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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第3章 黄泉丘三途璃は偽らない
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04

 あるところに、子どもが一人いた。

 その子どもを自分のものだと主張する二人の女がいた。

 時の御奉行、大岡越前は二人の女に子どもの腕を一本ずつ持たせ、こう言った。


「今からその子の腕を力いっぱい引っ張りなさい。勝った方を母親とする」


 大岡越前の合図とともに、二人の女は両側から子どもの腕を引っ張った。すると

子どもが痛みを訴えたので、それを聞いた片方の女が、思わず手を離してしまう。

 最後まで子どもの腕を引っ張っていた女はそれを見て引っ張り合いに勝ったと喜

ぶが、大岡は反対に手を離した方の女を称えた。


「私は引き合いで勝敗を決めろとは一言だって言っていない。子どもが痛いと嫌が

るような行為を、どうして本当の母親が続けられようか」


 こうして母親としての慈愛を持った女が、本当の親だと認められた。

 これが私の知るところの、大岡裁きというお話だ。


「正確にはちょっと違うわね。江戸時代の御奉行、大岡越前の名奉行を語った小話

を総称して『大岡裁き』っていうのよ。夢路が言っているのはその中の『子争い』

っていうエピソードね。でもどうやら忍も、同じお話を思い浮かべていたみたい」


 委員長らしく私の認識に丁寧な補足をする三途璃さん。錯乱していてもこういう

部分は彼女らしいと安心する一方で、自分が置かれている状況を考えると安心して

いる場合じゃないのもまた事実だ。


 忍さんに連れられ、私達は広々とした空き教室にやってきていた。


 黒服や他の魔神達オーディエンスは置き去りだ。彼らが私達の行動をどう受け取

り、その後どうなったのかは、今の私には知る由も無い。世界が滅んでいないので

残された魔神達は暴走していないようだけど……黒服は生きてるかな?


 などと他人の心配をしている余裕なんて無い。何故なら私はこの空き教室の真っ

ただ中に寝かされ、三人の魔神に見下ろされているのだから。


 大岡裁き……その話の意図は、いかに愚鈍な私でもすぐに理解した。


「つまり……今から私は照と三途璃さんの二人から、引っ張られると?」


 口にするだけでおぞましい。あまりの恐怖に泣きそうだ。


 前にも言ったけど、魔神の力は人間よりもずっと強い。両側から引っ張られなん

てしたら、たとえステンレスの塊だってひとたまりもなく真っ二つだろう。まして

私みたいな脆弱な人間はまず死ぬ。


 江戸時代には牛二頭を使って人間を引っ張って身を裂く「牛裂き」なる処刑方法

があったらしいけど……完全にそれだ。いくらなんでも残酷過ぎる。


 泣きそうな私の顔を覗き込みながら、愉快そうに忍さんが舌なめずりをした。


「そうですねえ。これはそういう話です。勝った方がむーちゃんさんの母親……な

らぬ恋人とします」

「待って」

 御奉行忍さんの裁定に、三途璃さんが異を唱えた。

「『勝った方』っていうのは、また曖昧な言い方ね。大岡裁きになぞらえるくらい

だもの、単に引っ張り合いの勝敗で雌雄を決するわけじゃないのよね?」

「もちろんです」

「ふぅん。じゃあやっぱり手を離した方が勝ちなの?」

「もちろんです……と言いたいところですが、残念ながらそれじゃあ勝負が成立し

ません。大岡裁きの弱点はまさにここ、ギミックがバレたら簡単に攻略できちゃう

ので、いまいち面白みに欠けちゃうんですよねえ」

「そんな、ソシャゲのエンドコンテンツみたいな言い方しなくても……」


 小粋な小話も、魔神には低俗に映るらしい。つくづくディスリスペクトを体現し

ていくバケモノだ。


「というわけで、私の方で凝らせてみました……もう一工夫をね」

 芝居がかった調子でそう言って、忍さんが私に向かって手をかざした。

「『マーフィーの愛と希望の幸福論(デザイア)』」


 次の瞬間、私の首から下を覆うようにして真っ白な布団が被せられた。

 さらに全身に纏わりつくような、妙な圧迫感が表れる。それと同時に布団の脇か

ら、数十本の細い紐が姿を見せた。


 え……? もしかして私、縛られた?


