01
魔神による空前絶後の大虐殺の影響で、人類の多くは墓を造らなくなった。
こう言うといかにもディストピア的というか、まるで現代人が心を失くしてしま
ったかのように聞こえるかもしれないけれど、実際は単に墓の建設が追いついてい
ないだけである。
考えてみれば当然だ。たった二ヶ月足らずの間に殺された人間の数は、生き残っ
た数の倍以上にあたる。ただでさえ上を下への大混乱の最中、赤子も含めて一人頭
二つ以上の墓を作れと言われても無理に決まっている。
そもそも墓を作る親族はおろか、ご近所さんから職場までまとめて消された地域
だってあるし、遺体の損壊や変形が激しすぎて個人の判別がつかないものもある。
それら全てに一つ一つ対応するには、時間も労働力も足りなすぎる。
だから魔神に殺された人物は、国ごとにまとめて集められ、骨ごとまとめて焼き
捨てる決まりになっている。
ここ日本にも、そういう施設がある。『総合葬儀場』と名付けられたその建造物
は、近づいただけで顔を歪めたくなる死臭が充満している。よほどの突貫工事で増
築されたのか、似たような焼却設備がいくつも立ち並び、同じ数の煙突がごうごう
と音を建てて真っ黒な煙を吐き出す。夏の激しい死臭に誘われ無数のハエが飛び交
い、私の事を品定めしている。実に不快だ。
ちなみにネットではこの施設を、『死体処理場』だなんて揶揄されている。まる
でごみ処理場みたいな言い方である。人間の遺体をごみと同列に表現するなんて、
倫理観の欠片も無い話ではあるけれど、実際こうして設備を見る限り、そんな皮肉
の一つも言いたくなる気持ちは分かる。ていうか実際にごみ処理場の設備を再利用
しているんじゃないの?
「……火葬場って普通、臭いを抑えるように作るんじゃないんですか?」
「なにぶん急ごしらえなもので。予算も下りませんでした」
世知辛い……というか、嘆かわしい言葉を返す今日の私の担当エージェント……
通称『黒服』は、いつもながら真っ黒なスーツに身を包み、この世の終わりみたい
な顔をしていた。
もちろん他人事じゃない。私だって似たような表情だろう。
唯野唯との一件から一日挟んで、七月六日……今月最初の土曜日。私は政府の命
令で魔神の街からしばし解放され、この火葬場に来ていた。詳しい命令はまだ聞い
ていない。こんな気が滅入る光景を見せられて、私は一体どんなリアクションをす
ればいいのか。『お前のミスでこんなに人が死んでるんだぞ』という旨の説教でも
受けるのだろうか。考えただけで気が重い。
「言っておきますけど、私今すでに結構限界です。今週も大変でしたから」
「それは何の宣言ですか」
黒服が呆れた様子で首を振る。
「もちろん報告は聞いていますよ。桃井最萌華と唯野唯……これでまた二体の魔神
の情報が手に入ったわけです。あなたは英雄ですよ。国がまともに機能してさえい
れば、勲章の一つや二つは貰えたと思います」
「そんなものいりませんよ。あれ? じゃあ私を叱責するためにここに連れてきた
わけじゃないんですか?」
「……随分と被害妄想が強くなりましたね、夢路さん。きちんとした用事があるん
ですよ」
そう言って黒服は私を連れて、施設内を歩く。いくつもの焼却設備を通り抜け、
大きな敷地の中央に鎮座する綺麗なビルに辿り着いた。周りがああなのに、随分と
しっかりした建物だ。おそらくこの敷地内に元々あったオフィスビルなのだろう。
中に入るとしっかりと冷房が効いていて、ビル内で事務仕事をしているであろうぴ
りっとした恰好の男女が忙しそうにうろついている。黒服はそれらの脇を抜け、入
口正面の壁に張り付いているエレベーターへと向かった。
エレベーターが地下へと下る。その中で、黒服がゆっくりと口を開いた。
「ここには毎日、たくさんの遺体が運び込まれます」
「……でしょうね」
「ですがその遺体を運び込んだ先から片っ端に焼却していく、というわけにはいき
ません。身元照会や遺族への連絡なんかがありますので」
話しているうちにエレベーターが止まり、扉が開く。
その瞬間、地上で感じたよりも強い死臭が襲ってきて、吐き気が湧いた。
