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KEEP OUT  作者: 嘉久見 嶺志
2××3.5.23.
72/74

: 6p.

夕日が沈み、辺りが薄暗くなる頃、電車は満員と化していた。


そんな中、鈴音は出入り口の脇で呆然と立ち尽くしていた。


彼女が寄りかかる隔壁のそばに椛が座っており、その手にはタオル、歯ブラシセット、制汗シートが詰まった袋をぶら下げていた。


鈴音は、棒となった足で、車内の揺れなど気にすることなく、遠い目で窓の外を眺めていた。


――どうしてこうなった!?


なんで、アタシが知らない女の子を連れて帰ってるの!?


自身の理解不能な決断に、今更悔やむ鈴音であった。


アイツもアイツで目撃者であるアタシ巻き込むとか――、これじゃ共犯じゃん。


元凶であるケータが頭に浮かぶ度に忌々しく感じていく。


てか、アタシもヤケになってあんな交換条件突き付けちゃったし、もう後に引けなくなったっていうか…。


ケータに疳之虫の扱い方を学びたいと申し込んだところ、詳しい経緯を聞かず、二つ返事でOKしてくれたのだ。


しかし――。




「――もう一度訊くけど、アンタ、本当に方法知ってるんだよね!?」


アタシは、疑心暗鬼でケータに確認する。


「もちろんです。

ただ、これは、星さんの今後に影響してくるので、疳之虫とは何かを一から学ばないといけません」


「分かった…」


ケータとの取引を了承すると、アタシは、しばらく迷った末、苦渋の決断を下した。


「…それじゃ、()()、明日アタシん家で聞くから」


「えッ!?」


アタシの提案に、ケータは驚いてつい声をあげてしまう。


「いッ、良いんですか!?」


良いわけないでしょッ!!


戸惑いながら尋ねるケータに、口から本音を出さず、冷静に対応する。


「良いよ、他に落ち着く場所なんてないし、それに――」


アタシは、横目で椛を一瞥する。


「全く知らない子と長く居られるわけないでしょ」


「すみません…」


トーンを下げて伝えると、ケータに再度謝罪された。




――アイツを家に入れるだなんて…。


改めて、ケータを呼ぶことに嫌悪し、自身の苦渋の決断を後悔してならない。


安息の地である我が家に異物を招き入れるだなんて…。


よくよく考えてみれば、同い年の男子を家に連れてきたことなんて、今まで一度もなかったが、よりによってアイツが第1号となろうとは思ってもいなかった。


あんな奴が頼みの綱なのは気が引けるが、背に腹は変えられない。


私の将来に関わることなのだから、どんなに嫌なやつでも覚悟を決めるしかない。


鈴音は、そう自分に言い聞かせながら帰路についたのだった。




「――ただいまァ!!」


マンションに着き、鈴音が鍵を開けて中に入った途端、後から椛が無音の空間に声を響かせた。


いや、アンタの家じゃないし…。


「ウチは一応鉄筋構造だけど、大声は程々にしてね」


「はァいなのだ」


内心突っ込みながらもマナーを指摘すると、椛は素直に声量を抑えた。


リビングに入る前にふと振り返ったら、椛が玄関でドアに向かってしゃがみこんでいた。


自分のブーツを壁際に寄せてる様子に、見た目によらず、しっかりしてることがうかがえる。


「――? どうしたのだ?」


「…別に」


視線に気づいた椛が声をかけると、鈴音はリビングに入って電気をつける。


「お風呂沸かすまで楽にしてて」


「はァいなのだ」


鈴音は、リビングのそばに椛を誘導し、キッチンに入って給湯リモコンのボタンを押す。


浴室のお湯が張るまでの間、戸棚からココアを取り出し、マグカップにお湯を注いでいく。


その間、椛はソファーに腰を下ろし、興味津々で周囲の家具を見渡していた。


「はい、どうぞ」


「あッ、 ありがとうなのだ」


テーブルにマグカップを置くと、椛は会釈し、手に取って口にする。


鈴音は、床に敷いてあるクッションに座り、本題に入ることにした。


「椛ちゃんって、言うんだっけ?」


「椛で良いのだッ」


「…じゃあ椛で。

アタシは、星 鈴音、しばらく一緒だからよろしく」


「よろしくなのだ」


「アンタ、恵梁町で育ったの?」


「わかんないのだ」


「でも、恵梁町にいたのは、なんで?」


「わかんないのだ」


「そう…」


端的な応答しかないので、別の話題を振ってみることにした。


「今まで、境内で寝泊まりしてたんでしょ?

参拝者とか隙間風とか落ち着かなかったんじゃない?」


「そんなことなかったのだ。

あそこあんまり人来ないし、夜とかはケー兄がタオルケット持ってきてくれてたから問題なかったのだ」


そうだ、アイツはこの子のために歯ブラシセットや制汗シート、タオルなどを買い与えていたので、最低限の清潔を保つために尽力していたのだ。


あの時は頭に血が上り、つい語気が強くなってしまったが、よくよく考えてみれば、あいつの立場的にかなり難しい状況だったのかもしれない。


女の子を1人にはできない、面倒事にも巻き込まれたくない、怪我を負わせた罪悪感もあるから、余計責任を感じたのだろう。


この子のことを知っているのはアタシしかおらず、日頃から塩対応されていることもあり、相談することがかなり難しかったはず。


アタシに批判されるのを覚悟の上と判断し、声をかけてきたと考えてみると、これ以上の詮索を諦めた。


記憶障害の者を無理に思い出させようと試みるとかえって悪化させてしまうし、もし、本当に脳を損傷しているのであれば尚更だ。


ここ数日間、気が休まらなかっただろうし、今この子に必要なのは心身の休息だろう。


「――あッ」


その時、浴槽が溜まったと通知が鳴り、鈴音は立ち上がった。


「お風呂が沸いたみたいだから、先に入りな」


「やった! お風呂なのだ!!」


椛は、待ってましたと言わんばかりに喜び、鈴音の後をついていくと、脱衣室に入って彼女から説明を受ける。


「脱いだ服はカゴに入れてね、洗濯するから。

着替えはアタシの貸したげる」


「はァい、ありがとうなのだ!」


彼女の厚意に感謝し、椛が早速服を脱ぎ始めた途端、ふと、些細なことが気になった。


「そういえば、なんであいつのこと――ッ!?」


鈴音が皆まで言う前に椛の露わとなった姿を目にして言葉を失った。


それは、あまりにも衝撃的すぎて、動揺してしまうほどに…。






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