「惜しいですねえ。縛ったわけじゃないんですよ」

 忍さんが何故か得意げに笑みを浮かべて言う。

「今しがた、むーちゃんさんの身体のいたるところに紐を結びました。結んだ先は

布団の外に出してありますが……実はそのほとんどは途中で切断してあります。外

に出ている紐のうち、直接むーちゃんさんの身体と繋がっているのは一本だけで

す。もちろん、その一本がどれかは教えてあげませんけどね」


 くすくすと含み笑いを浮かべる忍さんの傍らで、二人の魔神が同時に理解した。


「つまり、この紐を引いてむーちゃんを引き当てればいいんだね!」

「引っ張るって趣旨は残したみたいだけれど、また随分とシンプルなルールになっ

たわね。本当の母親……いいえ、恋人なら、相手に繋がった紐をどうして引き当て

られない理屈があろうか……ってところかしら」


 要するに、くじ引きみたいなものか。引っ張られた部位によっては笑えない事態

になりそうだけど……まあ、真っ二つよりはましか。


「……というかそのルールなら、私の身体に結び付ける意味はないですよね?」

「お寒い事を言いますねえ。むーちゃんさんには情緒ってものが無いんですか?」

「……」


 ばかにばかと言われるとやるせない気持ちになる。今、似たような気分だ。


 場違いな哀愁を纏う私を置き去りに、照が早速鼻を鳴らして意気込む。


「よおーし! 見ててねむーちゃん。わたし、頑張るよ! 三途璃ちゃんの暴走を

止めつつ、むーちゃんを助けるからね!」

「お、お願い……」

「ふっふっふ……わたし、運には自信があるんだよ。日頃の行いも良いからね!」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「じゃあむーちゃんが勝利の女神になってよ。運は良い方?」

「……悪運なら強い自信あるけど」

「しょーがないなあ。じゃあ運も実力のうちって言うし……そっちで行こっか」

「え?」


 照の言い分を噛み砕くのが一瞬遅れた。


 瞬間、頭上で爆発のような火花が飛び散った。ものすごい勢いで振り下ろされた

大鎌の一撃を、あわや鎖が弾いたらしい。


 ……え?


「不意打ちできたと思ったら……案外したたかね。夢路と話しながらも、私の動き

にも注意を払っていたの? 見かけによらず、視野が広いのね」


 自身の武器……『破壊と創造の鎌』を片手で弄びながら、三途璃さんが感心した

様子で頷いた。照は照で、いつの間にか『つらなりの鎖』を具現化し、得意げに胸

を張っている。


 ……ええと。


「あ、あの、ちょっと二人とも」

「なに? 今から戦うところなんだけれど」

「いや、待って下さい! 何で戦う必要があるんですか!?」


 二人とも、忍さんの話を聞いていなかったのだろうか。

 この勝負はくじ引きだ。そこに戦闘を挟む余地は無かったはずなんだけど……


「いや、くじ引きなのは分かってるよ」

 と照。

「でもくじ引きって要は、当たりが出るまで引き続ければいいんでしょ? だった

ら、三途璃ちゃんを縛ってあげればいいかなって思ってさ」

「そういう事ね。この審判には、一人で何度も紐を引いてはならないなんてルール

は無いもの」

「……」


 とんでもない横行である。


 いくらルールに無いからって、当たり前みたいに盤外戦術に出るなんてどうかし

ている。普通はくじって言ったら、交互に引いていくのが当たり前だろうに。


「っていうか、それじゃあ審判の意味が無いでしょう! 無用な争いを避けるため

に、当たりくじっていう勝利条件があるんですから!」

「いや、私は別にそういうつもりでゲームを提案したわけではないですよ」

「……」


 忍さんが半笑いで私の異議を受け流す。いちいち反応してもきりがないので、私

は一旦吐息して、落ち着きを装った調子で口を開いた。


「あの……いくつか提案があるんですけど」

「駄目よ。これは私と照の勝負なんだから、部外者は口を挟まないで頂戴」

「思いっきり当事者ですけど!? いや、本当に部外者だと思ってるなら、私は喜

んで帰宅しますよ」

「冗談に決まってるじゃない。本当に帰ったら、あなたの家は無くなっていると思

いなさい」

「それこそ冗談じゃないですよ……」


 魔神と会話していると、いちいち脅迫のレベルが高くて寿命が縮む。あんまり長

々話していると、あっというまに寿命を使い切ってしまいそうだ。照や忍さんから

別の異議が出ないうちに、まくしたてよう。


「まず、その……やっぱりせっかくの審判ですし、きちんと順番を決めませんか?