次に感じたのは、背筋が冷えそうなほどの肌寒さ。まるで冷蔵庫……とまでは言
わないまでも、地上とは十度以上の体感温度の差を感じる。照明も薄暗く、どこか
心細さと不安を感じる空間だ。
眼下に広がるのは、狭苦しい廊下が一本。小柄な私でもそう感じるのだから、成
人男性の黒服は背筋を伸ばすと両肩が壁に触れるほどだ。廊下を進むと等間隔で扉
がある。それはまるで学校の教室の扉みたいに上半分が透明なガラスになっている
ようで、中が見える。扉の向こうは六畳ほどの広さの部屋があり、水揚げされたば
かりの魚のような遺体がいくつも転がっている。
「……つまり、この地下には焼却待ちの遺体が安置されている、と?」
「そうです。特に時間が掛かるであろうと判断されたものは、ここに運ばれます。
手間取る場合は何週間も放置されます。部屋の中はもっと寒いですよ」
「……早く出ませんか?」
「少し我慢してください。ここに用事があるのですから」
黒服はそう言って、廊下が唐突に終わっている突き当たりまで歩き、さらにその
奥に続いているであろう扉に手を掛けた。その扉だけ、他と作りが違う。ガラスが
付いていないし、ドアノブに鍵穴が付いていて、かなり堅牢そうな印象を受けた。
黒服はスーツの中から鍵を取り出し、その扉を開けた。
扉の向こうは、他の小部屋よりも広い印象を受けた。おそらく十二畳くらいだろ
う。冷房はそれほど強くないらしく、廊下よりも暖かく居心地が良い。そしてそこ
には、九人の人間がいた。
そのうち六人は、上の階で職員と思しき人物と同じ服装だ。そして彼ら二人ずつ
の間に立つ……いや、立たされている三人は、パジャマのようなゆったりとした恰
好をしている。白と青のストライブ……一般的に言う囚人服だ。ついでに彼らは両
手に手錠のようなものを付けている。
「魔神対策室の黒魚です。こちらは同じく不破。この度はご協力ありがとうござい
ます」
黒服が淡泊にそう言うと、職員と思しき人達が一斉に頭を下げた。
ええと……なに?
私が視線を送ると、黒服がストライブパジャマーズを指して言う。
「夢路さん、彼らは囚人です」
「見れば分かりますよ、そんなの。どうしてここに?」
「一人は空き巣、一人は強盗、一人は暴行です。大した罪状ではありませんが……
嘆かわしい事です。魔神が世に出て以来、人類は力を合わせていかなければならな
い時だというのに……」
「いや、そういう話じゃなく」
黒服は丁寧に説明してくれているんだろうけど……私はさっさと話を進めて帰り
たい。囚人達の素性に興味なんて無い。
「彼ら、留置場なり独房なりにいるべきなんじゃないですか? なんだってまた、
こんなところに? まさか囚人だからって、死体と同じように生きたまま燃やして
しまおうなんて言うんじゃないでしょうね」
「……」
「え、本気ですか?」
本気というか、正気を疑う発想だ。仮にも政府の人間が言う事じゃない。
「あなたがまともな人間だと思っていたのは、私の勘違いでしたか? いくら世紀
末の世の中だからって、倫理観ってものがあるでしょう!」
「いや、仰る通りです」
黒服は慌てて両手を広げ、弁解した。
「私も同意見です。いや、私以外の政府の人間だってそうです。罪を犯した人間が
皆死刑なら、この国の司法制度そのものが崩壊してしまいます」
「だったらなんで……」
言いかけて、嫌な予感がしたのでやめた。
でももう遅い。だってもう思い当たったから。政府がブレーキを掛けているのに
尚、狂気が行われようとしているのなら……それは魔神の仕業に他ならない。
「つまり、犯罪者の生存を許さない魔神がいると……? その個体が、日本中の囚
人達を殺すよう脅しを掛けている、と……?」
「いえ、日本中ではなく世界中ですね」
黒服は絶望の顔で訂正を加えた。
「そして脅しを掛けているのではなく、既に終わった後なのです」
「……え?」
「今現在、世界中のどこにも犯罪者はいません。ここにいる新たな三名を除いて」
「……聞いてないです、そんな事」
「無論、公表していません。パニックになりますからね」
「……」
つまり……なに?
