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FIVE  作者: AkIrA
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39/42

39:封印

死は怖くなかった。

ただ怖かったのは、自分の存在が無かったものにされてしまうこと。



だから、きっと。

自分は幸せなのだ。





(瑞樹…)





伸ばそうとした手は届かず。

血か、涙か。

滲む視界でその姿は捉えることは出来ず。

其処には暗闇だけが広がっていた。

























































「キヨ、君…!!」





瑞樹の簪を覆っていた光が、全て岡野の体へ吸い込まれる。

凪が忌々しげに顔を顰めた。





「人間風情が…」





倒れこむ岡野から再び力を吸収しようとするも、出来ない。

どうやら瑞樹の発した光がそれを拒んでいるかのようだ。

翳した手を懐に直すと、凪は鋭い眼光を二人に向けた。






「嘘であって欲しかった…再びこんな形で、伊織の姿を見ようとは。」

「あなた、お父さんの何なの…?」

「知りたいのなら、教えて差し上げましょう…」






ゆっくりと、凪は顔半分を覆う包帯を解いていく。

全て解き終わると、その顔が全て明らかになった。

その姿に瑞樹と狩谷は思わず息を呑む。






「それ、は…」






包帯で覆われていた部分の下は、赤黒く焼け爛れている。

その中央にある目には、切り裂かれたかのような傷。









「この傷は…あなたの父親が私につけたものです。」

「お父さんが…?」

「昔、この地域には多くの妖怪が居ました…私も、含め…ね。」



























































(20年前)





