第一七話 狂帝と妃
「ふぁ~」
眠い……。
あの後は、ヴィシャスファミリーへの説明、ボンドの襲名、山積みになった後始末、そして今後の方針決め……。
一睡もできなかった……。
「少し休まれますか?」
「そういうわけにもいかないだろ……」
ヴィシャスファミリーを傘下に加え、実質的にこの街の支配者となったルチア。いつどんな刺客が送られてくるかわかったもんじゃない。ダイラとサンタナも地獄のレベリングに回さないとな……。
「……おい。何か不穏なことを考えてないか?」
「ダイラにも強くなってもらわないとなー。って考えてただけだよー」
なんだその露骨に嫌そうな顔は……。
「それは良いお考えですな。次世代を担う若者には、頑張っていただかないと」
「当然サンタナもだけど?」
無言で目を反らしやがった……。
「そうですよ。ルゥ様と並んで戦うには、二人とも、もっと力をつけなければ」
「流石ルチア。話が分かる。じゃあ、みんなで頑張ろうな」
「えっ」
ルチアが涙目で「私もですか!?」と訴える。俺は目を反らして無視した。
オークションの二日目、今のところ特に問題もなく、順調に進行している。ルチアへ挨拶に来る賓客も、怪しい人間は居なかった。今日は落ち着けそうだなと、気を緩めたその時。
「なんですと!」
サンタナが声を上げた。普段冷静なサンタナが、あれほどうろたえるのも珍しいな……。
「お嬢様。『狂帝ジークフリード』がこちらに向かっているとの報告が……」
「狂帝、ジークフリード……」
ルチアの顔色が悪くなる。
「ジークフリードって……北の英雄か?」
「はい。北方のニーベルゲン高原に君臨していた悪竜ファフニールを討伐し、その地を開拓して国を興した英雄です。しかし、ここ最近は人が変わったように暴政を振るうようになり、今では『狂帝』と恐れられています……」
「ここ最近ってどれくらいなんだ?」
「そうですね……一年ほど前からだと思います」
……ちょうど、俺が塔に閉じ込められてた時か。
「狙いは『ラグナロク』か」
「おそらく……それ以外には考えられません」
「まぁ、オークションに参加しに来るんだろ? 流石に奪いに来るわけじゃ……ないよな?」
「……最近の狂帝の振る舞いを耳にしていると、否定できないところが辛いです」
まじかー。
「狂帝の到着は、明日になるとのことです」
サンタナの報告に、少し空気が弛緩した。
「それでは、今のうちに対策を練りましょう」
俺の……睡眠時間が……。
「そもそも、ジークフリードってどれくらい強いんだ?」
「ルゥ様ほどではないかと」
ルチアが即答した。
「俺たちからしたら、どっちも化け物だけどな」
「少なくとも、悪鬼化したアンガスよりは強いと思われます」
「まぁ、暴れだしたら俺が止めればいいか……」
「暴れだす前にお願いします」
ルチアが即返した。
「……いや、しかしこの一年で何があったんだろうな……?」
「そういや、一年前だったか。ジークフリードが妃を迎えたって話題になってたな」
「そうでございましたね。連日連夜、祭りが開催されたということでした」
妃ねぇ……。
「絶対そいつが原因じゃん」
「はい。帝国周辺の街では、そのような噂が立っております」
「……今回は妃も一緒なのか?」
「片時も離れることがないとのことですので、おそらくは……」
なるほどな。十中八九、精神異常系のスキルだろう。しかも、ジークフリードを狂わせられるほど高レベルの……。
「それじゃあ、妃対策だが――」
精神異常や幻覚を使う敵への対処は、塔で嫌というほど経験した。俺はその経験を基に、精神異常系のスキル対策について伝授した。
交代で睡眠をとることにし、とりあえず限界に近かった俺は一番に部屋に戻ってきた。明日も忙しくなりそうだ……俺は吸い込まれるようにベッドへ倒れこんだ――