既に世界中の留置場や刑務所が襲われた後で、私の目の前にいる囚人達はその後
に犯罪者になった人達という事か。
で、当然彼らの存在が知られたら、またその魔神が現れる、と?
「えーと……つまり私にどうしろと?」
「その魔神を説得して、囚人を守ってください」
「……」
犯罪者を襲撃している魔神って誰だろう。
私の知っている魔神の中だと、忍さんかジュジュさんかな。断罪という意味では
真っ向に正しい三途璃さんかもしれない。いずれにせよ、私が手綱を取れる魔神で
はない。照か唯野さんくらいならまだしも……
「……今回は、縁が無かったって事にしませんか?」
消極的な拒否をすると、黒服が愕然とした。黒服だけじゃなくて、断片的に話を
聞いていたらしい囚人達もショックを受けた様子だった。
「夢路さん……そう言わず、お願いしますよ」
「いや、無理ですよ。私には荷が重すぎます……」
「あなたしか頼れないんですよ!」
「そう言われても……」
「魔神を止めろとまでは言いません! せめて時間を稼いで貰えれば、その間に誤
魔化して……」
尚も食い下がる黒服は、私の両肩を掴んで情けない顔を近づけてきた。私がその
顔を押し戻したのと、部屋の扉が叩き壊されたのは、ほぼ同時だった。
「え……?」
図ったようなタイミングで、現れてしまった。
ゆっくりとこちらを睨みつけながら登場したのは……間違いなく魔神だった。
しかも厄介な事に、私がまだ話をした事もない魔神だった。
魔神の最も顕著な特徴である髪は、目も覚める火のような赤色で、短いながらも
燃え盛るような存在感を放っている。鋭い目もルビーのように明るい赤で、見つめ
られるだけで火を噴きそうだ。背は高く、百七十センチ中ごろくらいだろうか……
忍さんよりも高い。筋肉質な身体はスポーツマンのように引き締まっていて、私服
であろう赤いシャツの上からでも力強さが伝わってくる。
個体名、大道正義。見ての通り、男子生徒だ。
「今、時間を稼ぐって聞こえたぜ」
自身に満ち溢れた声だ。
「俺の目を盗んで誤魔化そうなんて大胆だな。そういう気概は嫌いじゃあないが、
無駄だぞ。俺がお前ら人間に騙されるほど間抜けだと思ったら大間違いだぜ」
言いながら、こちらに近づいてくる。その目に宿る感情は読み取れないけれど、
間違いなく狂気を孕んでいるのは分かる。ろくに話もしていないけれど、滅茶苦茶
危険な状況なのは疑いようもない。
この場で黒服と一緒に私も殺されたって不思議ではない。そんな極端な緊張状態
が突然やってくる。
けれどその雰囲気が弛緩したのもまた一瞬だった。
「あれ? きみ、うちのクラスの不破さんじゃないか?」
ぱっと声が明るくなり、敵意が和らいだ。気さくな雰囲気を纏い、年相応の屈託
の無い笑みを向けてくる。あまりの緩急に驚きつつも、私は引きつった笑みを浮か
べる事しか出来なかった。
「あ、ど、どうも……大道さん」
「こんなとこで会うなんて奇遇だなあ。どうしたんだ? 休日なのに社会見学?」
「い、いや、私も政府の人間なので……」
「へえ、大変だな。俺はこの後カラオケの予定なんだけど、よかったら不破さんも
どうだ? 女子一人だとあれだし、他の子も連れてきてくれよ」
「え、ええと……」
あまりの気安さに脳がバグを起こしている。なんでこんなにフランクなんだ、こ
の魔神。さっきまであんなに怒ってたみたいなのに、意味が分からない。いきなり
こんな、まるで普通の高校生みたいな態度取られても、どうすればいいのか……
私がばかみたいにフリーズしていると、同じく私の肩を掴んだままフリーズして
いた黒服が、目で訴えかけている。チャンスだと。
いや、チャンスかな、これ……
でも、話が逸らせるならそれが一番いいのも確かだ。
ええい、ままよ!
