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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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回想【勇敢なる精神の崩壊】

 全世界に、特殊な手配書が交付された。

 そこには黒の魚形が写っており。この形をした強大な力を持つ脅威を見事討ち滅ぼした者に、莫大なる賞金の授与を約束する文が添えられていた。



 交付された手配書が風に流され。それを鬱陶しく尾で薙ぎ払っては、ぐしゃぐしゃなしわをつけてどこかへと投げ捨てるそのモンスター。

 早朝の時刻。人の目の少ない時刻と場所を選び、そのモンスターと女の子は共に並んで緑に囲まれた道を辿っていた。


 その先は果てしなく。それは自身らの置かれた状況を暗示しているようで。目の前に見据えた光景を共に眺めては、あてもなくこの世界を彷徨い続けるという生活を年単位で続けていた。


 場面が移り。雨の降る憂鬱とした空気での洞窟内部。

 炎で僅かな灯りを灯しているその中で。小さくなった若葉色の民族服と補強で縫い付けられた布を纏った女の子は、破れた布を羽織ながら外へ出るための支度を済ませる。


「……行ってきます」


「あぁ……」


 あの日以来、女の子に笑顔は無い。

 無感情に抑揚の無い調子な女の子。一方でそのモンスターは俯き、ただただ申し訳無さそうにその表情をしぼめることしかできずにいた。


「……気を付けて。それと、いつもありがとう」


「礼など言わないでください。魔物さんはわたし達を助けてくれた命の恩人なのですから。これはわたしだけが知っている真実。だから、わたしはみんなの分の感謝を魔物さんに返したいだけなのです。現に、今もわたしは魔物さんに守られております。ですから、"こんなダメなわたし"にできる、この感謝を返す方法と言えばこれくらいだけですので」


 年月が経過して。そんな長期に渡る逃亡生活の中で、その女の子は随分と大人びてしまっていた。

 その変化は年齢による自然な成り行きではなく。自身がこの感謝を返していかなければという使命感からなる急激な変化であった。


 その見た目は依然として幼くも、物珍しいほどの過度の成長によって身長はだいぶ伸びており。しかし、命の恩人に対する礼儀を弁えるためにと自然に得た敬語は、感情の無い堅苦しい調子を生み出していた。


「魔物さんはその姿を公に晒すことができませんから、尚更わたしが頑張らなければなりません。大丈夫です。安心してください。今日は雨の日で違和感無く顔を隠すことができますから、これといった害を受けることなく無事に戻ってこれるかと思います」


 そう言い残し、女の子は足早に洞窟から出て行ってしまった。


「……ワタシはなんて情けないんだ。あの子一人に物乞いをさせて、自分はのうのうと洞窟で匿われなければならないなんて。全てはワタシが悪いんだ。やはり、あの時に命を絶っていれば、あの子にあんな惨めな思いをさせなくて済んだのに。そうすれば、今もきっとあの村で家族達と共に暮らしていたことだろうに……」


 そのモンスターの自責の言葉は、そのままの意味だった。

 今日も女の子は物乞いのためにと道中へ向かい。そのモンスターは極悪な存在として指名手配をされたまま身を隠し続ける日々を送る。そんな毎日を通し、嫌気が差すばかりの罪な生涯にそのモンスターは嘆くことしかできなかった。


 その日も、女の子は額に拳の型とあざを残して帰ってきた。


「大丈夫です。雨の日でしたので転んでしまっただけです。時間が経てば治りますから。薬? それはいけません。わたしなんかを治療するだなんて、それではこうして得てきた僅かなお金が勿体無いです。これはあくまでも、魔物さんをこうしてお支えするために得てきたお金なのですからね」


 僅かな資金で購入してきた食料を共に食しながら。女の子はそのモンスターを直視せずに答えていった――



 そのモンスターは、命の恩人として慕ってくれる女の子に支えられていた。

 それでいて女の子もまた、そのモンスターの存在はとても大きなものであり……。


「……美味しいね」


「……そうですね。とてもおいしいですね……」


 ある日の早朝、居所の特定を避けるために行う出掛け前の朝食として、共にりんごを食すその二人。

 女の子はそのモンスターに寄り添って。そのモンスターは女の子を尾で優しく包んで。そんな苦難を共にする互いの心情には、種族の枠を越えた同情と友情の念が宿っていた。


 女の子はそのモンスターのことを特に慕っていたために、あらゆる無茶も冒してきていた。その女の子はとても頑張り屋な性格をしていて。例えあらゆる困難や苦難が待ち受けていようとも、決してそれに挫けない勇敢な心を持っていたのだ。


 この日も資金を調達するためにと、また異なる小さな洞窟にそのモンスターを残しては、雨降りを理由にボロボロになった布を羽織って顔を隠し、物乞いへと駆け出していく。

 年月も経過していたため、その顔は手配されている幼少の顔とは多少もの変化があったものの。しかしここで正体がバレるわけにはいかないと念には念を込めていた女の子。僅かな面影も隠しては、重罪を抱えた"救世主"を支えるために道行く旅人へと物を乞う。


 ……しかし、この日ばかりはそうもいかず。そしてこの日を境にして、二人のもとにはまた新たな運命が巡り出す――



「……遅いな」


 帰りの遅い女の子に、身を案じる不安を漏らすそのモンスター。

 洞窟から外を眺めては、しとしとと降り続ける雨の雫の奥へと意識を向ける。


「……あの子に何かあったのだろうか。だとしたら一大事であって、ワタシはその危機から救いに行かなければならない。しかし、"二度とあのような過ちを繰り返さないためにと、強大なるあの力は自らの手で封印してしまった"から……今のワタシには殺傷能力や耐久力も無い、ただの浮き上がる魚も同然……」


