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FIVE  作者: AkIrA
28/42

28:悲哀

BL表現有り

風が止む。


巻き上がっていた砂煙が下へと落下して、視界がクリアになっていく。



しかし、そこにはもう、何もなかった。



夥しい程の血液の痕。

所々に布の切れ端のような物が落ちている。




「キヨ、君…?」




血の海の中、きらりと何かが光った。

覚束無い足取りで、端樹はそれに近づく。



赤く染まるそれは、クリスマスの日に端樹が岡野に送ったネックレスだった。




「ぃ…ゃ…」




持ち上げると、銀色のチェーンを伝って血が一滴落ちた。




「いやああぁ!!」




端樹の慟哭が静かになった空間に響く。

目に映る全ての状況が、岡野の生存を否定していた。




「嫌…だ…っ、キヨ君…」





(かぶり)を振って、現実から目を逸らそうとしても。

指先に感じるどろり、とした血液の感触は消えない。



手の中に収まるネックレスをきつく握りしめたその時…






「端樹…?」




黒く延びる影。

端樹は顔を上げて影を振り返った。




「っ…ヒロ君…!」

「端樹…?何が…」

「キヨ君が…キヨ君がぁっ!」




全てを聞かなくてもわかった。

血塗れの地面と泣いている端樹。

狩谷はその長い睫を伏せた。




「私のせいだ…私が…」

「言うな。」




ガタガタと震えながら頭を抱える瑞樹を狩谷はそっと抱え込んだ。

そして真っ赤な地面から目を逸らすように、瑞樹の髪へ顔を埋める。




「まだ…、岡野が死んだとは限らない…」

「ヒロ…君…」




声を荒げる狩谷の手も僅かに震えていた。

痛みを耐えて吐き出された言葉が、瑞樹に突き刺さる。

瑞樹もそれ以上何かを言うことは出来なかった。

























































「明鈴の気配が消えた…」

「その様ですね…口ほどにも無い…」



腕の中に居る怜王の髪を指で梳きながら八神が呟く。

そしてその手を止めると、きつく怜王を抱き締めた。



「怜王…俺は、正直白星だとか黒星だとかはどうでも良いんです…」

「おいおい…仮にも俺らの頭がそんなこと言うなよ。」

「違う!俺は…」




言い終わる前に八神の頭を引き寄せ怜王はその唇に自分のそれを重ね合わせた。

冷たい唇が八神の頭を冷やしていく。




「怜、王…」

「八神、俺はお前に忠誠を誓う…」




眼鏡越しの瞳は静かに澄んでいた。

そして再び口を開く。




「言えよ…」

「…っ、」

「言え。八神了としてじゃ無く…黒星として、だ。」




怜王の挑戦的な瞳に捕らえられて八神は小さく唇を噛む。

その言葉を言えば彼はこの腕の中から出て行くだろう。


それは八神の望むところではない。

しかし決断はしないといけない。




「怜王…」

「何だ…?黒星。」





(つか)えそうになる言葉を喉の奥から無理矢理引きずり出す。






「忠誠の証を、此処に示せ…」





八神の腕から抜け出した身体は冷たい床に膝をつく。

(うやうや)しく胸に手を当て頭を下げた。






「貴方の仰せのままに…」





眼鏡に手を掛けそれを床に投げ捨てる。

怜王がそれを踏みつけるとレンズが粉々に割れた。





「八神…」

「…何、ですか…?」




力なく吐き出された言葉に怜王は苦笑する。





「これで、良いんだ…」




バタン、とドアが閉まる。

静寂と暗闇が空間を支配する。

膝を抱え込み、八神は唇を噛み締めた。




























































「蓮ちゃん…」



返事は無い。


日が落ちかけ、赤く周りの景色を染める。

縁側に座る瑞樹は戻ってからずっとこんな感じだ。


人形の様に表情無くぼんやりと空中を見つめている。

泣きそうなのに泣けないみたいな雰囲気。

悲痛を伴うその背中は今にも崩れそうで。


直は伸ばそうとした手を引っ込めた。

変わりになるべく音を立てないように静かに、彼女の横へ腰を下ろした。



横から覗き込んだ悲しみを湛えた瞳は真っ直ぐに前だけを見ている。

その手には赤錆の様な色に染まるネックレスが握られていた。




「蓮ちゃん、」




もう一度、直は呼びかける。

今度は瑞樹の瞳が小さく揺らぎ、顔が直の方を向いた。




「蓮ちゃんは、悲しい…?」

「そう…だね…」

「そっか…」




取り乱して、泣く事も無い。

其処にあるのはただ空虚な空間。

人の形をした、抜け殻…




「僕も、悲しいな…透が居なくなったら、皆が居なくなったら…」




瑞樹の瞳が再び前を向く。

直は構わず言葉を続けた。




「でもね、逆だったらどうだろうって…思うんだ。」

「逆…?」

「目の前で大切な人を失うくらいなら…自分の命を賭しても構わないって…思っちゃうかもなぁ…」




瑞樹の唇が震える。

瞳の揺らぎが一層大きくなった。




「私は…望んでなかった…!」

「蓮…ちゃん‥!」

「言ったはず!守護者だからって、私の為に戦うなんてしなくて良い、って…!!」




叫んだ瞬間に堰をきったかのように瑞樹の瞳から涙が溢れ出た。

それは止まることなく後から後から流れていく。




「自分の為に戦って、って…」




最後の方は嗚咽が混じり、消え入りそうな声だった。

直が目を細める。

それは何処か慈しむような表情だった。




「だから、じゃないのかな?」

「え…」

「岡野君にとって、自分の為に戦うって事は蓮ちゃんを護る事と同義だったんじゃない?」




