79:ビーツ、上層を突破する
「ミラレース。貴女、今日は休んでいいのですよ?」
「ありがとうございます。しかし私も気になったもので」
ミラレースはヴェーネスへの帰還報告を終え、自室に戻り荷物の整理をし、一休憩しただけでヴェーネスの執務室へとやって来た。
入室許可を得て扉を開けると、ヴェーネスを囲み、他の幹部三人もこぞって通信鏡を眺めていた。
「通信鏡は使えましたか」
「ええ、最初はこちらから繋ぎました。消費魔力も私が造ったものより半分くらい少なく済みます。さすがビーツ殿ですね」
「なんと、それほどですか!」
「今はタマモ殿の魔力で向こう側からの通信を継続しています」
鏡に映るのはビーツ・シュテン・オロチの後ろ姿。ダンジョン探索とは思えない小走りのような速度で時に罠を飛び越え、時に魔物を瞬殺し、走り続けているのが見える。
ビーツはヴェーネスと繋がった通信鏡をタマモに持たせていた。
タマモはこのパーティーでは攻撃魔法要因なので片手が塞がっても問題ないだろうという判断だ。まぁ実際はタマモの場合、両手が塞がろうが魔法は撃てるのだが……。
「しかし、この速度はすごいですね……」
「ええ、すでに三階です」
「はあっ!?コホン、失礼しました、さ、三階ですか?もう?」
ミラレースがダンジョンの入口でビーツと別れてからまだ一時間ほどしか経っていない。
普通、どの探索者でも地下一階から二階に入るまでに慣れた者でも三時間、初めて潜る者ならば丸一日掛かってもおかしくはない。
それがすでに地下三階まで到達しているという。
己の主の言葉が信じられず、他の幹部三人の顔を見る。苦笑いで首肯された。
「……ビーツ殿は迷宮の地図をお持ちなのですか?」
「いえ、お持ちではないです。実際、時に間違った道筋に進む事もあります。迷いながら進んだ結果、この速さなのです」
「なんと……!」
『いやぁ段々、複雑になってきてますよね、この迷宮。造り方が僕と違うんで勉強になります。アハハ……』
通信鏡には器用に振り返りながら頭を掻き、苦笑いで走るビーツの姿が映る。
そうだ、【百鬼夜行】の管制室と違い、こちらの声も届くのだとミラレースは我に返った。
「す、すみません、ビーツ殿。探索中にお耳汚しを……」
『いえいえ、あ、でもネタバレは喋らないで下さいね。そっちの道は違うとか、どこそこに罠があるとか。それと近くに他の探索者が居たら通信切りますんで』
「承知しました。しかしこのペースですと……まさか今日中に管理層に来られるおつもりですか?」
『どうでしょう?なるべく早くとは思ってますけど、どこかに安全地帯とかあればそこで泊まってもいいかと。あ、ヴェーネス陛下、安全地帯があるかだけ教えて頂けますか?』
「ええ、地下六階から五階ごとに安全地帯の大部屋を設けています。他にも各階に″沸き立つ穴″から離れ魔物が出にくい場所も設けています。準安全地帯と言えますね。探索者はそこを見つけて休憩する事が多いです」
『なるほど……』
【奈落の祭壇】は【百鬼夜行】と違い転移魔法陣による一時帰還が出来ない。
探索となれば数日掛かりで潜り、数日掛かりで帰るというのが一般的だ。
安全地帯やヴェーネスの言う準安全地帯を設けなくては、数日掛かりの探索など出来ない。休む事なく戦い続けられる探索者などいないのだから。
探索者への助けになる一方で、ヴェーネスにとってもなるべく長時間の探索というのはそれだけ魔力が吸収できるので、ダンジョン内の休憩所というのはウィンウィンの関係なのだ。
♦
そんな会話を時々挟みながらビーツと【三大妖】の快進撃は続く。
【奈落の祭壇】は地下五階まで同じようなダンジョン壁の迷宮らしく、段々と難易度は上がるものの、見た目には変わらない風景が続いた。
途中、他の探索パーティーを探知する事が三回あり、そのどれもが迂回する事に成功している。
「おおー、やっと迷宮が終わったね」
地下六階へと下りると、そこは平原であった。天候は雨が降り出しそうな曇り。
岩壁に開けられた横穴から出て来る構図で、出たすぐ横にはログハウスのような小屋が見える。これが安全地帯の代わりのようだ。
周りを見れば広い平原、左右や奥の方に林のような木々もある。かなり広いフロアのようだ。
見上げれば雲に隠れた太陽があと一~二時間で中天に差し掛かろうかという頃。ダンジョン内の時間と地表の時間を同じに設定しているのであれば昼前といった所か。
朝一に村から辺境の森へ入り三時間ほどで谷底に着き、そこから二時間ほどで地下六階である。
まだ昼休憩には少し早いかな、とビーツは安全地帯を使わずに進む事にした。まぁ四人が四人とも休憩するほど疲れているわけでもなく、昼飯を抜いたところで問題ないのだが。ビーツに至っては食事自体、本来必要ないのだし。
休憩というのは気分の問題である。
「迷宮より平原の方が早そうだね。オロチどう?」
「ん。右前が多分ゴール。探索者なし」
「じゃあ行こうか」
オロチの魔力探知は魔力を使った罠の発見は出来るが、迷宮だと壁に阻まれる為、道筋が分からない。
その点、屋外であれば魔力を拡散させやすい。より遠くの情報が分かる。
王都で庭園から西門に居たミラレースを見つけたのも屋外であったからで、管理層にいたのでは確実に無理だ。オロチが「たまたま」と言ったのも正しい。
広大な平原フロアにおけるゴール探しというのは四方八方を探索してゴールを見つけ出すのが普通ではあるが、オロチの遠距離魔力探知であれば魔物の動き、罠の有無、探索者の動きなどが分かる為、ゴール地点を絞りやすい。
魔物は強くなっていくし、罠も多くなるはずだ。だからオロチは「右前」と判断した。
そしてまたマラソンが始まった。
勢いは止まらない。
♦
とある貴族邸宅の一室。
部屋の主は椅子にもたれ掛かり、ワイングラスを傾ける。
年齢と共にすっかり寂しくなった髪の毛は弦楽器のようで、口元に蓄えた立派な髭は付け髭であろう事が見て取れる。
付け髭が邪魔でワインが飲みにくそうだが手慣れたものだ。
「ビーツ・ボーエンが獣王国に遠出か……。丁度良いタイミングではあるか」
部屋の隅に立っていた人影がニヤリと笑う。
長いローブで頭にフードをかぶっている為、口元くらいしか分からない。
「本当はもう少し集めたかったですがね。好機を逃すのは愚の骨頂でしょう」
「貴様はどう思っているか知らんが、儂にとってはただのテストよ。数は問題ではない」
「ふふふ。とりあえず目と耳は行かせましょう。テストは結果が大事ですから」
そう言ってローブの人影は消えた。
相変わらず不気味なやつだと貴族の男は忌々し気にワインを口に運ぶ。
「儂をせいぜい利用するのだな。儂は儂で利用するのみよ」
笑みを浮かべるその目には欲望の光が映っていた。




