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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第16章 この気持ちが愛じゃないなら、きっと世界に愛はない。
78/130

01

 夏休みが始まって四日が経過していた。


 正直、まだ大丈夫だと思っていた。

 だって今まで土日に大きな問題が起きた事はないし、海の日を繋げた三連休だっ

て同じだった。それを思えば四日くらいまでなら、ちょっと長いけれど普段の生活

リズムが崩れないくらいの期間だって、誰だって思うはずだ。


 夏休みという特殊なシチュエーションと日差しの強さが、非日常的な気分を与え

たのだろうか。それとも単に私が思っていた以上に魔神という存在は我慢が効かな

いのだろうか。


 七月二十日。諸事情から空々(そらぞら)(しのぶ)に連れられてローマを訪れた私が目にしたのは、

筆舌に尽くしがたい地獄のような光景だった。


 人類の歴史と荘厳さを感じさせる煌びやかな街が夥しい数の人で溢れかえってい

る。賑わっているというわけじゃない。目に見えるだけで何万人もいるのに、誰も

が意味のある言葉を発していない。老若男女が虚ろな目で半分口を開け、小さな呻

き声を漏らしながら歩いている。どこか一箇所に向かっている様子もなく、彷徨っ

ているという表現が適当そうだ。


 車や電車は打ち捨てられていて、人以外に動くものはない。人々は綺麗な花壇を

踏み荒らし、涼しげな噴水に足を突っ込み、何の情緒も知性も無さそうに蠢く。


 見渡す限り、そんな光景がずっと続いていた。

 明らかに異常な光景だ。


 戦慄せずにはいられない私を、忍さんがさも可笑しそうに見つめる。


「むーちゃんさんは臆病ですねえ。怖いんですか?」

「そ、それは、まあ……」

「お望みなら、彼らを一掃して差し上げますけど」

「ぜ、絶対やめてください……」

「はいはい、仰せのままに」


 そう言って忍さんは私を勢いよく引き寄せた。体勢を崩した私の身体を抱きかか

え、そのまま腰と首元を支えて持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこの要領で、私を

見下ろした。薄く微笑んだ瞼の奥に垣間見えるアメジストの瞳が、不安げに見上げ

る情けない私の醜態を映し出していた。


「それでは早速行きましょうか」

「え? い、行くってどこに……」

「もうお忘れですか? 私達はコロッセオを見に来たんじゃないですか」

「え、この状態でもまだ観光するんですか……?」

「もちろんですよ。それに私達の親愛なる友人も待っている事ですし」

「へ?」


 私の戸惑いを置き去りに、忍さんが空高く駆けた。

 物理法則をことごとく無視したその跳躍は、私に悲鳴を上げる暇さえ与えない。

気付いた時にはその脚は悠々とコロッセオの壁面を飛び越え、開けたグラウンドの

真ん中へと着地していた。


 そこにもたくさんの人々が溢れかえっていた。

 ただし街の中とは違い、いずれも正気の人達だ。彼らは焦点の合った目で、身体

を震わせ恐怖に涙を流しながら、しかし一言も発する事無く粛々と立ち尽くしてい

る。目の前に立ち塞がった圧倒的な上位存在の姿に怯えながらも、逃げる事が出来

ずにいた。


 そこにいたのは、凛とした姿の少女だった。


 美しい銀髪を姫カットに結わえ、片手に巨大な鎌を持った魔神。

 私や忍さんの友人にして、魔神達のクラスの委員長……黄泉丘(よみおか)三途璃(みとり)だ。


 彼女は私達に気が付くと、目の前に並んだ人間達を無視してこちらを向いた。


「……あら、忍じゃない。それに夢路(ゆめじ)も……どうしたの?」

「……こんにちは、三途璃ちゃん」