直の手がそっと瑞樹の背中に伸びる。

優しく背中を撫でる手の動きにまた涙が溢れ出す。




「自分を責めちゃ駄目だよ…」

「でも…私と会わなければ…キヨ君は…」




直が泣きじゃくる瑞樹の頬をぺち、と叩く。

軽く走った痛みに瑞樹は目を見開く。




「そんな事、言ったら駄目だよ。」

「直…くん…」

「蓮ちゃんの言葉は、岡野君まで否定してる…」





泣いているのは瑞樹の筈なのに、直の方が今にも泣きそうな顔をしていた。

まるで自分が傷つけられたかのように、痛みを伴った表情。





「そんなの…駄目だよ…」

「っ…ぅぁ…」

「泣いて、良いから…いっぱい泣いて良いから…岡野君の気持ちは、わかってあげて…」




その言葉を合図にするかのように、瑞樹は声を上げた。

全てを洗い流すかのように、叫び声にも似たそれで泣き叫ぶ。




「ぅあああっ!」

「蓮ちゃん…」




支えるかのように引き寄せられた直の腕の中。

ただ、瑞樹は泣き続けた。

























































「後悔…してるのか?」



静かな空間に静かな声が響く。

その声に応えるかのように、ゆっくりと緩慢な動きで狩谷は顔を上げた。



「北森…」

「そう、見えた。お前の背中が何かを悔いているように。」




何も語ろうとしない狩谷の隣に、少し離れて北森は腰を下ろした。




「岡野の、事か…?」




『岡野』という固有名詞に、狩谷の肩がぴくりと揺れる。

それに構う事無く、北森は言葉を続けた。




「岡野の姿が消えたというのに、お前も瑞樹も何も語ろうとしない。」




そして、大体の想像はつく、と北森は付け加えた。

珍しく饒舌な北森に狩谷は眉間の皺を僅かに深くした。




「珍しく、お喋りだな…」

「俺も守護者だから。仲間が傷つけば…悲しく思う。」




仲間。

そんな単語が北森の口から出てくるなんて狩谷は思ってもいなかった。


北森が顔を伏せる。

その横顔は何時もと変わらない無表情だったが、纏う雰囲気は少しだけ違って見えた。





「お前でも、そんな事思うんだな…」

「出会った時から、お前は相変わらず失礼だ。」





クスリ、と空気で北森が笑ったのが分かった。

不思議とそれは嫌な感じはしなくて、狩谷は詰めていた息を漸く吐き出した。





「悪い…」

「別に良い。」




少しだけ、北森へと狩谷は身体の向きを変えた。

そこで漸く視線が交わる。

逡巡してから狩谷は口を開いた。




「岡野が、やられた…」

「…そうか」

「死んだかどうかは分からない。ただ‥あの血痕の量…」




そこで狩谷は口を噤む。

地面いっぱいに広がっていた赤色は、死を疑わざるをえない程酷かったのだから。





「何も、無いんだ…血の跡以外は布切れみたいなのが落ちてるだけで…」

「それで…死の確認は出来なかったというわけか。」

「俺は目を逸らしたんだ…調べて、現実を直視するのが怖かったから…」





立てた片足に額を押し付け、狩谷は声を搾り出すように呻いた。





「本当はあの場で…俺が一番冷静にならなきゃいけなかった…」

「狩谷…」

「ちゃんと状況を判断して、アイツを不安にさせないようにしなきゃいけなかったのに…!」




最後の方は早口で。

吐き出した言葉は狩谷自身へと再びのしかかる。


あの場で、瑞樹を安心させるような言葉の一つでも言えていれば。

彼女を抜け殻の様にしてしまう事は避けれたかもしれない。

縁側で、泣きもせずただ空を見つめる瑞樹の姿。

それを思い出してまた狩谷は自分の浅はかさに歯噛みした。




「完璧な人間なんか…居ない。」

「…北森…」

「大切、だったんだな。お前にとって岡野は…」




当たり前だ、と狩谷は呟いた。

人と関わるのが苦手な自分が、踏み込むことを許した数少ない友人なのだから。




「そんな大切な人間が血を流せば、誰だって冷静で居れるわけない。」

「お前も、か?」

「ああ。俺だって直が傷つけば冷静で居ることなんて無理だ。」




北森が口元に笑みを浮かべる。

そんな優しげな表情を見るのは初めてだった。

それは思わず言葉を失ってしまう程、何時もの北森からは想像もつかないような表情だった。




「それでもお前は泣きも叫びもせず、此処まで瑞樹を保護してきた。」




北森が縁側の方へ、視線を向ける。

微かに瑞樹の泣き声が聞こえた気がした。




「それだけでも十分だと…俺は思う。」




不器用な言葉が狩谷の心を少しずつ暖めていく。

下を向いていた顔を上げると、狩谷は北森に小さく笑って見せた。




「ありがとな」




その言葉に北森も笑みで返した。

そして来たときと同じ様に静かに立ち上がり、出て行った。



一人残された空間で狩谷は考える。



北森と直は、凛子と功。

水無瀬は、霧矢と。

そして岡野は、明鈴とそれぞれ戦闘を行った。


北森・直は傷は大方癒えているものの、まだ本調子と呼べる程には回復していない。

水無瀬は言うまでも無く意識が無いままだ。

岡野は…居ない。


向こうの守護者も残り一人。

あの、馬渡怜王という男を残すのみだ。


必然的に狩谷の相手はその男だ。

直達の情報によると、糸を自在に操るらしい。

分かっているのはそれだけ。


正体すら分からない男と対峙する事に不安は残る。

相手も、自分も最期の砦なのだ。



どちらかが崩されれば、崩された側は圧倒的に不利になる。

負ける訳にはいかない。



狩谷は自分の掌をじっと見つめ、そして想いを籠めるようにきつく握った。


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