「あ、あの、だ、大道さん……! い、行きましょう、カラオケ!」
「お、本当に? 他誰か呼ぶ?」
「え、ええと……照を呼びましょうか。あと、忍さんとか三途璃さんとか……」
「三途璃って、黄泉丘か。あいつはいいな、きっちりしていて好感が持てる。忍っ
てのは……誰だっけ」
「そ、空々さんです……」
「うーん……よく知らんな。でも、これを機に仲良くするのも悪くないかもな。そ
うだ、桃井さん辺りはどうだ? 」
「い、一応声を掛けてみましょうか……」
「そうしてくれると助かる。いやあ、楽しくなってきたぜ!」
まるで思いがけない僥倖に喜ぶように、大道さんが小躍りする。なんだか激しく
不安だけど、いけるのかな……?
「じ、じゃあ早速行きましょうか……?」
「あ、ちょっと待ってくれよ。この囚人達を消してからだ」
「……」
全然誤魔化せてなかった。なんだか人間っぽい反応を見せるから、もしかすると
このまま押し切れると思ったのに……
「まあ焦るなって。すぐ済むから」
そう言って、大道さんが拳を振るう。筋肉質の腕に触れた空気は、それだけで悲
鳴を上げるように飛び散った。まるで重機のようなエネルギーを感じる。武器なん
てなくても、素手で三人まとめて殺せそうなポテンシャルだ。
このままでは、スプラッター現場が完成してしまう。
うう……今更説得を止めるなんて、私には出来ない。乗り掛かった舟、毒を食ら
わば皿までだ! 当たって砕けろ、私!
「ち、ちょっと待って下さい!」
「……あん?」
拳を握ったまま、大道さんがこちらを向いた。いつのまにか要領よく私から離れ
た黒服が、じっと様子を窺っている。くそう……逃げたな。
「なんだよ不破さん。カラオケの話ならちょっと後にしてくれよな」
「い、いや、そっちではなく……」
「まさかきみ、俺の事を止めようとしてるんじゃあないだろうな?」
「……」
脅すような口ぶりだ。首を縦に振れば、そのまま拳をこちらに向けてもなんら不
思議はない。
忘れるな、相手は危険な魔神だ。決して友好的じゃない。何故かノリが軽いけれ
ど、それはあくまで敵対していないから。ほぼ初対面という意味では、ジュジュさ
んの時と条件は同じ。あの時私はたまたま彼女と話題を合わせる事が出来たから、
たまたま助かっただけなのだ……!
今回もたまたまでいい。何とか話題を……話題を見つけないと!
