80:ビーツ、吸収魔力量を測られる
地下六階からは屋外エリアが続いた。
平原に始まり、丘陵、森といった緑あふれる階層が連続する。
同じような階層を連続させる事で管理を楽にするというヴェーネスの思惑がビーツにはよく分かった。環境を似せる事で配置する動植物、魔物、罠、天候などが管理しやすい。まぁ従魔に管理を任せ、色々な魔物を配置したいビーツにとっては無縁の考え方ではあるが、理解は出来た。
「マスター、人がいる」
「了解。ヴェーネス陛下、一度切ります」
『分かりました。ご武運を』
地下一〇階へと下りる階段で、オロチがそう切り出した。
【奈落の祭壇】が一〇層ごとにフロアボスと戦うというのは有名な話しだ。当然ビーツも知っている。
いざそのフロアに入ってみると、ダンジョン壁で造られた『石の通路』。正面にはボス部屋への扉。他には何もない。フロアボスと戦う為だけの階層というのは実に分かりやすく潔いとビーツは感心する。
扉の少し前に、通路に座り込む探索者パーティーが居た。なるほどこれは迂回して会わないというのは無理だ。避けようがないと観念する。
【百鬼夜行】でも特に一〇層までの低い階層ではボス部屋の前で探索者が並ぶ事がある。
先に入ったパーティーが戦っている、ボスのリスポーンを待っているなどで行列になる場合もある。
おそらくこのパーティーも同じような感じだろうと近づくと、彼らが五人全て獣人だと気付いた。狼・兎・熊・黒豹・狐だろうか。獣王国だしそういったパーティーも多いのかな、と思いながらビーツは近づく。
階段の方から近づく足音に、獣人の彼らは素早く反応した。
他の探索者パーティーだとしても仲間ではないし、魔物でないから安全というわけではない。探索者を狙う探索者だって居る。
それをよく知るベテランの彼らは休息モードから瞬時に気持ちを切り替える。臨戦態勢とは言わないが、何が起こっても対処できるよう、目が険しくなる。
しかし、その目で見たものを彼らが脳内で処理するまで数秒を要した。
人間の少年、さらに小さい少女、角の生えた褐色美人、尻尾が何本もある狐獣人。
そこから導き出される答えは一つしかない。
「…………ビーツ・ボーエン!?」
「と【三大妖】!?」
「なんでこんなトコに!?」
「おいおいおいおい!嘘だろ!」
「タマモさまああああああああ!!!!」
「いかん!ベイルズを止めろ!近寄らせるな!」
「おいっ!正気に戻れ!ベイルズ!」
「こいつこんなに力強かったのかよ!」
「タマモさまああああああああ!!!!」
なんて声を掛けようかと考えながら近づいたビーツであった。
『おい、俺らが先だ、後ろに並べよ』とか『そんなナリでよくここまで来れたもんだ』とか言われるかと思っていたが杞憂であった。
即、身バレした上で、狐獣人の男がタマモ信者であった。ホッとしたのを通り越して苦笑いしか出来ない。
しかし狐同士で何か思うところがあるのだろうかと考えるものの答えは出ないだろう。
ちなみに【三大妖】はいつものことと何の変化もない。驚きも蔑みも喜びもない。
代表してビーツが狼獣人の男性に話しかける。
「えーっと、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。ビーツ・ボーエンだよな?俺らまだ【百鬼夜行】は行ったことないけどよく知ってるよ。まさか【奈落の祭壇】に来るとは思わなかったが」
「アハハ……。勉強の為に他のダンジョンを探索中なんです」
「へぇ、そういう事もあるんだな。あっ、ベイルズが五月蠅くてすまんな。あいつ前からタマモのファンで、早く【百鬼夜行】に行こうってずっと言ってるんだ」
「そうなんですか。今度是非来て下さいよ。あ、まぁ来てもタマモに会えるか分からないですけど……」
「まぁそうだろうな。【三大妖】だって滅多に表には出ないんだろ?そういう意味ではここで会えて運が良いんだろうな」
熊獣人と黒豹獣人に抑え込まれたベイルズが叫び続ける中、狼獣人とビーツは軽く世間話をする。こういった出会いと会話はある意味冒険者・探索者の醍醐味でもある。気の良い連中という事もあって、普段はオドオドのビーツも普通に話せた。若干一名、気の良いを通り越した者も居るが……。
聞けば、彼らは順番待ちをしているわけではなく、これからボス戦に挑む前に休憩と最終ミーティングを行っていたようで、「先に行っていいぞ」との事。
ならばと彼らに別れを告げ、先にボス部屋に入らせてもらう。
