こうして私の婿探しは始まりますの
ロスベルクの町を牛耳る悪徳領主――爵位は男爵で名を「ガルド・フォン・バルバロイ」といい、表向きは鉱山経営で栄えていると見せかけ、裏では亜人の密輸や無辜の民の奴隷売買で私腹を肥やしているという。
そのバルバロイ男爵の豪邸の門の前で、私たちは悠然と立ち止まっていた。
「……おや、警備の数が随分と多いですこと。ですが、我が家を放逐された『死人』の私にとっては、これくらいの門番などただの案山子にすぎませんわね」
私は優雅にグローブをはめた手を軽く握り込み、バキバキと心地よい関節の音を鳴らした。そして得意の付与魔術で筋力増加を己にかける。
幻惑のイヤリングは健在。耳を隠した「人間の令嬢」の姿のまま、一迅の風となり門番の兵士を瞬く間に昏倒させると、私は屋敷の頑丈な鉄の正門を容赦なくハイヒールで蹴り飛ばした。
――ドオオオンッ!!
凄まじい破壊音とともに、数人がかりでなければ開かないはずの鉄門が蝶番ごと吹き飛び、敷地内へ盛大にひっくり返る。
「な、なんだぁ――!?」
「不審者だ――っ! 侵入者、やれぇ!」
瞬く間に、屋敷の中から十数人の武装した衛兵や傭兵崩れどもが飛び出してきた。彼らは一斉に剣を抜き、殺気を剥き出しにして私たちを取り囲む。
だが、我が従者であるバトス殿が、ふっと呆れたような笑みを浮かべて一歩前に出た。
「お嬢、雑魚の相手は俺に任せてくれ。……ちょいと、最近鈍った筋肉をほぐしたくてよ」
「頼みますわ、バトス。ただし、あまり粉々にしすぎて証拠隠滅にならないよう手加減なさいませ」
「へっ、心得てるさ!」
バトスが愛用の大剣を抜き放ち、唸りを上げて突撃する。
ガキンッ! と響く金属音の直後、大男たちの群れがまるで台風に巻き込まれたかのように次々と宙を舞い、地面に叩きつけられて一瞬で気絶していった。流血沙汰を起こさず、完全に物理で無力化するその手際、さすがは我が父公爵の元部隊の猛者である。
「お見事ですわ、バトス殿」
ミリエラ夫人が冷徹な笑みを浮かべ、指先から放つ微弱な麻痺の魔術で逃げようとする衛兵をピタリと縛り上げる。
そして――。
私は衛兵たちが転がる中庭を優雅に歩み抜け、屋敷の正面玄関の大扉を、今度は両手で掴んで盛大に吹き飛ばした。
「失礼いたしますわ、バルバロイ男爵! お客様のご到着ですよ!」
「ひっ……な、なんだお前らは――っ!?」
豪華なシャンデリアの下、真っ青な顔で震え上がっていたのは、肥え太った外道――バルバロイ男爵その人だった。彼は近くにいた護衛の傭兵を盾にしようとするが、その傭兵もすでに恐怖で腰を抜かしている。
男爵は冷や汗をダラダラと流しながら、私たちを指さして叫んだ。
「き、貴様ら、平民のくせに我が領の館へ押し入るとは……! 衛兵は何をしておる! 絞首刑にして――っ!」
「おや、私たちを『平民』とお呼びですか?」
私はクスリと冷ややかな笑みを浮かべ、優雅に歩み寄る。
そして、男爵が「ひっ」と息を呑み、後ずさろうとしたその瞬間――。
私はスッと懐から、帝国の中枢、最高権力者の象徴である「公爵家の家紋」が刻まれた特製の黄金のブローチを取り出し、男爵の鼻先に突きつけた。
「――その家紋を、まさかお忘れとは言わせませんわね?」
バルバロイ男爵の目が、恐怖と驚愕で見開きの限界まで見開かれた。
彼はガタガタと全身を震わせ、ブローチに刻まれた紋章を凝視しながら、うわごとのように呟く。
「ま、まさか……その家紋は……! 帝都の中枢に君臨する、あの『マリエール公爵家』の……っ!? ば、馬鹿な! あそこの長女は、1ヶ月前に『不慮の事故でお亡くなりになった』はずでは――っ!」
男爵が絶望に満ちた顔で私を見上げる。
私はフッと微笑み、その冷酷な美貌を一層際立たせた。
「おや、よくご存知でいらっしゃいますこと。ええ、私を勝手に『死人』扱いにしてくださいましたクソジジイのおかげで、こうして全国の腐った膿をスッキリ洗い回る暇ができたというわけですわ!」
「ひ、ひぃぃぃっ……!! 死人、だと……!? いや、な、ならばここで本当の死人にしてくれるっ! そうすれば全て有耶無耶にしてこれまでどおり! 」
そう言うと引きつった表情を浮かべたまま、男爵は声を張り上げる。
「臨時ボーナスを出す!! 衛兵達っ――この無礼な平民どもをぶちのめせぇっ!!」
バルバロイ男爵の狂乱の叫びに応じ、屋敷の奥から控えていた精鋭の衛兵たちが一斉に牙を剥いて襲いかかってきた。
だが、我が一行の敵ではない。
「おや、まだ懲りていないようですね」
私は一歩踏み出し、己にかけた付与魔術の出力を一段階引き上げた。
パキィッと大気が微かに鳴る。私の周囲に風の奔流が巻き起こり、数名の衛兵が突撃してきたその瞬間――私は優雅に、しかし音速の如き鋭さで右の回し蹴りを放った。
――ドオオオッ!!
