22:歪曲
「端樹…だから次は俺が戦う」
「水無瀬君…」
「俺以外じゃ駄目なんだよ…」
霧矢を止める事が出来るのは自分しか居ない。
そう水無瀬は自負していた。
霧矢の強さは本物だ。
穏やかな外見からは想像もつかないほど荒々しく繰り出される体技。
共に生活するうちに教え込まれた喧嘩も水無瀬は到底霧矢には及ばない。
そんな霧矢に勝算があるとすればそれは唯一つ。
「アイツの隙をつけるとしたら…俺しか居ねぇんだ。」
「晋…」
不安げな表情を浮かべる狩谷の眉間を水無瀬が指で突く。
笑って見せた水無瀬に狩谷は眉間に刻んでいた皺を緩めた。
「俺の全てを賭けてでも…」
端樹と狩谷を交互に見遣ってから水無瀬は言葉を続けた。
「守ってやるよ。守護者らしく…な。」
全て話し終わった、とばかりに水無瀬は2人に背中を向けた。
「端樹…悪い。晋と二人にしてくれ…」
「ヒロ君…」
「何も…聞かないでそうしてくれたらありがたい…」
眉を寄せ、苦く笑う狩谷。
端樹はそれ以上踏み込んではいけない、と理解した。
小さく顎をひいて頷くと二人を残し、部屋から静かに出ていった。
「何?」
「晋…」
後ろを向く水無瀬の腕を狩谷がそっと掴む。
「俺は…今も昔も、お前の望む答えを出してやれてないかもしれない…」
掴まれた腕が熱い。
狩谷の手に力が籠もり、水無瀬の胸まで締め付けていく様だ。
「それでも…一人で戦おうとすんな。お前…無理しすぎなんだよ。」
「無理…なんか…」
「怖いなら怖いって言え…助けを求めたって良いんだ…」
水無瀬が狩谷の手を払う。
振り向いた水無瀬は小さく微笑んだ。
「気持ちだけ、貰っとく。」
「晋…」
「その代わり、俺の気持ちは…此処に置いていく。」
手を伸ばし、部屋の窓に手を掛ける。
そのまま窓を開け放つと、水無瀬は身を乗り出した。
「間違えた…お前の大切な人間に預けてる。」
「晋っ!」
言い終わるとほぼ同時に水無瀬は窓から飛び降りた。
狩谷が引きとめようと手を伸ばしたが、それは叶わず虚しく指先が空を切った。
「晋!」
追いかけようと狩谷が窓枠に手を掛けた。
しかし、くるりと振り返った水無瀬が掌を狩谷へと向ける。
バチッ、と音がして電流が狩谷の窓枠に掛かった手から体に流れ込む。
体の筋肉が弛緩して狩谷の身体は床に倒れこんだ。
「ッ!」
「悪ぃな、裕之…」
愛してる…
そう唇の動きだけで呟いて、水無瀬は今度こそ背を向けて走り出した。
残された部屋の中、狩谷は床にぎり、と爪を立てた。
「、っくそ…」
止められなかった。
また去っていく背中。
幼かったあの日と同じ様に。
立ち上がろうと力を入れようとしても身体は動かない。
無力すぎる自分に狩谷は唇を噛み締め俯いた。
「何か、楽しそうやん…」
「そうか?」
結局、功と凛子は戻ってこなかった。
霧矢の話によれば、どうやら2人は白星側の守護者に倒されたらしい。
にも拘らず戻ってきた霧矢は至極上機嫌なのだ。
それこそ気持ち悪いほどに。
「凛子も功も白星側に取られてんで?」
「別にそんなもんどうでも良い。」
「何を見つけたんよ…」
煙草を蒸かして、指先で小さな銀色のピアスを弄っている。
それが何かは分からないが、どこか愛しげな目で霧矢はそれを見つめていた。
「俺のペット。」
「はぁ?」
「昔逃げられたんだけど、もう一回手懐けようと思ってよ。」
自分の下から逃げ出した、はずだった。
なのに水無瀬は何も変わっては居ない。
霧矢が染めた髪も、開けたピアスも、口に咥えていた煙草の銘柄も。
それは水無瀬が未だに霧矢から逃れる事が出来ていない証拠だ。
「可能性はありそうだしな。」
霧矢のその自信が何処から来るのかは明鈴には分からない。
楽しげに指先で転がしていたピアスを自分の耳に宛がう。
そしてそれをピアスホールに通した。
「逃がしてやるのは一回きりだぜ…晋。」
あの日自分の部屋から抜け出した水無瀬を霧矢はそのままにしておいた。
それに特に深い理由は無かった。
別に捕まえようと思えば何時でも出来たし、その必要性が霧矢には無かったからだ。
街で小さく蹲る幼い水無瀬を見つけたとき妙に心が騒いだ。
嗜虐心をそそる様な、しかし同時に保護欲も誘われるような…
そんな想いを混在させながら霧矢は水無瀬を保護した。
彼が逃げる前までは、霧矢の心を占めていたのは保護欲の方だ。
しかし水無瀬が逃げ出したことでその心は反転した。
霧矢の心に潜んでいた残虐な心。
目の前に水無瀬の姿が見えない内はまだそれは押さえ込んでいられた。
しかし、それは現れてしまった。
幼さが抜け、美しく成長した姿で…
「アンタの愛情って歪んでるわ…」
「純粋なだけだ。」
ポケットの中で震えだした携帯電話。
霧矢はにやり、と口角を上げた。
「呼び出しだ…」
「ちょぉ、霧矢っ!」
明鈴の止める声を無視して霧矢は立ち上がった。
相変わらず表情は楽しげなまま…
「あ、明鈴。八神に言っといて」
「何よ…」
「新橋霧矢はちょっと遊びに行ってます、って。」
本当に今から友達と遊びに行くかのような言い方で、霧矢はそう言うと上着を手に取り部屋を出ていった。
残された明鈴は右手で前髪をかき上げ、盛大な溜め息を吐き出した。