 あまりにも強大過ぎたが故に誤解を招き、女の子を悲劇へと陥れてしまったその力は自らによって封印されてしまっていた。

 それは二度目の過ちを犯さないための決意ではあったが。しかしそのせいで不自由した場面も少なくはない。今となっては封印したことに後悔ばかりを募らせていたそのモンスターであったが、さすがに今回は嫌な予感というものを察してしまい……。


「……時間はちょうど人通りの多い時ではあるが……様子を見に行ってみよう」


 そのモンスターは衝動のままに、女の子の様子見へと向かっていった。



 雨の雫が降り続ける中で、そのモンスターは惜しみなく姿を曝け出してしまった。それが裏目と出てしまい。女の子を探すその手間の間にも、多くの人間から追われることとなってしまっていた。

 やってしまったと焦りばかりが募り。一刻でも早く女の子を見つけなければとその近辺を移動し続け。


 そしてようやく、目的であった女の子の姿を見つけることができ――


「へへっ何がお恵みくださいだァ? なめんじゃねェよこのガキッ!!」


「痛い!! 痛いッ!!!」


 懸命な捜索の末に目撃した眼前の光景。

 そう、そのモンスターが目にしたのは、四人組の男にたこ殴りにされている女の子の姿であった。


「おーおー、こうして聞いてみると結構可愛い声してんじゃん。顔も悪くねぇしよ。ハハッそれじゃあ決まりだな。そのお願い通り、てめぇにいっぱい恵んでやるよ……」


 けたけたと笑う取り巻きの中で、女の子は押し倒され。水溜りの飛沫を上げながら、その上に男が馬乗りとなって。

 顔を殴り。服を破り。満身創痍となって活力を失い無気力となった女の子の様子を眺めては。下種な笑みを浮かべて女の子の身体を触り出す。


「よ~しよしよし、いい子にしてろよ? これからたっぷりと恵んでやるからよ、そのお口でゆっくりと味わいな。男の味ってものをよ――」


 瞬間。男は吹っ飛んでいた。


 薙ぎ払われた黒の尾はその勢いで周囲の取り巻きをも吹き飛ばし。水溜りの中で力無く倒れる女の子からは穢れが拭われる。


「ってぇなッ!! 誰だこのド畜生がッ!! ぶっころッ――!!?!?」


 憤りを露わにし、怒号として喚声を上げたその集団は瞬間にも戦慄した。

 それは、この全世界に貼り出された手配書に写し出されていたシルエットとまんまであったために、その驚異的な存在に気付いたからであろう反射的な反応であり……。


「や、やべェ!! やべェッ!! やべぇェぇッ!!! 逃げろォッ!!!」


 集団は言葉にならない絶望的な悲鳴を響かせながら、その場から瞬く間に退散していく。

 強大な力を用いずにそのモンスターは敵を撃退し。同時に、滾っていた憤りを必死に堪える鬼のような形相が後押ししたことで幸いな結果をもたらすことができた。


 ……しかし、その姿が表に現れたことによる緊急事態によって。後方からは、通報を受けた力を持つ人間の団体が押し寄せていて。前方には水溜りの中で倒れたまま、活力を失った表情で涙を流し続ける女の子の変わり果てた姿がそこにあって……。


「……また、裏切られた……お金を恵んでくれるって言っていたのに……」


 破れた衣服の間から覗かせた全身のあざは生々しく。人間という存在に、心身共にまたしても傷付けられた女の子はその状態のまま無心に呟き続けて……。


「……いつもそう。嘘だとわかっていても、それにすがり付くしか方法が無かったから。でも結局は弄ばれるだけ。毎日毎日、毎回毎回、毎度毎度。わたしは悪い人達に騙され続けて……」


 雨の中、水溜りに倒れたままの女の子を尾で抱き上げるそのモンスター。

 後方からは討伐隊が押し寄せているというその状況下でありながら。しかし、そのモンスターは絶え間無くこちらを追い詰めてくる目の前の現実に同じく涙を流しては、唯一の存在である女の子を優しく抱き止め続けていた……。


「……もうやだ。もうやだよ。結局、こうして助けられないとわたしは何もできないんだ……」


「違う。違うんだ……」


「裏切られて。裏切られて。また裏切られて……」


「違うんだ。決して違う……」


 女の子はその尾を弱々しく抱きしめて。雨の降る空を眺め続けながら、止まらぬ涙で声を震わせて。

 そして、耐え難き日々によって傷付いたその勇敢なる精神は、この日をもってとうとう崩壊を起こしてしまった……。


「もう、嫌なことは嫌だよ。嫌なことなんてやりたくないよ! もう……わたしには何もできないよ……ッ!!」


「違うんだ……違うんだ……!! 君をこんな目になんて遭わせたくなかったッ!! ワタシは遭わせたくなかったんだッ!!!」


 尾で女の子を持ち上げ。そのモンスターは全速力で地平線の彼方へと飛び出していく。

 それに目的は無かった。ただ、経過した年月の中で衰弱した大切な存在をただ守りたいというその一心のままに、そのモンスターは衝動のままにどこまでも果てしなく飛来し続けた――――

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