直撃した衝撃波だけで、先頭を走っていた屈強な傭兵たちがまとめて吹き飛び、壁に激突して盛大に崩れ落ちる。
さらに、背後から襲いかかろうとした者たちに対し、バトス殿が「おらぁ!」とフラットな大剣の腹で軽く一閃。ミリエラ夫人の放つ極上の麻痺魔術がそれに追撃し、残りの兵士たちは一瞬にして全員、床の上できれいな大の字を描いて気絶した。
「ひっ……! ぶぁ、化物め……っ!」
唯一残されたバルバロイ男爵は、目の前で起きた一瞬の出来事に腰を抜かし、自分の汚れた尿のなかに座り込みながらガタガタと震え上がっている。
私はハイヒールのつま先で、その男爵の顎をクイッと持ち上げ、冷ややかな氷の微笑みを向けた。
「おや、もうおしまいですか? 『本当の死人』にしてやるとおっしゃっていたのは、どこのどなたでしたかしら?」
「ひ、ひぃぃぃ……っ! お、お許しを……命だけはぁ……っ!」
「そんな無粋な事はしませんわ。その代わり――貴方の不正の証拠、そして奴隷売買のリストは、我が従者によってしかるべき機関へ提出させていただきます。帝国法と、貴族院の鉄槌をたっぷりお受けなさいませ」
私が冷たく言い放つと同時に、ミリエラ夫人の元にうっすらと光る鳩が書類を咥えて飛んでくる。その書類を一読すると、涼しい顔で頷いた。
「不正の書類を残しておくなんて、欲に目が眩みすぎて詰めが甘すぎますわ。この書類と街の現状報告、領主の差し替えを求める密書を送れば、公爵閣下が後は上手くやってくれるでしょう。」
「さすがはミリエラ、仕事が早い!」
私は満足げに頷き、恐怖で失神しかけているバルバロイ男爵をそのまま放置して、くるりと背筋を向けた。
* 翌日、旅立ちの朝
ロスベルクの町は、バルバロイ男爵の失脚と奴隷売買組織の壊滅により、昨夜までの暗い雰囲気が嘘のように一掃されていた。
解放された亜人の子供たちや町の人々が、私たちの乗る馬車に向かって涙を流しながら手を振って見送ってくれる。
御者台に腰掛けたバトスが豪快に手綱を揺らし、馬車がゆっくりと動き出したその車内。
私は揺れる窓辺で、父公爵へ宛てた嫌味混じりの手紙を書き上げていた。
『拝啓、お父様。
不慮の事故で急逝したはずのフィリスですわ。
そちらのヌルい空気とは違い、こちらは初日から大忙しでございます。国境の町ロスベルクにて、さっそく奴隷売買に手を染めていたバルバロイ男爵を我が家の気高き鉄拳と知略によって更迭いたしました。
後任の領主には、ウチの派閥から実直でまともな若手男爵を推挙しておきましたので、婚約者としては駄目でも実務は有能な方でしたからね。そちらの根回しよろしくお願いいたしますわね。
――で、肝心の「最強の婿候補探し」ですが、まだ道中の真っ最中でございます。首を長くして待っていてくださいませ。
敬具 マリエール公爵家長女・生きてるフィリスより』
「ふん、これくらい書いておけば、あのクソジジイも少しは驚くことでしょう!」
私はフンと鼻を鳴らしながら手紙をピタリと折り畳み、ミリエラ夫人に託した。
彼女はそれを苦笑いしながら受け取り、鳥に託すための封をする。
「おや、お嬢様。次の街へ向かう道すがら当たりの婿候補が現れるかもしれませんよ?」
「ふふ、望むところですわ!」
私は幻惑のイヤリングがしっかり耳を隠していることを確かめ、窓の外に広がる青空を見据えた。
崖っぷちアラサー令嬢の世直し&婿探しロードムービー――第1幕、これにて!
馬車は新たなトラブルと、まだ見ぬ素敵な出会いを求めて、次の地平線へと軽やかに走り出していくのだった――。