 忍さんの反応が一瞬遅れた。常日頃からポーカーフェイスで余裕綽々な彼女にし

ては珍しい。それほどまでに、三途璃さんの態度が不可思議だったのだろう。


 三途璃さんは、お世辞にも落ち着いた性格とはいえない。

 奔放な魔神達をまとめる任を負っているだけあって、苛烈なほどの完璧主義な激

情家だ。ルール違反に肩を怒らせ、眉を吊り上げるのは日常茶飯事。その振る舞い

ゆえに、一部の個体からは煙たがられているくらいだ。


 その一方で、ハートフルな面もある。かつて妄執に取り憑かれた時は私を恋人だ

と思い込み、情熱的に振る舞っていた。(てる)や忍さんのような友人相手には優しい一

面も見せるし、私も勉強を強要されながらも甘やかされた事もあったっけ。


 とにかく彼女は、人一倍……もとい魔神一倍感情豊かな個体だ。

 その彼女が、死んだ目をこちらに向けていた。


 文字通り鷲のように鋭く輝いていたイーグルアイが、見る影もなく沈んでいる。

怒りや喜びはおろか、悲しみさえも映さないその宝石は、もはや水晶やガラスと大

差ない。眉にも口元にもその面影は残っていない。この上彼女が片手に自前の神器

……『破壊と創(リボーン・アンド・)造の鎌(デストロイヤー)』を握っていなければ、偽物を疑うところだ。


 一体三途璃さんの身に何が起こったのだろう。


 ……いや、そんな事はどうでもいい。


 どうでもよくはないけれど、一旦置いておこう。それよりも今気にするべきは、

ここに彼女がいる理由。そして目の前の人間達は一体何なのかという事だ。


「……選別よ」

 私の視線を受けて、三途璃さんが無表情で口にした。

「以前、私が人類を二十億人ほど減らしたのは知っているわよね?」

「……」


 知らないはずがない。


 通称、『灰桜の(グレーアウト・)裁き(ジャッジメント)』と呼ばれる悪魔の所業だ。恋心(こいごころ)(あい)ほどではないにしろ、人

類に壊滅的な打撃を与えた事件であり、たとえこの先人類が存続したとしても、そ

の歴史的虐殺は未来永劫語られ続けるだろう。


「あの時は初めてだったから、かなり雑な作業になってしまったわ。あれからしば

らくして、私も魔神の力と身体に慣れてきた。それでも学校があってまとまった時

間が取れなかったから今日まで先延ばしになったけれど……そのやり足しというわ

けよ。これを機に、世界中の人間を選別するわ」

「…………」


 つまりこれは、あの時の再来というわけか。


 冗談じゃない。なんとか止めないと……


「あ、あの、三途璃さん、そもそも選別って……」

「要するに、優秀で価値のある人間を残す行為よ。有意義でしょう?」

「その、別に価値の無い人間がいてもいいんじゃ……」

「夢路、あなたの家の本棚には読まない本を置いてる? まったく同じ内容の本が

二冊以上ある? スペースがあるからって、乱丁本や虫食い本をわざわざ保管した

りしないわよね?」

「へ? い、いや……」

「私達魔神は上位存在として、人類を管理する責任があるのよ。整理整頓は生活の

基本なんだから、サボっては駄目。オッカムの剃刀にあるように、不必要なものは

なるべく捨てなければならないのよ……こんな風にね」


 三途璃さんは並んだ人間達を振り返ると、そちらに向かって鎌を振った。

 並んでいた人間はそのまま一斉に倒れ伏した。数百人はいただろう人達が一瞬で

死んだ。『破壊と創造の鎌』の、残酷な力だ。


「あ、あの、今死んだ人達の中に価値のある人は……」

「いないわ。それは別の場所に集めてあるから」


 三途璃さんが頭上……客席の方を指した。そちらに目を向けると、なるほどそこ

にも人がいた。ただ、言われなければ気付かない程度に少ない。遠目から見ても、

十人程度しかいないだろう。彼らは十人十色の顔色で、この処刑を見つめていた。

……逃げないのだろうか。


「ここいらの人間の言動は全て管理してあるわ。選別が終わるまでの間、彼らには