「〜、」




上機嫌に鼻歌を歌う横顔。

赤い夕日が彼の穏やかな表情を照らしていた。


ふと見かけた瞬間。

綺麗だ、と単純にそう思った。

別に他意があったわけではない。


ただ、何となく。

凪は誘われるようにふらふらとその人間について行った。





林を抜け、神社の鳥居を潜る。

そして境内へ。

そこで漸く彼の足取りが止まった。






「何…?」





振り返る。

茶色の髪がさらりと風に靡き揺れる。

凪はその光景に思わず見惚れた。







「つけて来たでしょ?俺に、用事?」

「…」

「別に怒っているわけじゃない。何か有るなら、聞こうかなって思っただけだよ。」







穏やかな口調。

その人間は、優しく笑いながら凪の元へと近づいて視線を合わせた。

そして、手を差し伸べられる。







「俺は、瑞樹伊織。君は?」

「………」

「教えてくれると、嬉しい。」

「……凪…」

「凪、か。綺麗な名前だな。」










伊織が笑うと、凪の心は温かいもので満たされた。

その当時妖怪は忌避の対象であり、人間と関わることは殆ど無かった。




勿論凪もそうであり、極力人間との接触は避けていたはずなのだ。

しかし、伊織の姿を見た瞬間、何故かそう思えなかった。

近づきたい、とただ思った。

そして伊織もそれを許してくれたのだ。










「おーい!悟!」

「何だ?」

「俺、妖怪の友達出来た。」

「あぁ、そう…じゃあ茶2つ持ってくる。」








神社の境内の中から出てきたのは何処か気だるげな雰囲気の男。

悟、と呼ばれた男は驚くでもなく凪の存在をあっさりと認めたのだ。

その事に驚きながらも、凪は嬉しさを感じていた。

程なくして悟が戻って来て、縁側に3人並んで座る。






「紹介まだだったな。コイツは北森悟。この神社の跡取り息子だ。」

「…凪、です。」

「よろしく。」





それが出会いだった。

ともに時間を重ねるうちに、伊織は凪にとって特別な存在へとなっていった。





しかし穏やかな時は長くは続かない。

3人が出会ってから3年ほど経過した時、事は起こった。


















「凪!逃げろ…!」

「悟…?どうしたんですか?」




悟の神社に住まわせて貰っていた凪は、珍しく慌てた様子の彼に驚きながらも訊ねた。

しかし悟はそれには応えず、凪の手を無理矢理引いた。




「良いから逃げろ!手遅れになる前に!」

「悟…?」

「っそ!行くぞ!」




戸惑いながらも凪は悟に手を引かれついていく。

そのまま納戸へと2人は身を潜めた。

程なくして大勢の足音が聞こえてくる。

それと同時に、辺りが急にざわつきだす。





「何処だ!?」

「情報は確かなのか?」

「あぁ。此処でどうやら妖狼を一匹匿っているらしい。」

「早く見つけるんだ!」

「封印しろ!」






凪の口を塞いでいる悟の手も小さく震えている。

息を殺し、その集団が行き過ぎるのをただ二人は待った。





「おい!この納戸調べたのか?」

「いや。」

「怪しいな…」





心拍数がどんどん速くなる。

がたがた、と戸を揺する音が耳に響く。

悟が庇う様に凪をきつく抱き締めたその時…















「待って!」

「あぁ、伊織君か…どうしたんだ?」

「妖狼の居場所…俺知ってるよ。」





収まりかけた心拍数が再び跳ね上がる。

悟の手にも力が籠もるのが分かった。






「本当か、伊織君!」

「うん。あっちの山に逃げてくのを見た。」

「そうか!…行くぞ!」







ばたばた、と伊織が指した方角へ皆走っていく。

全員居なくなったのを確認すると伊織は納戸へ手を掛けた。






「悟、凪…」

「ありがとうございます…伊織…」

「死ぬかと思った…」





す、と伊織の目が細められる。

きらりと視界の端で何かが光った。





「ごめん、凪…」

「伊、織…?」

「俺…こうしなきゃ、いけないんだ…」





それがナイフだと認識する前に、その刀身は凪の腹部へと突き刺さっていた。

避ける隙も、声を出す暇もなく。

熱くなってくる腹に視線を落とすと、白い袴がじわじわと赤く染まってきていた。






「伊織…嘘、でしょう…?」

「嘘じゃない。俺は、妖狼であるお前を、狩らないといけなかった。」

「だから、私と一緒に…?」

「そうだよ。こうして封印するために、俺はお前に近づいた。」






信じていた、信じたいと思っていた人間に裏切られた。

悲しみは徐々に怒りへと変換される。

顔を上げた凪の瞳孔は大きく開き、大きな力の波を放った。







「許さない…」







怒りのまま放たれた力。

しかしそれは見えない力によって弾かれる。

自分が手負いだから、という訳でもなさそうだ。

凪は驚きに目を見開いた。








「凪…俺はお前を処分するだけの力を持ってる。」

「伊織!やめろ!」

「悟は黙ってて。これは俺と凪の問題だ。」








凪の力を物ともせず、伊織はじりじりと距離を詰めてくる。

制止に入ろうとする悟を押しのけ、凪だけを狙う。

伊織が手を横に払うと、凪の作った結界はいとも容易く掻き消えてしまった。

最早、凪を守る物は何も無い。









「伊織…」

「お前は、俺の血と共に…此処に封印する。」

「何故…!何故私を裏切った!!」

「凪…」

「裏切るくらいなら、初めから私を受け入れなければ良かった!こんな屈辱は無い!」












――― こんな悲しみも無い。











凪の叫びに伊織は何も答える事無く、ナイフで自らの手を切りつけた。

滴った血でポケットから取り出した札に文字を書く。










「言い訳の一つでも、して、下さい…」

「言い訳なんか無い。これが、真実だ…」

















―――俺を、恨んで…
























血の呪文が書かれた札を、伊織は凪の右目へ押し付けた。

途端、札が炎を発し凪の身体を一瞬にして覆う。

身を焼く業火に、声も上げることすら出来ず凪はもがく。













「凪…俺を憎め…そして、何時か…」









その先の言葉は聞こえなかった。

伊織のナイフが再び光り、凪の右目は光を失い身は封印された。









































































「あれから何年か経ち、私は突然解放された。」



凪は爛れた皮膚を隠すように再び包帯を巻きつけた。

瑞樹は苦痛に表情をゆがめたままだ。




「伊織が死んだのだ、と直ぐ分かりました。」

「……!」

「封印は解けた。しかし、最も憎むべき人間はもう居ない。何年封印されていたかは分かりませんが、世界は変わってしまっていた…」




町並みは変わり、住む人間も変わっていた。

唯一変わっていなかったのは神社。

しかしその中に住む人間に悟の姿は無かった。





「もう気付いているかもしれませんが、悟は透の父親です。」

「北森君の…」

「しかし悟も、すでにこの世に居なかった。私を庇い立てしたことで迫害を受け、自ら命を絶ったそうです。」





凪の目が徐々に鋭くなっていく。

恨み、憎しみ、全てをその瞳に凝縮させて。





「待って!お父さんは…」

「今更言い訳など聞きたくありません。」





自らの身体に残る全ての力を無理矢理引き出し、凪はその手の中に大きな光の塊を抱く。

どんどんとそれは大きくなっていく。






「同じ言い訳ならば、あの日、伊織の口から聞きたかった…」

「凪さん!」

「もう結構です…楽になりなさい。」






圧縮した光の弾を狩谷と瑞樹に向けて放つ。

圧縮されたそれは元に戻ろうと、徐々に大きな光へとなっていく。


飲み込まれる寸前。

鼻先まで迫った光に瑞樹は思わず目を閉じた。


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