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始まりのハジマリですわ!

王都の高級レストラン「ル・ミエール」の個室。

きらびやかなシャンデリアの下、私は今、人生で何度目かの絶望を味わっていた。

「……で、ですね、お耳が少々、その……尖っていらっしゃるそうで」

目の前に座る男爵家のボンボン――名前は確か……どうでもいいわね、ポマール男爵の三男坊だったかしら――が、青白い顔をして冷や汗をダラダラと流している。

彼は私と目を合わそうともせず、目の前にある銀のフォークをカタカタと震わせていた。

「ええ、その通りですわ。我が祖先には少しばかり古き血筋が混じっておりましてね。いわゆる『先祖返り』というやつですの」

私はなるべく穏やかな、淑女らしい微笑みを浮かべて答えたつもりだった。

だが、その努力もむなしく、男の顔色はさらに土気色になっていく。

「う、噂には聞いておりましたが……本当に『亜人の血』が混じっているなんて……! 我が家は代々、純血の王国貴族! そんな異端の血を引くお方と連れ添うなど、我が家の名誉に関わります……っ!」

ガタンッ! と、男は椅子を盛大に引きずり、まるで化け物でも見るような怯えた目で私を指さした。

「は、破談です! こんなお見合い、受けるんじゃなかった! お断りさせていただきますっ!」

そう叫ぶやいなや、男は出口へ向かって一目散に逃げ出していった。バタンと重い扉が閉まる音が、やけに虚しく個室に響き渡る。

「…………」

静まり返った空間で、私は深々とため息をついた。

その瞬間、耳元で「ピキィ……」と微かな音が響く。直後、私の左耳を覆っていた魔道具のイヤリングが耐えきれなくなったようにパカッと外れ、カランコロンとテーブルの上を転がった。

あとに残されたのは、隠しようもなくピンと長く伸びた、美しいエルフの耳。

「あぁもう……これで今年に入って二十件目ですの……っ!」

私は思わず頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

三十路手前の28歳。公爵家の長女という完璧な血統と美貌、それに相応しい教養と実務能力を持ちながら、この「先祖返りのエルフ耳」と勝ち気すぎる性格のせいで、お見合いは連戦連敗。

世間では「公爵家の行き遅れ」「呪われた鉄血令嬢」などと、陰口を叩かれまくっているらしい。

結婚して一刻も早くお父様を安心させたいという乙女の夢は、今日も冷酷に踏みにじられたのだ。

     *    また別の日の話

「――で、今月だけで二十件目だったな、フィリス?」

公爵邸の重厚な執務室。

目の前のデスクにドサリと山積みにされた「破談届」の束を眺めながら、我が父にしてこの国の最高権力者――公爵閣下が、やれやれと盛大にため息をついた。

「う、うるさいですわね! あんな器の小さい男ども! 異端を口実に勝手に逃げ出しているだけですわ! 私のせいではありません!」

私はソファにふんぞりかえり、フンとそっぽを向いてみせる。

だが、父は冷ややかに、しかしどこか面白がるような目を私に向けた。

「ほう、相手のせいにするか。だがな、お前……。学園で同期だった、あのエリカを覚えているか?」

「エリカ? 確か、私より三つ下の……子爵家の?」

「そうだ。あいつの所に、先日めでたく第一子が生まれたそうだな。赤ん坊がそれはもう可愛らしくてな、我が友人の老侯爵も目を細めておったよ」

ぐっ……!

私の胸に、見えないナイフが突き刺さったような衝撃が走る。

妹分だったエリカにまで先を越されたというのか…… いや、子供も居るとなると先どころか周回遅れにされてしまった!?

「で、だ」

父は書類からふと顔を上げ、無慈悲なトドメを刺してきた。

「我が公爵家の長女であるお前は、いつになったら私に可愛い孫の顔を見せてくれるのかね? この調子では、私が棺桶に入るまでにお前の花嫁姿すら拝めそうにないのだが」

「ぐぬぬぬ……っ! お父様の意地悪! 私だって、今すぐ最高の旦那様を捕まえて、盛大な結婚式を挙げてみせますわよ!」

「ほう、威勢がいいな。ならば――」

父はスッと立ち上がり、私の目の前に一枚の「白紙の通行証」を叩きつけた。

「王都のヌルい空気の中でいくら見合いを重ねても、その高すぎるプライドと尖った耳は引っ込まんらしい。よろしい、お前は今日付で『不慮の事故により急逝した』ことにしておく。身分を捨てて、ちょっくら外の世界を見てこい」

「は……? 死人扱いですって――お父様、ちょっと待ちなさい――っ!」

「文句は許さん。お前が自らの手で、文句なしの『最強の英雄』でも何でも連れて帰ってくるまで、この公爵家には戻るな!」

「お父様ぁぁぁーーっ!!」

こうして私は、父の手によって王都から放り出され、文字通りの「死人」として、世捨て人のような馬車に乗せられたのだった。

――覚えてなさい、クソジジイ! いつか絶対、とびきりイケてる最高の旦那様を捕まえて、この王都にド派手に凱旋してやるのですわよーーっ!!

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