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FIVE  作者: AkIrA
40/42

40:終焉


思えば。

私の記憶に居る父は何時も笑顔だった。

優しく穏やかで、自慢の父親。


だけど、その父が唯一。

年に一度だけ悲しい顔を見せるときがあった。






―― お父さん?どうかした?

―― 何も無いよ、蓮…









賑やかな縁日。

年に一度の夏祭りの日。

その日だけは、何時も父は悲しげな顔をしていた。

この、神社で行われていたお祭りの日だけは。



今ならその理由が分かる。

きっと、父は。

この妖狼の事を想い、悲しんでいたのだ。



























「瑞樹…!!」



狩谷の叫び声が響く。

不意にふわり、と抱き寄せられた。

狩谷の鼓動が痛いくらいに耳に響く。




「…ごめん、」

「何で…?」




狩谷が瑞樹の肩を掴み、自ら引き離した。

そしてそのまま力任せにその身体を後へ押す。

後へ飛ばされながら、瑞樹は光に照らされた狩谷の笑顔を見た。




「蓮…」

「ヒロ君!!」

「お前が、…」




言い掛けて、狩谷は口を噤んだ。

そして困ったように笑い、首を横に振った。







光に漂白されていくその姿。

また、失ってしまう…







「嫌だ!!」








(ヒロ君…)






―――  お前がどんだけ傷ついても、絶対支えてやるから…






何時でも狩谷は優しかった。

決して瑞樹の事を責めたりはしなかった。

何の見返りも、打算も無い。

ただ純粋に注がれる優しさ。







(分かってたのに…)






それが、友情ではなく愛情だという事を。

惜しみなく注がれる愛情を、勝手に友情へと変換して狩谷の気持ちに気付かないふりをしていた。

全てを失うのが怖かったから。





しかし、今。

瑞樹は確かに思った。



――― 無事に帰れたら、お前に言いたい事がある。




(その続きを、聞きたい…)




