巡ってきた黄昏の景色
「明日の早朝に、この黄昏の里を出発するわよ!!」
今朝、食堂に響き渡った絶対宣言。
新たなる未知に飢え出したユノ。数日に渡る滞在期間の中で、その未知を求める冒険心が疼き出したのだろうか。食堂に集っていた周囲の視線が突き刺さるその中で、ユノは堂々と胸を張りながら俺とミントに宣言して。そんな彼女の言葉に二人で頷いては、それじゃあと次なる冒険に向けての準備を進め始めた俺。
「次の冒険に必要なものは……」
「ご主人様。回復アイテムの補充をお忘れの無いように」
「おぉ、そうだな。ありがとなミント」
黄昏の里をミントと共に歩き回りながら。そこに出ている屋台や商人のもとへと向かって会話を交わし着々と準備を整えていく。
エリアボスとの戦闘でほぼ使い切ってしまった回復アイテムは十分に補充して。その死線を共に乗り越えてきたブロンズソードから、ブロードソードという通常のソード種よりもリーチが長いという独自の特徴を持つソードへと新調。
それに加えて、防具も新調した。陰り犬の素材で製作したその胴と脚と、黄昏コウモリの素材で製作した腕と腰。どれも影を思わせる黒の上に、黄昏を思わせる金色をスプレーで吹き掛けたようなシンプルで恰好の良いデザイン。
……ただ、陰り犬の素材による胴と脚は、ぶかぶかで緩い雰囲気の外見である一方で。黄昏コウモリの素材による腕と腰はきっちりと引き締まった雰囲気の外見であったために。防御力は申し分無い一方で、その双方がまた絶妙な具合に均等が取れていないのが、唯一の気掛かりな点ではあったのだけれども。まぁ防御力のためだ、仕方無い。
そんな身の回りの一新を終えた俺であったのだが。こうして一息をついて冷静に見たことで気付いたこととしては。金欠という、不足した富を表す至極判りやすい二文字の現実と直面してしまっていたことであった。
メインクエストの報酬としてたんまりと貰ってしまった、キャシャラトからの報酬金も。最初こそはこんなに貰ってしまっていいのだろうかと疑問を抱いてしまっていたものの、この展開を前にしてその理由につい納得ができてしまえた。
……そうか、なるほど。それだけ、次なる冒険に向けての準備で金を要するということを示唆していたということなのか……。
「せっかく苦労して稼いだのに……はぁ……」
「ご主人様。気を落とされなくても大丈夫です。次なる目的地又はその道中でも、きっと自然と所持金を稼ぐことができると思われます故に。サブクエストやモンスターとの勝利を介して行われますレベルアップという作業の中で、直にもいつの間にやらと貯まっておられるはずです」
「そ、そうだな……ありがとなミント……」
ナビゲーターという、立ち位置的にNPCではない存在に慰められながら。まぁこれも仕方の無いことだと思い切って割り切ってから。それよりも思い出や記憶を優先させようと見納めとして、黄昏の里の観光を始めた俺とミント。
この年中夕日という特殊な状況は、最初こそは朝も夜も無い常軌を逸した生活で困惑し、不慣れな環境についつい憂いな気持ちを抱いてしまっていたものだったが。数日による滞在期間と、キャシャラトからの話を聞いてしまったその手前……つい、この黄昏との別れが何だか寂しく感じてきてしまっていた俺が、そこにいた。
台地からの眺めを二人で眺めて。明日の早朝には、この地から出発しているのだなとその夕日に合う哀愁漂う表情を浮かべながら。
……いや、でもやっぱり夕日を直視するのが眩しかっただけなのかもしれない。と、そんな結局雰囲気ぶち壊しな感想を抱いてから、俺はミントと共に宿屋へと戻る。
「黄昏の里で過ごしてきた風変わりな日常と。この地で刻んできた数々の記憶に。そしてこの里の、これからの繁栄と。明日にも巡るであろう私達の新たな未知への旅路に向かってー……かんぱーいッ!!」
「かんぱーい」
「乾杯です」
その日の夜。明日に控えた旅路にテンションが昂っているユノと共に、三人でグラスを打ち鳴らした。
宿屋の中に設置された酒場で。今日は珍しく多くの商人達で賑わっているその和気藹々とした空気に浸りながら。あぁ、この人達も、この黄昏の里で希望を見出した人達なのかなと、そんなことを考えながら酒を喉へ流し込んでいく。
目の前のテーブルの上には、この地で収穫されたのであろう作物を使用した料理が並んでいて。その味はまず外界では味わえないその旨みであったために、そのもの珍しげな体験にフォークを持つ手がついつい伸びていってしまう。
その味はと言うと……上手く形容し難いな。雰囲気だけでも伝わればと思って言ってみるとすれば……黄昏を思わせる金箔が、口いっぱいに広がるような、そんな雰囲気の風味。金箔自体に味は無いものの、この作物の中には、知る人ぞ知る黄昏の全てが詰まっているのだ。
……で、俺が思うに多分。この地で育ったという要素以上に、ただ単純にこの作物を栽培している人の育て方が上手いだけなのかなって。そんなように思えてくる気がしてこなくはない、なんとも絶品な味を感じた。俺が違いの判らない味音痴なだけか……?