あそこで待っていてもらう。価値の無い人間は……今後のために駒になってもらっ

ているわ」


 そう言って三途璃さんが倒れた人間達に向かって鎌を振った。すると彼らは生気

の無い顔で立ち上がり、うつろな足取りでコロッセオから出ていった。彼らとすれ

違うようにして、青ざめた別の一団がやってくる。


 ……なるほど、何となく状況は理解した。


 『破壊と創造の鎌』は、奪った生命を再度与える事が出来る。そうして生き返っ

た人達は三途璃さんの操り人形になるって話だけど……街に溢れた人達は皆そうな

った後というわけか。


 人間達の言動は彼女のもう一つの能力……『ブリタンの憐れな子羊(ダブルバインド)』で縛ってあ

るのだろう。選別もそれで条件付けしてあるのだろうか。いずれにしても、数万な

いしはもっと大量の人間を一度に操るなんて尋常じゃない。


 現時点で、一体何人が死んだのだろうか。数えるのもばかばかしいほどの人混み

だけど……客席にいる人間の数と比較すると、とんでもない倍率だ。

 このまま三途璃さんを野放しにしていたら、本当に世界が終わってしまう……!


「安心なさい、夢路。選別基準には美貌や魔神から必要とされているかどうかも含

まれているわ。怯えなくても、あなたを殺したりなんてしないわよ」

「……」


 怯えてるんじゃなくて絶望してるんだけど……変な解釈をされてしまった。


 どうしよう……どうにかして三途璃さんを止めないと、このままじゃローマが滅

んでしまう。まごついていると、被害はどんどん広がりそうだ。イタリア、ヨーロ

ッパ全土……果ては世界中まで広がってしまったら、人類は一体どれほど生き残る

のやら。


 何か考えないと……! ええと、ええと……


 焦って上手く考えが纏まらない。困り果ててふと隣を仰ぐと、忍さんが仮面のよ

うな笑みを浮かべていた。


「三途璃ちゃん、精が出ますねえ。作業だの責任だの、それこそ私達に何の益も無

い事を、よくそんなに真面目にやるものです」

「他人事みたいに言うじゃない。忍だって普段から人間が多すぎるって言ってるじ

ゃない。選別は無駄じゃないわよ」

「人間が多ければ、都度都度薙ぎ払えばいいんですよ」

「それじゃあ駄目よ。白瀬(しらせ)さんは好きな芸術家がいるし、桃井(ももい)さんの贔屓にしてい

る動画配信者も消したら文句が出るわ。各々に希望がある以上、それを無下にする

のはまずいわよ」

「そんな事より、林間学校の話を進めて欲しいんですけどねえ」

「ああ、それなら大体決まったわ。明日にでも皆に概要を通知するわね」

「ほほう、それは楽しみです。ねえむーちゃんさん」

「は、はあ……」

「聞こえませんよ。林間学校、楽しみですよねえ?」

「は、はい! 楽しみです! 嬉しいなあ!」


 無理矢理笑顔を作らされた。そんな場合じゃないのに。


 忍さんは全然あてになりそうもなかった。

 しかもひとしきり話をすると、彼女は満足そうに伸びをして、唐突に私に向かっ

て手を振った。


「なんだか観光どころじゃなさそうなので、私は帰りますね」

「えっ?」

「むーちゃんさん、三途璃ちゃんを手伝いたそうな顔してますね。いいですよ。私

は一人で帰りますので」

「えっ?」

「じゃあ三途璃ちゃん、むーちゃんさんの事お願いしますね」


 三途璃さんが「いいわよ」と軽々しく頷いたのを見て、忍さんは消えた。


 ……え?

 もしかして私、置いていかれた……?


 どうしよう。私、この現場に一人で居合わせないといけないの……?

 凶行に及ぶ三途璃さんを、一人で止めなきゃいけないの……?


 まだ頭の中が全然整理出来てない。


 私は一体、どうすればいいんだろう……

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