「あつっ」
左手に灼けるような熱が走り、俺は飛び起きた。これまで一度も反応しなかった六対の翼の紋様が、赤く光っている。
「悪魔が……来た!?」
嫌な予感が全身を駆け抜ける。俺は迷うことなくルチアたちの元へ走った。
「ルチア! 無事か!?」
俺の剣幕に、部屋に居たルチアとサンタナは固まった。瞬時に部屋を見回すが、特に異常はないようだ。
「……ルゥ様、どうされました?」
「詳しい説明は後だ。この街に、悪魔が現れた」
「あ、あくまが?」
「想定を超えてきた。あいつらは次元が違う。俺は今から奴らの元に向かうが、お前たちはここで待機だ」
有無を言わさぬ俺の言葉に、ルチアは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに表情を改め、力強く言った。
「ご武運を」
「ああ。任せろ」
俺はホテルを出て一直線に悪魔の元へ駆ける。場所は左手の紋様が教えてくれる。悪魔に近づくにつれ、肌にまとわりつくような嫌な気配も強くなった。
街の南門に着くと、こちらに向かっている馬車の一行が目に映った。
あれだ――
俺は馬車の前へ立ちふさがる。
ヒヒーン!
俺の気配に馬たちが怯え、御者が慌ててなだめ始める。
「何者だ! こちらにおわすお方をジークフリード陛下と知っての狼藉か!」
馬の両脇にいた豪華な鎧姿の老兵が声を張り上げる。
「黙ってろ」
話をしに来たわけじゃない。俺は馬車へ向かって拳を振り抜いた。
ドバンッ!
一瞬で上半分を失った客車から、妃を抱えたジークフリードが飛び出した。少し離れた場所へ降り立つと、妃をそっと地面へ下ろす。
「あらあら。街に入る前にとんだ厄介ごとねぇ。あなた。さっさと片づけてちょうだい」
……こいつだ。
妃から放たれる邪悪な圧力に汗が滲む。
そして、一瞬で距離を詰め俺に切りかかってきたジークフリード。
近くで目を見て異常を察した。……こいつは完全に魅了されている。
途切れることが無い激しい剣撃。だが、お前にかまっている暇はない!
「邪魔だ!」
俺は前蹴りでジークフリードを吹き飛ばし、距離が開いた隙に、妃に向かってスキルを発動する。
〘施錠〙
ドサッ
その瞬間、邪悪な気配は消え去り、悪魔だったものは静かに地に伏せる。そして、体の端から塵になり、風に吹かれて消え去った。
こっちを舐めててくれて助かった……。あいつが街に入ってしまったら、とんでもない数の魅了者が出ていたに違いない……。
俺は大きく息を吐いた。
「つっ……。ここは……どこだ?」
吹き飛ばされて倒れていたジークフリードが起き上がり、頭を押さえて周りを見回している。お供の兵士たちも完全に混乱しているようだ。
やれやれ……。
「大丈夫ですか?」
「……君は?」
「私は冒険者のルゥです」
俺はわざと何も知らないふりをして尋ねる。
「失礼ですが……貴方は? 見るからに高貴なお方のようですが」
「……私はブルグント帝国の皇帝、ジークフリードだ」
「皇帝! ……なぜそのような方が、こんな所に……」
「それが……私にも分からないのだ」
その目は戸惑いを浮かべてはいるものの、確かな意思を感じることができた。魅了は完全に解けたようだ。
英雄の帰還だな。
戸惑うジークフリードを見て、俺は一つ策を思いついた。
「分からない……ですか。こんな時間ですので、ひとまず街へ入りませんか? 私の知り合いがホテルを経営しています。良ければご案内しますよ」
ジークフリードは少し思案して答えた。
「……そうだな。世話になる」
そして俺たちは、ルチアたちが待つホテルへ向かった。
読んでくださってありがとうございます。
よくある名前のキャラが登場するのは、私の名づけセンスが無いからです(´Д⊂ヽ