紐は一回に一本引くだけ、一本引いたら次は他の人の番って感じで……」

「それって……見てて面白い? むーちゃん、退屈で寝ちゃわない?」

「照は私がエンタメ目的で勝負を見てると思ってるの……?」

「ほら、よくあるやつじゃん。『私のために争わないでー』ってやつ!」

「……」


 言っていいなら、切実にそう言いたい。いくら少女漫画風に言ったって、大魔王

二体から求められていい気になる奴は頭がどうかしている。頼むから、私のために

争わないで……


「と、とにかく! 順番は守った方が公正だと思います……」

「ふむ、公正ね……いい響きだわ」


 特に意図せず口にした言葉だったけれど、三途璃さんが機嫌よさげに頷いた。普

段からきっちりしている彼女は、公正を好んでいるらしい。短く「いいわ」と私の

提案を認めた上で、さらに「続けなさい」と促してくる。

 ……いい流れだ。


「え、ええと……妨害や不正も無しにしましょう。自分の番の方はくじを引く以外

の事……例えば布団を捲って当たりくじの場所を確認したりとか、能力を使ったり

とか。待機してる方も、引く番の人を攻撃したり、邪魔をしたりするのは無しの方

向で行きましょう……ど、どうですか?」

「……どうもなにも」

 照がいかにも不満げに反応した。

「そもそもそんなずるい事するわけないじゃん。むーちゃんったら、わたしがそん

な見下げ果てた奴だと思ってたの?」

「そうよ。私はルールを守るわ。紐を引くのが交互って決まりがある以上、たとえ

何があっても照の邪魔なんてしないわ」

「……」


 どの口が言う、と百回くらい言いたかったけど、何とか堪えた。魔神と関わって

以降、私は随分我慢強くなったなあ……


「そ、それから、くじを引く順番なんですが……えっと、シンプルに今、忍さんの

近くにいる人が先、というのはどうでしょう?」


 忍さんは今、私の頭上すぐそこにいる。


 私が横たわっている頭を挟み込むような位置に両脚を置き、さかさまに私を見下

ろす格好だ。位置が際どくて、スカートの中がぎりぎり見えるか見えないかという

立ち位置で言外に私の集中力を掻き乱してくる。いや、別に忍さんのスカートの中

身に興味は無いけど……目の前でひらひらされると否応なしに気になるものだ。


 そんな忍さんから少し離れ、私のいる布団をじっと凝視しているのが照。見つめ

続ければ中身が見通せると思っているのか、時折目を細めている。


 そして一番遠いのが、私の脚の辺りで腕を組んで全体を見渡す三途璃さん。


「つまり順番は、私が最後ってわけね」

「だ、だめですか……?」

「全然いいわよ。くじなんて先攻でも後攻でも、確率は同じだもの」


 納得したような事を言いつつも、三途璃さんはにこりともしない。彼女は多分、

確率が同じだなんて思っていないのだろう。


 私もそうだ。


 確かにくじはランダム性の高い勝負だ。

 でもくじを用意したのは機械や偶然ではなく、忍さんだ。そこには彼女なりの思

惑や癖があるだろう。


 だとしたら、この勝負は先攻……つまり少しでも相手より試行回数が多い方が圧

倒的に有利なのだ。


 後は……そう。もう一人の参加者である照が、そういう意識を持っているかとい

う問題なんだけど……


「わたし、行ける、行けるよ! 行けるはず! 今日のわたしはついてるよっ!」


 ……だめそうだ。完全に運否天賦をする人しかしないタイプの自己暗示をしてい

る。忍さんとは仲の良い照だけど……当人があの調子では意味が無い。


 照の様子を見て、三途璃さんが早くも勝ち誇ったような顔をした。


 ……まだだ、まだ諦めるには早い。


「さて、ルールも整った事ですし……そろそろ始めますか?」

 そろそろ退屈になってきたのか、忍さんが強引に場を進めようとしてくる。そこ

に滑り込むようにして、口を挟む。

「さ、最後に一つ! 一つだけいいですか?」

「……どうぞ」

「参加を認めて下さい! このくじ引きへの参加の権利を、この私に下さいっ!」


 苦し紛れにそう主張した。


 私は単なる当たりくじ。ゲームのプレイヤーではない。

 でも、私が参加したっていいじゃないか。機会は誰にも平等にあるべきだ。


「……しかしですね。むーちゃんさんが勝ったら、あなた自身を恋人にする事にな

りますよ」

「……そこはまあ、自己愛って事で」

「……」


 微妙な顔をされてしまった。私の言い分に呆れているのだろうか。

 照はまだ、自分を鼓舞するのに夢中だ。

 三途璃さんは……感情の読み取れない無表情でこちらを見ていた。


「夢路……そんなに私と一緒にいるのが嫌?」

「……」

「……いいのよ。それならそれで構わない。あなたの奸計なんて、丸ごと呑み込ん

でみせるわ。私は負けない。愛の力を見せてあげる……!」


 三途璃さんの目には、一体私がどう映っているのだろう。彼女の瞳を正気に戻す

事が、果たして私に可能なのだろうか。

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