「おいひぃはねほれ。はふははひゃしーはんのはふもふ。もぐもぐ……」
……クールビューティなその見た目で、なんてはしたない……。
そんな乙女も姉御肌も感じられず。しかしその食べる姿はどこか可愛らしいとも思えるユノは、口いっぱいに料理を頬張ってひたすらとその味覚で未知の味を愉しんでいて。
一方で、俺の隣で食事をしているミントはと言うと……。
「もきゅ、もきゅ――」
と、いたいけで可愛らしい仕草や効果音をしていながら、目の前の料理を律儀に躊躇無く貪り喰らっていた。しっかりとしていながらも幼い印象を受けるその少女も、本気モードで食事へと臨むととんだ野獣へと変貌する。それにしても、よく食べるなぁ……。
「……なんか、気が休まらないな」
音的にも視覚的にも騒がしいこの状況に、俺はいつの間にか離席と言ってその場から抜け出してしまっていた。
昨日の死闘における疲労も残っているのだろう。ステータスに映っているHP自体は全快ではあるものの、やはり登場人物そのものであるそのキャラクターの中には、しっかりとそれまでの経験や疲労が蓄積されているためか。
酒のアルコールを含んだこの意識のまま、俺は夜風を浴びようと井戸に直行しては真っ逆さまに落ちて。
不可思議なテレポートを終えて井戸から這い上がってきては、その暗闇の光景を前にして大きな背伸びを一つしたところで――
「……あら、アレウスさん!」
「え?」
ふと、投げ掛けられた声が伸ばしていた背に当たったような気がして、ふとその状態のまま振り向く。
その視線の先には、井戸から出てきたのであろうニュアージュの姿がそこにあって。キョロキョロと辺りを見渡してはすぐにこちらへ真っ直ぐな視線を向けてきて。次に、彼女は木漏れ日のような温もりのある笑みを浮かべた。
「……今はお一人ですか?」
「あ、あぁ。ユノもミントも、黄昏の里で採れた作物に首っ丈だ。美味いって大絶賛しているよ。俺もさっき食べた。美味かったよ、とても美味しい作物を作ってくれてありがとな」
「ふふっ。里の皆さんによる、努力の結晶でございますからね。味には自信があるのです」
得意げに微笑みながら、ニュアージュは俺に歩み寄ってくる。
ふと、その折り曲げた両腕を突き出すような立ちの姿勢を。右手を左手の上に乗せた、ニュアージュの一風変わった立ち姿を見ていて、俺は直感に近い感覚でピンッとあることに気付いた。
……ニュアージュのその、掌を差し伸べるような立ちの姿勢。初対面の際からずっとしていたものだったが。
……これってもしかして、物乞いをしていたという幼い頃の名残なのでは――
「……アレウスさん。お話があります。今、よろしいでしょうか?」
「ん、あ、うん。今は大丈夫だよ」
「ありがとうございます……」
と、言葉を呟いては再び周囲を伺うかのように視線を動かすニュアージュ。その、どうも落ち着かない様子で辺りを見渡すもんだから。そんな彼女の雰囲気を見て、俺の中にはちょっとした緊張感が走り出す。
……一体、彼女は何を意識しているのだろうか。そんな疑問が浮かんできてしまっていたものの。その答えは、この次に発せられたニュアージュの言葉によって察することができたのだ――――