全てが終わり、無事に戻れたら。

今度こそちゃんと2人に向き合えると思ったから。





「…っね、がい…」





消えていく姿に必死に手を伸ばす。

この状況を変えられるなら、魂を投げうっても良い。

だから…





「助けて!!!」
























ドクン…




何かが身体の奥底で脈打つ。





ドクン…





意識が薄れ、眠りに落ちる寸前の様な浮遊感に襲われる。

その瞬間狩谷を覆おうとしていた光が瑞樹の身体に吸い込まれて消えた。

何が起こったのかも分からないまま、3人は立ち尽くす。

しかし、その沈黙を破ったのは瑞樹だった。




『…久しぶりだね…』

「!」




発せられた声に凪は驚きに声を失う。

瑞樹の意思とは無関係に発せられる言葉。

その声は瑞樹のものではなく、ずっと低い男のものだ。




『俺の声を、忘れたか?』

「伊、織…!」



瑞樹の姿をした伊織が頷く。

そしてゆっくりと凪へと近づいていく。

狩谷は目の前で起こっている出来事をただ見つめるしか出来なかった。




「何故…」

『ずっと、見ていたよ。この子の身体の中から、ね…』

「今更、どういうつもりですか…」




凪の言葉に、瑞樹は悲しげに目を伏せた。




『蓮が、助けを求めていたから…それと、もう一度お前と話をしたかったから。』

「今更話すことなんて…」

『さっき、お前が言ったよな?同じ言い訳なら俺の口から聞きたかった、って。』




決まりが悪そうに凪が目を逸らす。

伊織はやわらかく微笑んで、凪の頬に手を添えた。




『もし、許されるなら…俺はあの日の言い訳をしたい…』

「伊織…」

『何も言わなかった事で、お前を傷付けたのは…俺のエゴだった…だから、チャンスが欲しい。』




添えられる手を振り解き、凪は伊織を睨みつける。

その目はやはり怒りの色が滲んでいたが、同時に躊躇いも入り交じっていた。




「今更、私にお前が許せると思えますか…?」

『…いいや、』




凪はぐっ、と包帯を下に押し下げその傷跡を見せ付けた。

伊織は目を逸らす事無く、その姿をじっと見つめている。




「お前が私につけた傷だ…!痛かった、熱かった…!…苦しかった…っ!」

『……』

「お前に裏切られ、私の心は行き場を無くした!今も無限の闇を彷徨っているようだ…!」



凪の目が赤く染まっていく。

まるで血の色のように。



「お前が憎い…人間など醜い!全て滅びれば良い!!」

『……そうか…』

「お前の喉を食い千切りたい…その娘ごと引き裂いてやる…」




牙が伸び、爪が鋭く光る。

血の様に染まった赤い目は瞳孔が見開かれその中には瑞樹の姿を捉えている。

その姿は妖怪そのものだ。




『わかったよ…』

「…何…?」

『今更、何を言ってもお前『あなた の傷は癒えない…ならば俺『私 も覚悟を決めよう『るわ 。』



声が二重になって聞こえる。

男の声と女の声。

男の声は伊織、女の声は瑞樹のもののように聞こえた。

そして瑞樹の姿をした伊織が手を広げる。





『お前『あなた の気が済むのなら、そうして  くれ…』





言い終わると同時くらいに凪が爪を振りかざした。

鋭く光るそれが瑞樹の喉へ真っ直ぐ振り下ろされる。

真っ赤な飛沫が一瞬にして飛び散った。
















『…な…、』

「勝手、に…話、進めんな…!」



凪の爪は立ちはだかった狩谷の胸に食い込んでいた。

飛び散った血液が瑞樹の頬に当たって流れ落ちる。




「誰が納得、いくかよ…俺が大切にしたいと思う命を…親父か何か知らねーけど…アンタが勝手に奪うな!」

『君は…『ヒロ君…!! 』

「アンタもだ…戸惑うくらいなら、こんな事するんじゃねぇ!」




食い込んでいた爪を引き剥がす。

凪の力ならその体を貫通させることも出来たはずなのに、それは皮膚の表面を少し抉ったところで止まっていた。




「心のどっかで、まだアンタはこの人に未練がある…だから憎みきることが出来ないんだろうが!」

「知った風な口を聞くな…お前に何が分かる…!」

「何もわかんねぇよ…俺は大切なモンなら護りたい!アンタの気持ちなんか理解できるかよ!」





狩谷の身体が蒼い炎に包まれていく。

まるで楯になるかのように、傷ついた身体で瑞樹の前に立つ。



その姿に、伊織は何か忘れていた大切なものを思い出した。

どれだけボロボロになろうとも、護りたいとただそれだけを思っていたあの頃を。

想いが言葉になって口から紡がれる。




『凪…俺は一度たりとも、お前を嫌ったことは無い…』 

「…嘘…だ…」

『本当だ。あの日、お前を封印したのは…そうしなければならなかっただけだ…』

「そうしなければ…?」

『俺の施した封印は俺の命が尽きれば消える不完全なものだ。そうすれば何年か後、お前は必ず蘇る。おまえが生きる場が少しでも住み良いように、と…そう思った。村の者に封印されていれば、お前は永劫深い闇の中に封じられると聞いていたからな。』

「…そん、な…」

『言い訳と取ってくれても良い。でも俺にとってはこれが真実なんだ…』






がくり、と凪が崩れ落ちる。

伊織はその前に膝を付いて、凪の顔を覗きこんだ。

ゆっくりと手を伸ばし、伊織が優しくその身体を引き寄せる。

その時、消え入りそうな声で、凪が呟いた。




「私の…していたことは、無意味だった…のですか…?」

『そんな事は無い…不謹慎だが、お前がこうして俺の娘をこの世界に連れてきたことで、もう一度出会えた。』

「悪い、父親ですね…貴方は…」





ふ、と凪が笑う。

その瞬間。

周りを覆っていた禍々しい空気が一瞬にして掻き消えた。

辺りの景色がぐにゃり、と歪んで消滅する。

気付けば3人は真っ白い空間の中に佇んでいた。






『悪い父親である俺から、最期の頼みだ…』




伊織が自らの胸に手を当て、凪を真っ直ぐ見つめる。





『俺は、まだ15歳のコイツを…独りぼっちにさせてしまった…これ以上、コイツから大切なモンを奪うわけにはいかない…』

「…伊織…」

『俺を、これ以上悪い父親にしないでくれ…お前なら、意味…分かってくれるよな?』




凪は暫く考え込んでいたが、小さく「わかりました」と頷いた。

その答えを聞いて満足げに頷くと、今度は伊織の視線が狩谷へと向けられた。





『それと…狩谷君、だっけ?』

「…はい」

『安心したよ…君みたいな子が蓮の傍に居てくれて。あの子は、一人じゃ泣けない子だからね。』

「…分かってます」

『蓮を…よろしくね。』






狩谷は伊織に向かって深く頭を下げた。

それを合図にしたかのように、白い世界が更に白く漂白されていく。

そして間もなく、目の前に立つ2人の姿すら見えなくなっていった。






 





















































視界が回る。

その中に懐かしい姿を見つけ、私は必死に手を伸ばした。

暖かいものが、伸ばした手を優しく掴む。






「お父さん…!」

『蓮…すまなかったな道連れになんかしようとして‥結局、父親らしいこと何も出来なかった…』

「そんな事無い…!私は、お父さんの子で良かった…」

『!、…そう、か…』





手が、離れる。

指先同士が掠れ、そのまま引き離されていく。





『蓮…大好きだよ。』

「お父さん…私もだよ!私も…大好き…!」

『幸せにな』





優しい声音。

寂しさは残るけれど、もう悲しくは無かった。

聞きたかった言葉が聞けたから。

言いたかった事が言えたから。

真っ白になる世界に、私はゆっくりと瞼を下ろした。



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