「え、ええと……その、私、決して大道さんの事をそのまま否定するつもりは全然
無いんです。た、ただ、その、あなたの行動の理由が分からなくて……」
「理由?」
「だ、だから……どうして囚人を殺すのかなって」
「どうしてって……分かんないか?」
大道さんはいかにも私が道理を知らない奴みたいな顔つきで手ぶりを加えた。
「あのなあ不破さん。犯罪者ってのは、法に触れた悪人なんだぜ。他の大多数の人
間は真っ当に暮らしてるのに、そいつらだけ真っ当から外れてるんだ。つまりそれ
だけ、程度が低いんだぜ」
「で、でも、だからって……」
「まあ聞けよ。ただ程度が低いってだけなら別にいいんだよ。極端な話、人間自体
が魔神より程度が低いんだからな。それはそれとして、その程度が低い奴らに対し
て、他の真っ当な人間が何人も煩わされてるの現実は、ちょっと問題じゃあないか
と俺は思うわけだ」
「わ、煩わされてる、というと?」
「犯罪者をひっとらえるだろ? そのためには警察の労力が費やされるわけだ。捕
まった奴は拘留されて、裁判を受ける。牢屋だって無料で入れるわけないし、看守
の人件費も拘留中の食費もある。裁判になったら検察やら検事やら弁護士やらがも
っと忙しくなる。で、いざ禁固刑にでもなったら、何年分かの食費はどこから出て
くる? 死刑になったら、執行までの生活費は誰が出す? ただでさえ恋心さんや
ら黄泉丘やらが暴れまわって、人間は金も人も足りてない。その上程度の低い人間
にそれだけの労力を割くなんて、間違っていると思わないか? 足りない金も足り
ないなりに、真っ当な人間に使ってやるべきじゃあないか?」
「……」
なんか……すごく風刺的だなあ。
その一方で、すごく幼稚な考え方でもある。だってそれは、犯罪の程度や人権を
まとめて無視した言い分だから。魔神が言う事でもなければ一笑に付される話題で
しかない。是非はともかく、そこまでの障害が多すぎて議論にさえ値しない。
だからこそ厄介だ。
人間をごみのように思っているであろう魔神に対して人権を主張するのは、宇宙
人に一から日本語を教えるのと同じくらい難しいと思う。
それでもやらなければならない。やらなきゃ人が死ぬだけだ。
「あ、あの……間違いって事はありませんか?」
言葉足らずの私の主張に、しかし大道さんは律儀に反応した。首を傾げ、「何の
話だ?」と問いかけてくれた。よし、まだ話は通じている。
「そ、その……あの、これは大道さんが間違ってるって意味ではなく」
「いいから続けてくれよ」
「あ、すみません……え、えっと、冤罪問題ってあるじゃないですか」
「つまり、ここにいる三人がもしかしたら、無実の罪を被ったかもって事か?」
「に、日本の警察は優秀です! で、でも、万が一って事もありますし……」
「うむ、確かにそうだな」
大道さんは意外にもあっさりと首肯した。
「犯罪者だからって誰も彼も殺してちゃ、間違いだった時に取り返しがつかない。
だからすぐ殺すんじゃあなくて、拘留期間を設けるわけか。ふぅん、面白いな」
「あ、あの、だから、この三人はもうちょっとだけ……」
「だがそれは、あくまで人間の理屈だぜ。俺が手伝ってるんだから、関係無いな」
そう言った大道さんの右手から、銀色に輝く天秤が現れた。
またぞろ魔神の具現化能力だ。大きさはかなりのもので、一抱えほどもある。
「これは俺の能力……『剣なき秤』だ。罪の大きさを図り、裁く事が出来る! 罪
人の魂は、空気よりも重いんだ!」
言いながら、天秤をこちらに向けてきた。すると釣り合っていた左右の受け皿の
片方に、親指くらいのサイズの人形が現れた。ポニーテールの少女を模した、汚ら
しいオブジェクトだ。人形が受け皿に座っている。もう片方には何も乗らないし、
どちらかに傾く事も無い。
「……うむ! 不破さんはどうやら罪の無い人間らしい」
「え、ええと……それって、その、根拠とかっていうのは……」
「無い! だが俺の能力だ。間違ってるはずがない」
「……」
これまで散々魔神の異能力を目にしてきて、その恐ろしさは身に染みている。だ