彼らの横を通り過ぎ、ひれ伏すベイルズには目もくれず、ボス部屋の扉に手をかけた。
「道中はほとんど僕とオロチが戦ったからボス戦はシュテンとタマモかな。とりあえずここはシュテンね」
「ハッ」
シュテンは笑顔で背嚢を下ろしタマモに手渡した。
♦
一度通信の途切れた鏡の前でヴェーネスと幹部の四人は一息ついた。
なんと目まぐるしい探索風景だったであろうか。
これを探索と言っていいものだろうか。そう考えてしまう。
しかし通信が切れている今の内に聞きたい事もあるとミラレースはヴェーネスに話しをふった。
「ヴェーネス様、それで吸収魔力量はどうなのですか?」
「すごいの一言ですね。従魔百体合計で一日3万Pと聞いていましたから予測はしていましたが……。まだ丸一日経っていませんので大体の目算になりますが、タマモ殿だけでおそよ1900Pになりそうです」
「「「「1900!?」」」」
金級の魔法使いで10Pという話しは聞いた。その後ミラレースがヴェーネスに確認した話しでは、劣化吸血鬼で約12P、ミラレースら吸血鬼で15Pらしい。
吸収魔力量という物の詳細な所はダンジョンマスターであるビーツやヴェーネスでも把握出来ていない。しかし体内魔力の最大保有量に比例するのは確かである。つまりミラレースの最大魔力量は金級魔法使いの一.五倍というわけだ。納得できる数字であった。
他の要因としては人間より魔石を持つ魔物の方が多かったり、個人差により魔力の回復速度が早ければその分放出される魔力が多いので、よりダンジョンに吸収されるといった事が予想されている。他にもおそらく要因はあるだろう。
だがそれにしてもタマモの1900Pというのは桁外れであった。幹部たちが絶対的上位であるヴェーネスに聞き返すほどの驚きであった。
「シュテン殿が1500P、オロチ殿が0P、ビーツ殿が2200Pくらいです」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さいヴェーネス様!理解が追いつきません!」
「オロチ殿が0P!?どういう事ですか!?」
「ビーツ殿がタマモ殿より上ですと!?」
「落ち着きなさい。おそらくオロチ殿はあの姿が″幻影″だからでしょう。そして本体はビーツ殿の影の中。ビーツ殿の2200Pにはオロチ殿の魔力量も含まれていると思います」
オロチの固有魔法″幻影″についてはミラレースが調べた中で判明している。ダークヒュドラの本体は常にビーツの影の中に居て、表に出る少女の姿は″幻影″であると。
そして吸収魔力量の個人別把握では、一人一人の魔力量を測るわけではなく、『一人の周囲から吸収される魔力量』だという事が今回初めて分かった。ヴェーネスとしては新発見である。
ちなみにヴェーネスは気付いていないが、ビーツはダンジョンマスターである為、『ダンジョンでの魔力吸収』は対象外となっている。【百鬼夜行】はもちろん、自分の管轄外である【奈落の祭壇】でもビーツは0Pだ。
ヴェーネスが目測した2200Pというのは、オロチが1700P、クラビーが500P。その数値をヴェーネスが知る事はないだろう。実際2200Pという魔力量はビーツとオロチの足した数値になっているのだろうと思っている。
もちろんクラビーの存在は知っているし、ビーツの服の中に常に居る事は知っている。だが所詮は最底辺の魔物であるスライム。当然0Pだろうと考えていた。
「つまり【三大妖】だけで約5000P……。従魔百体の六分の一を占めるのですか……」
「これにアラクネ、エルダーリッチ、ウンディーネの幹部勢と例のドラゴンが居るわけですよね……」
「もうそれだけで三分の一、いや、下手すると半分は行くのでは……」
ミラレースら幹部たちがそう呟く。
彼らは知る由もない事だが、マモリの吸収魔力量はタマモと同格だし、オオタケマルはマモリを上回るのだ。七体だけで全体の六割は行くだろう。ホーキが同じような事を言っていたが幹部勢は次元が違うという事である。
「タマモ殿だけでも……レンタル出来ませんかね?」
そうミラレースが呟くのも仕方なかった。
『えっ?レンタル?』
「うわあっ!ビーツ殿!?な、何でもありませんっ!」
タイミング悪く通信鏡を繋いだビーツに、ミラレースが取り乱した。
再び繋がった通信鏡には鏡を覗き込むビーツと、横にはオロチの姿。
その奥にはミノタウロスと壮絶な打ち合いを繰り広げるシュテンの姿が見えた。




