着いた後にでも話します」
『そうですか……非常に気になるのですが、ではお越しの際にお聞きします』
ビーツの評価はヴェーネスが気にする所だ。
テストを返される前に先生に「うーん」とか言われると悪い予感しかしないように、ヴェーネスも「何か間違っていたのか!?」と内心ドキドキである。
ともあれ探索は続く。
ここまで来ると罠はともかく魔物との戦いは力推しの様相を呈し、ビーツが率先して倒すというのも無理があった。
自身は純粋な中衛として鞭と闇属性魔法を中心に攻め、倒すのは【三大妖】に任せる。
結果としてビーツを中心に攻めていた今まで以上に楽な探索となった事には、主も苦笑いである。ヴェーネスたちも苦笑いである。
段々と薄暗くなっていく階層。
燭台の灯も数が減り、装飾も禍々しさを増していく。
ヴェーネス渾身の神殿装飾、その本領発揮と言わんばかりの空間である。
そして辿り着いた地下三〇階。
いつもの『石の通路』はダンジョンボスへと続く最後の通路。
いかにも″この先ラスボスですよ″と言ってくるような暗く恐ろしい装飾が通路全体に刻まれている。
テンションの上がるビーツ。
ギギギとボス部屋の扉を開ける。
わずかな明かりが照らす広い空間。
中央に見える人影。
二メートルほどの筋肉質な身体は背中の翼で少し浮いている。
下半身と頭部は黒山羊のソレ。
「山羊頭の悪魔……!」
【奈落の祭壇】のダンジョンボスである。