からこういう能力が正確であろうという事は、まあ疑っていない。
でも「罪が無い」って、どこの誰から見ての話なんだろう。きちんと人間の罪の
定義に則っているのだろうか。仮にこれが大道さんの価値観による断罪なら、それ
はもう彼の胸三寸という事にならないだろうか。
「あ、あの……」
私の制止はしかし、遅かった。大道さんは既に三人の囚人に向かって天秤を向け
ていた。三人分の人形が乗った受け皿は、いとも容易く一番下まで落ちていった。
「そ、その、それって三人分の重さなんじゃ……」
「……」
私の指摘に大道さんは神妙に頷いて、人形のうち二つを指で摘まんで皿から離し
た。結果は同じ、皿は浮き上がらない。指と皿の人形を順番に入れ替えても結果は
同じ。三人とも、魂が重いと判定されたのだろう。
次の瞬間、目の前で火柱が上がった。
三人の囚人が炎上したのだ。
驚いて離れる職員達。彼らに火傷した様子は無い。
「安心していい。裁きの炎は決して無関係な人間を巻き込まない」
大道さんは職員達を安心させるような口ぶりでそんな事を言う。言われた方がそ
んな言葉でどこまで救われるか、そんな事も分からないだろうに。
やがて火柱は止まり、三人の囚人は骨すら残さず灰になった。一足先に火葬を済ま
せた格好だ。
「手間が省けてよかったな、皆!」
そうしてまるで、良い事をしたかのように彼は鷹揚に笑い、私を振り返った。
「待たせたな不破さん! カラオケに行こうか!」
「……」
失敗した。私はあの三人を助ける事が出来なかった。
政府からの命令をこなせなかった。またぐちぐちと嫌味を言われる事だろう。
でもそんな事より……ああ、私はばかだ。この騒動ももう二ヶ月近くに及ぶとい
うのに、未だに慣れていない。
未だに目の前で人が死ぬという事に、慣れていない。
人が死ぬたび、打ちひしがれた気分になる。
そしてどうせ無理なのに、次は上手くやりたいと思ってしまう。
さらに今回の場合、次は具体的な機会として、確実に未来に存在していた。
今回は無理だった。じゃあ次に連れて来られる囚人は?
また同じ事の繰り返しだ。同じように人が死ぬ。人権が踏みにじられる。たとえ
犯罪者でも、殺していいわけなんて無いのに。
そう思うと、やりきれない。なんとかしなきゃって思ってしまう。
無謀にも。
「……やっぱり違う」
「あん?」
「や、やっぱりこんなのおかしいです! 犯罪者だからって殺すなんて、絶対に間
違ってます!」
「ほう、不破さんは俺が間違っていると?」
「だ、大道さんがというより、そもそもの前提をもう一度考えませんか……?」
「なんだって?」
「は、犯罪者だからって程度が低いとは、私は決して思いません! 犯罪にもいろ
いろあるでしょうし、そもそも真っ当な人との区分けも曖昧です! 生まれ育った
環境から、やむなく犯罪に手を染めた人だっているでしょうし……」
「……随分と犯罪者の肩を持つんだな。何故だ?」
「……同じ人間だからです」
「ふむ、俺にはもう分からん感情だな」
そう吐き捨てるも、その目はまっすぐこちらを向いている。私の言葉をきちんと
考慮してくれるらしい。同級生のよしみか、単なる興味か……それは分からない。
けれど一考した結果、彼は私にこう返した。
「犯罪者は、程度が低くないと?」
「は、はい!」
「そもそも程度の低い人間なんていないと?」
「そ、そうです!」
「人間は皆、心の奥底ではわざわざ殺す必要が無いほど高潔だと?」
「そ、そのはずです!」
「だったらきみも高潔か?」
「わ、私に関してはちょっと自信はありませんが……」
普段の言動を振り返って、つい言い淀んでしまった。
それがいけなかったのだろう。大道さんは私の正面でにやりと笑った。
「ならばきみ自身も含めて、証明してみてくれよ」
「え?」
「人間は高潔な存在である……俺だってそれを信じてみたいさ。頼んだぜ!」
その言葉を最後まで聞き終わる前に、私の急速に意識は遠のいていった。
何をされたのか。
私は何をすればいいのか。
何一つ分からないまま、やがて視界も暗転していった。




